銀河漂流記 ーー遥かなる再会の空(10話)
永眠か、遠き未来か~救世主に課された危険な試練
夜が明けると、リョウさんは「プランC」の全容をリーダーに伝えた。
この星がかつての母星であるという衝撃の事実にリーダーは言葉を失っていたが、リョウさんの「これこそが我々の果たすべき真の使命です」という熱烈な説得に、最終的には首を縦に振った。
論理的かつ情熱的なリョウさんの言葉は、結婚より仕事の道を選んできたリーダーの自尊心を打ち、「責任ある立場として再チャレンジできる」という強い希望を与えたのであろう。

古代人が用意してくれた朝食をいただいた後、ボクらは髭剃りなどの身支度を整えるため、一旦、宇宙船へと戻った。
身支度を終え、ミーティングルームを兼ねた操縦室に集まると、リョウさんは改まった表情で切り出した。
「先ほど気づいたのですが、プランCを成功させるためには、今この場で決断しなければならない重要なことがあります」
「何かしら?」
リーダーが怪訝そうに尋ねる。
「……冷凍睡眠装置(コールドスリープ・ポッド)に入る者を、一人決めることです」
リョウさんの声には、いつになく緊張が混じっていた。
その言葉を聞いた瞬間、ボクの全身に冷たい戦慄が走った。
この船には、質量を最小限に抑えるため、一人用の冷凍睡眠装置がたった一台だけ搭載されている。本来は、食糧難などの緊急事態に備えたものだ。
しかし、この装置は実用化されて日が浅い。過去には睡眠中にシステムエラーが発生し、二度と目覚めぬ「物言わぬ肉塊」となった例もある。
そんなリスキーな箱に自分が入るかもしれないという恐怖に、心臓が早鐘を打ったのだ。

「冷凍睡眠ですって……?」リーダーの声が震える。「目的は何?」
「プランCの完遂には、膨大な時間がかかります。私たちの寿命が尽きた後、文明の進捗を見守り、軌道修正を行う『後継者』が必要なのです」
「なるほどな……」サブリーダーは腕を組み、重々しく頷く。「オレたちの余命は長くて五、六十年。原始時代から高度文明まで一気に引き上げるには、あまりに短すぎる」
「そうです。ですから、文明がある程度形になる60年後に目覚め、バトンを受け取ってもらう必要があります」
60年……。目眩がした。
装置の不確実性もさることながら、目覚めた時には仲間は全員この世にいないのだ。そんなクレイジーな孤独を、誰が背負えるというのか。
「古代人を後継者に育てるわけにはいかないのか?」
タクさんが提案した。動揺しているのか、その声は裏返っている。
素晴らしい名案だと、ボクは心の中で激しく拍手を送った。
そうだ、それが一番いい。ダメな先輩だと思っていたが、さすが、ボクより長く経験を積んでいるだけのことはある。
だが、リョウさんは静かに首を振った。
「理想とする文明を知らない者に、それを再現させるのは不可能です。概念がなければ文明は歪む。現代の知識と技術を維持した者が、直接指揮を執るしかないんです」

タクさんは絶望したように肩を落とした。
「となると、余命の長い若者が適任だな」
サブリーダーの冷徹な視線が、ボクら部下たちに向けられた。
「そうね……」
リーダーも、値踏みするような目でボクらを見る。
「リョウはプランCの設計者として、現場に残ってもらわなきゃ困る。となると、候補はタクかユウ、お前らのどちらかだ」
「ユ、ユウのほうが絶対に適任ですよ!」 タクさんが悲鳴のような声を上げ、ボクを指差した。 「オレより若いし、この通りオレは小太りだ。健康診断の結果だってユウのほうがいい。コイツのほうが確実に長生きしますって!」

(おい!)ボクは心の中で激しくツッコミを入れた。さっきの評価は撤回。やっぱり、どうしようもない先輩だ。
「なるほど、一理あるな」
サブリーダーが嫌な笑みを浮かべ、顎を撫でる。
こいつ、ボクを選ばせる気だ。日頃からおべっかを使わないボクを、この機会に体よく排除しようとしているに違いない。
負けてたまるか。ボクは勢いよく手を挙げた。
「待ってください! たった四歳差ですよ! それに、最近の研究では『少し太っている方が長生きする』という説もあります。ボクが適任だなんて断定できません。……ここは公平に、ジャンケンで決めましょう!」
「そうよね……」
リーダーは、名残惜しそうな、あるいは哀れむような複雑な表情でボクを見つめている。
その目で理解した。リーダーは、リョウさんの次にボクを「繁殖のパートナー」としてふさわしいと思っているのだ。
いや、もしかしたら天秤にかけて迷っている最中かもしれない。
冷凍睡眠で孤独な未来へ飛ばされるくらいなら、鋼の女・リーダーと結婚するほうがマシだ!
ボクは彼女の手放したくない気持ちを煽るため、もう、母性本能でも性欲でもいい、とにかく、リーダーの仕事欲の下に深く埋没している女性の本能を強く刺激する、これ以上ないほど熱い視線を送った。
その熱情が情欲を発掘できたのか、リーダーは少し頬を赤らめ、小さく頷いた。
「わかったわ。ジャンケンで決めましょう」

サブリーダーの罠に二度とはまらぬよう、ボクは念を押した。
「負けた方が装置に入る。いいですね?」
サブリーダーは憎々しげにボクを睨んだが、その顔を重々しく縦に振った。
――だが、結果は、ボクの惨敗だった。
目の前が真っ暗になり、ボクは助けを求めてリョウさんを見た。
だが、リョウさんは優しく、しかし冷酷なほど穏やかな声でこう告げた。 「宇宙飛行士として、歴史に名を刻む立派な仕事をしてくれ。期待しているよ、ユウ」
逃げ道は塞がれた。
ボクは絶望と半ばヤケクソな気持ちを抱えたまま、冷たい機械の棺桶(結局、そうなったか……)――冷凍睡眠装置の中へと、ゆっくりと身を沈めた。
そして重厚な扉がガチャンと閉じられたことで、退路は完全に塞がれ、ボクは宇宙より濃い暗黒の闇へと落ちていった。

次回の話
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