見出し画像

豆腐を感動するほどおいしくする「引き算の美学」。ナンバーワンの食べ方とは

我が家では、毎晩、豆腐を夕食に出します。90歳の父と、1パックを2人で分け合って食べています。

「畑のお肉」と呼ばれるほどたんぱく質が豊富な大豆から作られる豆腐は、低カロリーということもあって、数ある食材のなかでも「横綱」といわれるくらい栄養抜群。おまけに安く、生活が楽ではない我が家の救世主です。

さらにうれしいことに、骨の健康を守る強力な味方にもなります。父は骨折の治療中であり、それも積極的に摂取する理由になっています。

また、舌でつぶせるほど柔らかいことも豆腐のありがたいところ。咀嚼そしゃく力が衰えた高齢の父に最適で、おいしそうに食べる姿を安心して見守っていられます。

皆さんは、豆腐に何をのせて食べていますか?

我が家で一番多いのは、朝食の残りである「納豆とめかぶを和えたもの」をのせるパターン。どちらも体に良いので夜も積極的に摂りたいですし、朝の残りをのせるだけの手軽さも定番になる理由です。

しかし同じパターンが続くと飽きるので、時々、長芋をこまかくきざんだものを加えます。
長芋だけのときもあります。そのときは、青のりをのせたり、あみエビを加えたりして風味に変化をつけます。

キムチがある時は、それをのせます。
主張の少ない豆腐に主張の強いキムチの相性は結構よく、ピリ辛で箸が進みます。

ふりかけの「のりたま」をのせるのも、案外いけます。
バランスよく調整された和風の穏やかな風味が、優しい味の豆腐にとてもよく合うのです。

でも、一番おいしい食べ方って何か、わかります?
実は、醤油だけをかけて食べることです。
シンプルすぎて、父に「なんだこれ」と言われてしまうので、夕食には出しません。

この食べ方をするのは、豆腐を容器から取り出す際に、豆腐が少し欠けてしまったときだけです。その小片を捨てるのがもったいないので、醤油だけをかけて食べるのです。
すると、豆腐のあまさ、みずみずしさ、のど越しの良さがダイレクトに伝わり、「豆腐って、こんなにおいしかったのか」と、毎回新鮮に驚くほどの感動があります。

日本古来の価値観に、「引き算の美学」というものがあります。不要な要素を削ぎ落とすことで本質的な魅力を際立たせる手法です。
醤油をかけて豆腐を食べると、「引き算の美学」の素晴らしさを実感できます。
和食の引き算とは、余計な調味料を足すのではなく、素材そのものの旨味を最大限に活かすこと。なるほど、だからこのシンプルな食べ方が、豆腐本来の魅力をこれほどまでに引き出すことができるのだと納得するのです。

考えてみると、お寿司も酢飯に生魚をのせ、醤油を少しつけるだけです。
しかしそれが、どんな手の込んだ料理にも負けないくらいおいしい。和食のすばらしさって、やはり、「引き算の美学」にあるのだとしみじみ思います。

いろいろなものをのせたり、調理をしすぎてしまうと、主役であった食材の味が消されてしまい、どの食材が主役なのかわからなくなってしまいます。
それはそれでおいしいのかもしれませんが、その素材本来の味を堪能することはできません。

日本料理は食材を通して、季節を感じることを重んじます。要するに、それぞれの食材の旬のおいしさを味わうことで、季節を感じることを大切にするのです。
そのために、余計な味付けをしないことで、食材のおいしさを最大限に引き出す。それこそが、引き算の美学なのだと思います。

人生も同じではないでしょうか。
よく、友達の多さを自慢し、友達の少ない人を馬鹿にする人がいます。
しかし、友達が多すぎると、一人ひとりの友達とじっくり付き合うことはできません。
それでは、友達というより、単に「知人が多くいる」という状態になってしまいます。事実、自分は友達だと思っていても、相手は「大勢いる知人のひとり」としか捉えていないことはよくある話です。

友人は、1人か2人でも十分だと思います。
心から信頼できて気が合い、互いに親友だと思える人と、生涯にわたって深く付き合える人生はとても素晴らしいことです。

趣味でも仕事でも同じではないでしょうか。
あれもこれもと手を広げすぎれば、どれもこれも中途半端になり、決して達人にはなれません。
この「引き算の美学」は、人生におけるあらゆることに通じるのです。


限界家族日記の目次はこちら
全体の目次はこちら
私が現在書き進めている小説はこちら
ユートピア手法を使って創造した新システムはこちら
ユートピアのすすめの目次はこちら
日本の生きる道の目次はこちら
自己紹介

いいなと思ったら応援しよう!

星マモル よろしければサポートお願いします。いただいたサポートは明るい未来を創造する活動費として大切に使用致します。

この記事が参加している募集