本屋さんが閉店すると知って寂しいですねと声がかけられなかった
近所の本屋に寄ったら張り紙が貼られてあった。
「8月○日に当店は閉店とさせて頂きます」
寂しい。最近、自分の行動範囲にある本屋が気づいたら店を畳むことが増えている。
自分の最寄駅の本屋はとっくに潰れてしまった。
そちらの本屋はちょっとマニアックな漫画やデザイン・イラスト・アート関連の本が充実していて好きだった。店員の接客が最悪だったけど好きだった。何故か店員の接客態度が悪くて、レジにいないから声かけたら不機嫌になるし、お金を出すのにもたついてるお年寄りに対して優しくないし、その癖お店側が会計遅いことも多いのに全然悪びれない。しかもその感じが店長だけじゃなくて新しく入ってくる人も何故か皆そう。嫌な接客マニュアルでもあるのか。接客に関してはマジでメチャクチャ腹立つのだが、それでも置いてある本のセンスや店のレイアウトが好きだった。なのでその本屋が潰れた時はとてもショックだった。
今回閉店するのはバイト先の最寄駅の本屋である。
そこの本屋も、あまり聞いたことのない出版社のフェアをやっていたり、品揃えが少々マニアックで好きだった。張り紙を見つけてショックだ…と思いながら店内をウロウロしていたら、常連らしき老婦人もショックだわー、寂しいわー、と店主に話しかけていた。そうだよね、と聞き耳を立てていたけど、最近の人は本を買わないものね…と言ってるのを聞いてうっ…となった。
いやまあ、月に2 3冊は買うので一般的な人と比べれば全然自分は本を買う人ではあると思うんだけど、この本屋で毎度買っていたかと言われれば、そうではない。先述の最寄駅の本屋が潰れてしまった時に、やっぱり小さな本屋は実際に買わないと潰れてしまうんだな、と思って最低でも月に1冊はここで本を買うと決めて買ってたこともあったけど、家のスペースの問題や積ん読の処理が追っつかない問題、単純にお金ない問題などで欲しい本があっても今度お金がある時にしよう…と見送ってしまったことが多かったのも確か。その後悔と反省があったため、その日は勢いで本を買ってしまった。

その時に老婦人のように自分も寂しいですね…と声をかけようかと思ったけど、やめた。
言われる側の気持ちが何となくわかるからだ。
自分は演劇を15年ぐらいやっているので、劇団の解散を何回か目の当たりにしている。劇団が解散する理由は端的に言って全部お金だ。これはもう、ほぼ100%そう。内情は色々あるにせよ、解散の発端はお金にあり、決定的な理由もお金に尽きる。
自分が演劇を始めた頃、劇団に入ることは会社に入るような感覚なのかと思っていた。しかし、実際に劇団活動をしてみると劇団は会社ではなく、どちらかというと家族に近かった。何故なら、劇団は入ったところで給料なんて無いからだ。その癖“劇団員だから”という理由だけでやらなければならない仕事がメチャクチャ多い。家族のやれる人が家の用事をこなすのに似ている。多少イヤな仕事でも会社であればそれで給料を貰っているのだからと自分を納得させることができるが、劇団では先ず以て金銭は発生しないので何か納得できない理由があったりするとフラストレーションはどんどん溜まっていく。シンプルに大赤字が出て立ち行かなくなり解散、ということもあるけど、赤字が溜まってきて運営が上手く回らなくなってくると溜まっていた不満も噴出し結果として仲違いとなり解散、ということも多い。何にしても解散の原因はお金にあるのである。
しかし、お金さえあればどうにかなったのかと言われればそうとも言い切れないところが劇団の難しいところ。例えば最初からバックに大きなスポンサーがついて潤沢な資金があったとしても、劇団を続けていくことは当然可能だろうが、それで面白いことが出来るかと言われたら別問題だ。むしろ堕落していく気がする。小劇場なのに主役だけ有名人だったり変に舞台や衣装が金かかっていたり、その割には全然面白くなくて、けれども何故だか潰れない、という劇団がたまに存在する。周りから話を聞いてみると、主催者の実家が大金持ちだったり変なプロデューサーがついていたり、妙に納得することも多い。予算があると面白さを突き詰めなくても雰囲気だけで公演がやれてしまう。お金と演劇は相性が良くない。
演劇は儲からない。ゲリラ路上一人芝居でもない限り、どんなに予算を抑えても公演を打つにはお金がかかる。常識的な金銭感覚を持っていたらそもそも演劇などやらない。故に演劇人はお金の使い方なんか知ってる訳がないのだが、それでも演劇をやるのはお金のことは置いておいて、何か面白いことをやりたいからだ。まずはとりあえず衝動で走り出して、上記のようにどんなに安く済まそうとしてもお金がかかることに愕然とする。で、色々計算してチケットを完売すれば何とかトントンになるからこれでやれるぞ、と公演を実際にやってみて全然お客さんが入らなくて絶望する。そこで闇雲に公演を打つだけではどうにもならないことに気づき、どこかからお金を引っ張ってくることを考えるようになる。しかし、どこかの企業にスポンサーになって貰うには経済的価値が無さすぎるし、助成金を取るには分かりやすい社会的意義を掲げた団体でない限り難しい。そこで取る手段としては、自分たちが如何に文化的価値があるかを主張するほかないのだが、何の意味があるのか分からないモノに全力を懸けるのが面白いと本人たちが思っているパターンが多いので、お堅い役人でも納得してしまうような文章をデッチ上げて書ける才能の持ち主でもない限り、どっかからお金を騙くらかして取ってくるのはヒジョーに難しい。大抵は辛酸を舐めつつ、えっちらおっちら何年間か続けているうちに、続けていることに価値があるということで文化的価値としての説得力が出てくる。というか、死に物狂いで演劇を続けているうちに何にどれくらいお金が必要かという感覚が養われ、自分たちが考える面白いことが具体的に形を帯びてくる。この頃ぐらいに団体の文化的価値(=団体が帯びてきた具体的な面白の形)に共鳴してくれる物好きな金持ちをスポンサーに引き入れられたらお互いに幸福な関係を築けるだろうが、世の中そんなに甘くないので、自分たちの面白と集客力に見合ったキャパシティの劇場で公演を打ち、チケットをしっかり売って収益をトントンまで持っていけたら御の字というもの。でも恐ろしいほどに大体の演劇は全ステージ完売だとしてもトントンに持っていけるかどうか、みたいな感じ。ほとんど赤字なのであった!予算組がバカなんじゃないの?、と思われるかも知れないけど、どんなに頑張っても演劇ってそんなもんなのだ!うぴぃ!
まぁ何が言いたいかと言うと、本当に演劇は儲からないのである。外から見たら人気劇団のように見える団体でも、大抵は火の車だ。そんな感じで騙し騙しやっていた劇団も、いつかは解散していくわけだけども、そんな時に寂しいです…とか言われても困るのである。
そりゃ続けられるなら続けられるように今まで頑張ってきたさ、でもお金が回らなくなったことで劇団員にも負担がかかるようになって、その負担の量もアイツの方が大きくてアイツはほとんど何にもやってなくて、でもアイツに任せたところで出来ないだろうからアイツの代わりにアイツがやらざるを得なくなって、こんなに頑張ってるのに作家は台本書けないし演出家は二日酔いで具合悪そうだし、ファンのためにも続けたいけどもう無理です限界です!…限界です…!…限界です…!…という逡巡を50000回ぐらい繰り返した上での決断なのだからそんなこと言わないで欲しい。あと赤字なのはチケットが売れなかったからで、これまでの全ての公演を観に来てたのならまだしも、あなた最近来てなかったよね?連絡しても返信なかったよね?という人から言われても困る。というかちょっとイラッとしてしまう、かも、ね。
脱線した話が大層長くなってしまったが、常連の老婦人のように顔見知りならまだしも、月に1冊買ってたか買ってないかぐらいの細客が寂しいですね…なんて軽々しく言えないのである。ただまあ、これにて自分の生活圏内にある昔ながらの本屋は全滅というショックと、個人経営の店を支えられなかった罪滅ぼしのような気持ちで、閉店の知らせを知った時の勢いそのままに本を連日買い漁ってしまっている。


panpanyaさんはネットで見つけてから気になっていてどこかで見かけたら欲しいなと思ってた折に、漫画コーナーで平置きになっていたのであるだけ買ってしまった。閉店間際だからか新しい作品を入荷せずにある本を平置きにしていくシステムになっていたからこその出会いだった。
岩波新書は買ってくれと言わんばかりにコーナーが展開されていたので自分が興味ある分野を選んで買った。楽しい。こういう個人経営の本屋で買う場合は、何となく、どこにでも売ってる本ではなくて、出会った本を買いたい、という気持ちがある。
そういえば、この本屋で買った本にはこんなのもあった。


エドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』。
北朝鮮が発射した核ミサイルで欧米諸国のほとんどが壊滅、どさくさに紛れて日本では天皇を中心とした大日本帝国のシステムが復活、囚人たちの監獄島となったサハリンを視察に訪れた主人公シレーニは案内人の少女アルチョームやアルビノ少年ヨルシ、保護したコリアンの子供たちと一緒に人種差別の横行する島を感染病に襲われたりしながら脱出を図る、という物語。
5年前ぐらいに買った本で、ちょっとゴールデンカムイっぽい話だったりコロナも想起させるようなディストピアだったりで面白そうというのは勿論だけど、買う決め手になったのは装丁が自分の好きな杉野ギーノスさんという方のイラストだったからだ。単純にかっちょ良くて欲しい、となったのだった。
これはまさに出会った本だった。
panpanyaさんの本も気になっていたとは言え、何だか踏ん切りがついていなかったところに今回のタイミングだった。これも出会いである。
知らない町の知らない本屋さんを見かけると、ふらっと入りたくなるのは、何か良い本と出会いたいという気持ちがあるからだ。如何せん、お金も時間もないからな…というつまらない理由で買うことを見送ってしまうことも多かった最近。ただ、買えなかったとしても、はっとなる本と出会えるだけで人生は少し豊かになる。それが本屋で実際に本を手に取ることの意義だ。
毎度買うことは出来ず、むしろぶらぶら眺めるかちょっと立ち読みする方が多く、なかなか良いお客さんにはなれなかったけれども、こちらは良き出会いをたくさんいただいた。なので、声をかけるとしたら、寂しいです…ではなくて、ここのセンスが好きでした、と伝えるのが適当かと思う。
まあ、ここの本屋も店員さんに独特の空気感があって話しかけるには勇気がいるので、声かけられないような気がするけど。
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