すでに見た。①
1989年 1月 巴里。
1月の初めに昭和天皇が崩御された。
半旗が掲げられ日本国中が喪に伏した。
年末、会社を辞めて
渡仏を控え自宅に戻っていた。
その日は誕生日でもあったから記憶は鮮明だ。
私の誕生日は、悲しみを装った退屈に満ちていた。
昭和から平成へと年号が変わった13日後
成田 北ウィングから出国
アンカレッジ経由のJALボーイング747。
人生で初めての国際線 夜のフライト。
行き先は、パリ 滞在期間は1ヶ月半。
「初めての海外旅行ですか、、、。
このツアーですと、帰りの便は34日間伸ばすことができます。」
「可能な限り延長してください。」
「この間のホテルはどうされますか?」
「現地で調達します。」
「フランス語がお出来になるのですね。」
「いえ、、、挨拶と数字がわかるくらいかな。」
「あぁ、では、英語が、、、。」
「いいえ、、、どちもどっちってかんじでしょうか。」
明らかに旅行代理店のお姉さんの顔には
心配の表情が浮かんだ。
フライト変更ができないため、乗り遅れたり
病気で早く帰りたい場合、自腹で帰るしかない。
「もし、何か、困ったことがあったら、ここに行ってください!」
JALパックのパリ支店の案内だった。
「必ずですよ!日本人スタッフもいますから。」
支払いを済ませてチケット、旅に関するさまざまな書類を
健闘を祈るとばかりに、力強く渡された。
お姉さんの心配と裏腹に 不思議と
大丈夫だという確信があった。
短大の必須科目がフランス語で、
すっかり英語に落ちこぼれた私は
フランス語、、、いや、フランスに取り憑かれた。
椿姫、マノン・レスコー、マリーアントワネット
華やかな貴族、王族の世界、
画家たちが表現する巴里の風景に、
とりわけ、フランス菓子と雑貨に惹かれた。
小説や映画でしか知らない国。
唯一の頼りは『地球の歩き方』というガイドブックだった。
夜の機内食も終わり、機内は灯りのトーンが落ちて
徐々に眠りの波紋が広がっていった。
ここで、、、眠るのか、、、ここで。
