中学日本史 古代日本を取り巻く外交関係その4ー朝鮮半島における勢力バランスの崩壊
「古代日本を取り巻く外交関係その1~3」でみたように、
東アジアにおいては、
朝鮮半島三ヶ国と
加羅諸国に
倭国、
そして中華帝国を加え、
国際バランスが
保たれます。
4世紀~5世紀にかけては、
均衡状態が保たれます。
しかし、
6世紀に入ると、
朝鮮半島の状況が
変わってきます。
新興国であった新羅が、
力を持ってくるのです。
そして、
他の二国の勢力を
圧迫しだします。
ここでヤマト王権は、
選択を迫られます。
撤退か?戦争か?
百済の勢力が衰退することは、
倭国にとっては、
外交的選択を
迫られる事態です。
中国からの
文明文化の輸入ルートと、
鉄の供給源である
加羅にある拠点を
失いかねないからです。
加えて、
新羅との
全面戦争の恐れも
出てきました。
海外拠点維持か
戦争回避か、
こういう選択です。
ここで、
倭国は、
海外拠点を捨て、
戦争を回避することに決します。
実際、
新羅は、
倭国内の
反ヤマト王権勢力である
筑紫(九州北部)の磐井を
煽動し、
反乱を起こさせる
という形で揺さぶりをかけてきます。
こういう状況を見て決断を下したのは、当時大連(おおむらじ)であった
大伴金村(おおとものかなむら)
でした。
大伴氏は、
軍事を専門とする
氏族です。
諸事勘案の上、
費用対効果の関係で、
費用倒れになると
考えたのではないでしょうか。
「費用」については、
次の3点に対する
「金」「もの」「人」です。
①加羅の植民地への軍隊の駐屯
②新羅との全面戦争になった場合
③国内での反乱鎮圧
「効果」については、
次の3点に対する
「金」「もの」「人」です。
①鉄の供給
②行政制度、思想、学問等の中華文化の輸入
③中華帝国への交通ルートの確保
鉄の確保については、
3世紀頃から輸入を初めて
4世紀5世紀と
300年弱が経過。
6世紀初頭には
恐らく、
相当量の鉄が、
倭国内に
ストック
されていたでしょう。
そして、
鉄をはじめとする大陸の先進文化を駆使し、
ヤマト王権は強力となり、
国内の他勢力を従えたのです。
その勢力範囲は、
6世紀初頭で、
北関東から北九州にかけてと
言われます。
新羅と無駄に争えば、
せっかく進めた統一事業が
無駄になりかねません。
とはいえ、
文明文化の導入の為、
大陸との関係は切れません。
そこで、
加羅に持っていた海外拠点を
百済に
譲渡します。
百済の勢力が拡大す→
百済は新羅と対抗→
倭国の大陸とのルートは確保。
後世から見れば、
勇気ある決断と
言うべきでしょう。
しかし、
当時であれば、
海外拠点を、
大伴金村は
独断で放棄したのですから、
失策と
言われても仕方ありません。
結果、
大伴金村は、
蘇我稲目などの政敵から糾弾され
失脚します。
ここにおいて、
倭国は
朝鮮半島における
足掛かりを
失います。
続きは、古代日本を取り巻く外交関係その5~朝鮮半島撤退は、新しい一歩」でお話します。
