2025 お盆休み 弾丸世界一周旅行 旅行記 旅のきっかけ① ~世界一周研究家、始動!~
※はじめて私の記事を読まれる方、私のことを8月以降にフォローしてくださっている方は以下の記事をご覧いただくと、今回の記事の内容が理解しやすいかもしれません
きっかけ
ある人が「インドに行って人生観が変わった」と言っていた。
でも別の人は「インドに行っても人生観なんて変わらなかった」と言っていた。
いったい誰が本当のことを言っているのだろうか。
2024年の年末、12回目の海外旅行でやっとインドに行けることになり、私の長年の疑問を解決するチャンスがやってきた。
なぜ、このタイミングでインドだったのか。それは2024年の3回目の世界一周旅行後の出来事がきっかけだった。
その年の教員採用試験に合格することができ、おそらく来年度は研修やら何やらで忙しくなることが想定されたため、行けるときにインドに行っておきたいと考えたからである。インドは「ヒンドゥー教」や「大航海時代のヨーロッパ諸国の行先」「IT産業」など、社会科の授業のネタとして頻繁に出てくる国であった。計画したのは10月くらいだったように思える。しばらくは合格できた嬉しさ、そして今までの屈辱、鬱憤を晴らすべく、教員として今後何がしたいのか、どんな授業がしたいのかを真剣に考えていた。
しかし12月が近づいたころ、自分の気持ちが大きく変化していった。何か嫌なことがあったわけではない。合格できたとはいえ、もう自分は30歳手前のおっさんだし、この先で教員として大活躍できる見込みはほとんどないように感じた。
自分より若くして合格し、優秀な教員なんて山ほどいる。このまま教員を続けたとしても、ただの一教員として埋もれてしまうし、今までに受けた屈辱は計り知れず。そんな自分だからこそ、しばらくは教員として頑張りたいけれど、いずれは何か自分にしかできないこと、ナンバーワンになれそうなものを極めてみたいという気持ちが芽生えた。
そんな中で迎えたインド旅行だった。インド旅行とはいっても、行きも帰りもレガシーキャリア(JALとか)だし、デリーからアーグラーやバラナシは日本語ガイドとドライバーつきのツアーでめぐるし、ツアー終了後にはデリー空港近くの日系ホテルに宿泊するという、「安パイな旅」であった。
本当はバックパッカースタイルでインドを周遊してみたい気持ちもあったが、今は社会人である以上、帰国したらすぐに仕事が待っているし、滞在中にお腹を壊して入院するわけにはいかなかったし、トラブルに遭う確率を少しでも減らしたかった。でも、インドへ行って人生観が変わる人たちってみんなバックパッカースタイルで旅行しているんだよな…。ということは、この安パイすぎるインド旅行で自分の人生なんて変わるわけがないだろう、というのが出発前の自分の予想だった。しかし、その答えは「いい意味でのハズレ」という形でインド到着のたった12時間後に出ることになった。
朝の7時半に、滞在先のホテルにガイドが迎えにきたので車に乗り込む。しばらくの間はツアー参加者やガイド、ドライバーと自己紹介をしたりインドについて話をしたりしていた。しばらくして高速道路に入り、会話が途切れ暇になった。他の参加者はスヤスヤと眠りについた。私は特に眠くなかったので、暇つぶしがてら、メモ帳代わりに使っていた手帳の空白のページを開き、ペンを持った。
「世界一周研究家」
そんなワードが突発的に、そして偶然にも思い浮かんだ。最初のページに「2024.12.29 世界一周研究家」と書いた。
あとは止まらなかった。
世界一周で書けそうな記事を、題材を思いつくかぎり書いていった。
「世界一周の歴史」
「世界一周航空券ワンワールドと
スターアライアンスの比較」
「弾丸世界一周旅行のコツ」
「英語ができなくても世界一周する方法」
など、かつて執筆した修士論文、そして自分自身の3回の世界一周旅行を参考にして、どれも自分だから分かること、自分にしか書けない、まだ誰もやっていないであろう題材・タイトルを夢中になって100以上も書き続け、あっという間に見開き3ページ分の空白は埋まっていった。
これは面白い。
実は同じようなことを過去2回考えたことがあった。1回目は2018年の世界一周旅行から帰ってきた直後のことであった。旅行中に多くのブログの情報に救われた経験から、今度は自分がブログを始めて情報発信し、人の役に立ちたい!と思ったためである。2023年にうつ病になって教員をやめる覚悟をしたときも、世界一周旅行に関してブログで何か情報発信できないだろうか、と考えたことはあった。しかし、肝心のタイトル、ブログ名が思い浮かばない。そうこうしているうちに仕事に復帰し、ブログを立ち上げて世界一周旅行に関する情報発信をしよう、という計画は再び未遂に終わった。
そして今、3回目のチャンスがやってきた。そうか、最初から「世界一周旅行」に的を絞って情報発信ができれば…少しは勝負できるかもしれない。これまでは世界一周旅行の経験が最も活かせる仕事が教員だと信じて疑わなかった。でも、たった今気づいてしまった。世界一周旅行の経験は世界一周旅行そのものを仕事とした方が活かせる。20代最後の1年間でとんでもないことに気づいてしまった。
それ以降もツアーでの移動中は手帳を片手にずっと世界一周旅行に関する記事の題材・タイトルを考えていた。
帰国後、手帳にメモしたタイトル・題材を基に、早速記事を書いてみた。大学・大学院在籍中の6年間で論文や論評をいくつも書いていたこともあり、PCを使用して文章を書くことは苦にならない。休日を利用して、ひとまず3月までに10くらいの記事を書くことができた。
あとはブログを立ち上げるだけ。しかし、いきなりブログを始めるのは、難しいのではないのか、と感じるようになった。ある程度初期費用がかかるみたいだし、中途半端にやったところで誰にも見向きもされないだろう。
何か他にいい方法はないだろうか。そこで頼ることになったのが note であった。note の存在自体は以前から知っていたが、何か情報発信をするにあたり、
「基本的には無料で利用できる」
「文章を中心に編集が簡単にできる」
そして「世界一周旅行に興味のある人とスキやフォローで繋がることができる」といった点において、今自分に最も合っているサービスであると感じた。
3月の終わりごろ、アカウントを作成する。クリエイター名はもちろんインドで思いついた「世界一周研究家」とした。「世界一周といえばウユニ塩湖でしょ」という短絡的な考えから、プロフィールアイコンで使用する画像はウユニ塩湖で撮影されたものを採用した。
あらかじめ準備しておいた文章をコピペして記事にする。あとは公開するだけである。しかし、初めての情報発信だったことで緊張してしまい、なかなか公開にふみきることができなかった。
4月になって新生活が始まり、新しい学校へ配属されてから迎えた最初の日曜日の4月6日、ついに意を決して「公開に進む」ボタンをおした。
「世界一周研究家」
「2018 世界一周旅行(1回目)」
「2023 世界一周旅行(2回目)」
「2024 世界一周旅行(3回目)」
の4つの記事が世に解き放たれた。
こうして世界一周研究家としての活動が始まった。
インドへ行ったことがきっかけで人生観が、人生が大きく変わろうとしていた。
2025 お盆休み 弾丸世界一周旅行 旅行記 旅のきっかけ② ~魅力的・現実的な世界一周旅行を目指して~
に続きます。
