【自分を慰める】その覚悟は「芸術」である
ひさびさに長い前置き行きます。
ひらがなを軽く見ない
ひらがなを甘く見ない
ひらがなをバカにしない
ひらがなをあなどらない
ひらがなをみくびらない
ひらがなをなめない
ひらがなに一切の忖度なし
ひらがなに一切の妥協なし
ひらがなの0.1ミリの微差に全身全霊をかけている
「ひらがな研究所」の鬼軍曹・永野です。
もちろん私は
ひらがなのことは「人」として見ています。
はい、文字は「人」です!
私はnoteを始める時に
幾つかの「覚悟」をしました。
・本名でやること
・顔をさらすこと
・「公文」の看板を背負っていること
・本音を言うこと
私には隠すものはない
自分のやること
自分の言うこと
自分の字に
自信があるなら
別に何も隠すことはない、と。
たくさんの覚悟をしました。
私が「変態仮面」だろうと「鬼」だろうと…
私はどう思われてもいい
伝えたいことがある
伝えなければいけないことがある
という気持ちでした。(今も)
書写の教科書も
あらゆる書の先生たちも
敵に回すことになることを解っていました。
だから
嫌われることも。
それが一番の「覚悟」だったかもしれません。
蛇内さんの紹介でお尻合になれた方がいます。
世界観がすごいです。
ニョロうさぎさんも書道をされていたということで
とても親近感が沸きました。
そして字がうまいです。
ひらがなが「人」に見えます。
ニョロうさぎさんは
絵を描いたり音楽を作ったり…
何でも自分で創ってしまう方です。
別に何でもできるのに
一つを極めている
その「貫く」姿勢に感動しました。
その揺るがない姿に「芸術」を見ました。
覚悟は「芸術」である
その「覚悟」自体が芸術である
と感じました。
(自分を慰めている感じもする…)
(極めようとしているというか
好きでやってるだけかも…)
(私がそうだから…)
《芸術と呼ばれなくて泣く私》
何か一つで突き抜けるということは
誰かの心を動かすのだと。
誰かの体を動かすのだと。
ニョロうさぎさんの記事の内容で
心や体が反応してしまう、
もう、それは動かされている、と思いました。
私もそういう者になりたい。

「貫く」って本当に難しい
内容が内容なら尚更
絶対どこかで揺れるしブレるし怖れるし…。
「覚悟」するということは
何かを失うことなのかもしれない。
だから
私は「覚悟」を「芸術」と呼びたい。
(ね~)
(ただ自分を慰めているだけだね~)
きっと…
その「作品」自体が芸術なのではなく
それを創り上げた
その人の「覚悟」こそが芸術なんだと。
はい、私にはまだ「覚悟」が足りません。
