芥川龍之介ステーション「あばばばば」発「愛のために愛?を愛する(アキちゃん)」着
芥川龍之介「あばばばば」に発想を得て短編小説を書きました。
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芥川龍之介「あばばばば」
私が書いたあらすじ↓
芥川龍之介の保吉(やすきち)が主人公の人気小説。
保吉は軒先に「たばこ」と抜いた赤塗りの看板の店によく行く。
若いすがめの主人は無愛想で融通が利かない。保吉は素直に従うのは忌々しいし退屈である。
ある初夏の朝、主人の代わりに猫に似た19歳位の女が店にいた。
猫に似た女は妙に初々しい。応対はつかえる。品物は間違える。おまけに時々赤い顔をする。
お上さんらしくない女に、保吉はある好意を感じた。恋愛に落ちたわけではなく気軽い懐かしみを感じた。
ある残暑の厳しい午後、保吉は女に「ココアに虫がいた」と嘘を言った。
女は動揺し、鼻に汗をかいている。
保吉は女と目を合わせた刹那に悪魔の乗り移るのを感じ、この女は含羞草(おじぎそう)だと思う。
一定の刺激を与えれば思う通りの反応をするに違いない。
刺激は簡単だ。じっと顔を見つめても好い。指先に触っても好い。女はきっとその刺激に保吉の暗示を受けとるであろう。
が、猫に似た女のために魂を悪魔に売り渡すのは考えものである。
秋も深まった頃、女が店先で主人と話している。
「あなた、ゼンマイ珈琲ってあるんですか?」
「玄米珈琲の聞き間違いだろう」
「可笑しいと思っていた。ゼンマイって八百屋にあるものでしょう?」
保吉が声かけると、話を聞かれたと思った女は見る見る恥ずかしそうに染まりだした。真っ赤だ。
二月ばかり経ち、女は姿を隠した。
二月の末のある夜、学校のイギリス語講演会を終えた保吉が店の前を通ると、赤子を抱いた若い母がいた。
「あばばばばばば、ばあ!」
面白そうに赤子をあやすのは猫に似た女だった。
赤子を揺り上げる拍子に保吉と目を合わせた。
保吉は女の顔の赤くなる様子を想像した。しかし女は澄ましている。
「あばばばばばば、ばあ!」
女は人前も恥じずに繰り返した。
女はもう「あの女」ではない。度胸の好い母の一人である。
この変化はもちろん女のためにはあらゆる祝福を与えても好い。
しかし娘じみた細君の代わりに図々しい母を見出したのは、……保吉は歩み続け、茫然と空を見上げた。
円い春の月が白じろとかすかにかかっている。
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同じ登場人物の前作はこちらです。↓
読まずとも、本作は短編小説として成立しています。🎵
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「愛のために愛?を愛する。(アキちゃん)」みゆ
愛なんて幻想だ。
愛という観念による束縛だ。
愛を貫こうと決めた婚約者が、彼女のいとこと深い関係にあると知り、さらに新たな衝撃が発覚して、僕は愛がさっぱりわからなくなった。
会社の連休中、喪失感を抱えて実家に帰ってぼおっとしていると、隣の隣の家に住む幼なじみのアキちゃんが顔を覗かせた。
「奏介さん、あの…お母さんが貰い物のお菓子があるって」
アキちゃんは女子大を出て就職した23歳だが、ぱっと見、高校生かと思うベビーフェイスだ。
子供っぽく可愛い顔なのに、今もレースのブラウスにピンクのふわりとしたフレアスカートをはいて少女っぽさが増す。
昔から4歳上の僕を慕っていて、両親はアキちゃんを何かとすすめてくるが、恋人候補より可愛い妹にしか見えない。
毎年僕に手作りのバレンタインのチョコレートをくれて、恐らく恋人がいたことは一度も無いだろう。
今もベッドに寝転んでいる僕を見て、頬を赤らめている。
彼女の恥ずかしそうな振る舞いに、突然、からかいたくなった。
女性不信に陥っている自分を、アキちゃんの反応を見て鼓舞したくなったのだ。
「アキちゃん、ここ座って」
僕はベッドに起き上がり、自分の隣をポンポンと指した。
「一緒に写真見よう」
母がアルバムに仕立てた昔の写真を、興味なくて一度も見ていなかったが、アキちゃんを恥ずかしがらせるために利用することにした。
アキちゃんはどうしていいかわからず身を固くしていたが、僕が笑顔で手招きするので、息をふうっと吐いて覚悟を決めてベッドの僕の隣に少し離れて座った。
僕はアルバムを開き、アキちゃんとの距離を縮めた。彼女は身体をビクッとさせた。
アルバムを見ていくと、アキちゃんと一緒の写真は意外と多かった。
アキちゃんは昔から可愛くて、好きな女の子をいじめたい男子の標的になり、僕は泣いているアキちゃんをよく守った。
アキちゃんが僕の腕をぎゅうっと握る小学生の頃の写真があった。
「よくこうして、くっついてきたよね」
僕は写真と同じように、アキちゃんの手を僕の腕に乗せた。
アキちゃんは僕の腕の上で手のひらをパアにしたまま、真っ赤になって緊張している。
僕は半袖なので、アキちゃんの手のひらが触れている部分が互いの肌に熱を持ち、思いつきの遊びなのに妖しげな密接を感じた。
「懐かしいな」
アキちゃんを見つめると、彼女は真っ赤になって目をそらした。
心臓の鼓動が聞こえてくるようだ。
母が下の階にいるのでこれ以上のことを起こすはずもないが、アキちゃんの予想以上の反応に、僕は男として自信が得られて満足を得た。
思いつきの遊びとしてはじゅうぶんに成功したが、僕はさらに意地悪してアキちゃんを困らせたくなった。
「毎年バレンタインにチョコレートくれるよね?」
「奏介さん、迷惑じゃない?」
アキちゃんは僕に対して基本ずっと照れているが、幼なじみなのでタメ口で喋る。
「なんで迷惑と思うの?」
「彼女じゃないのに手作りをあげちゃって」
「嬉しいに決まってる。けど」
「けど?」
「一度だけ虫が入っていたよ」
嘘を言ってアキちゃんの反応を見た。
「ええっ!」
アキちゃんは僕の腕から手のひらを離し、自分の顔をおおった。
動揺して目を見開いている。
僕はアキちゃんの手をぎゅうっと握った。
「ごめん。今さら変なこと言って」
「捨てたんでしょう?!」
「食べちゃった」
この日、アキちゃんが初めて僕の目を見た。目が合った。
「嫌だ! 食べちゃったの?」
「せっかくつくってくれたから。気にしないで」
アキちゃんは僕が握った手を振りほどき、ベッドの下の床に正座して深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、奏介さん」
遊びの範囲ではすまなくなった。
こんなに動揺させちゃってアキちゃんが可哀想で罪悪感を持った。
かと言って今さら嘘だと言えない。
「顔あげて」
アキちゃんは上目遣いに僕を見つめた。
涙で溢れた大きな瞳が綺麗で、僕は思わず見とれた。
アキちゃんの感情の中に、僕の意地悪によって引き出された雫がある。
僕の感情は潤い、動き始めた。
✨✨✨
母が重い物を持ち上げて、ぎっくり腰になったと連絡が来た。
底意地の悪い性格の妹は何も手伝わない。
父の経営する会社に勤めて一人暮らし中の僕は、数駅離れた実家に週末帰った。
母はだいぶ良くなっていて、柴犬のシンフォニーの世話や買い物など、アキちゃんが手伝ってくれると言う。
今も公園に散歩中と聞き、僕は行ってみた。
近所の公園でシンフォニーを連れたアキちゃんに会えたが、彼女は僕を見て取り乱し、いつにも増して恥ずかしそうに胸の辺りを手で隠した。
彼女はシンプルなカットソーにデニム。
可愛らしい服しか見たことないので、新鮮で大人っぽく見えた。
しかし、あまりにも様子が変だ。
「どうかした? アキちゃん」
「Tシャツ、ボロボロなの」
そう言えば袖の辺りや襟ぐりが伸びてヨレヨレだ。
胸の辺りを隠しているので視線を向けると、
「穴があいていて…」
「え?」
「中3からのお気に入りで捨てられなくて。奏介さんと会うと思わなかったから」
「気にすんなって。外に着てきたってことは、よほど小さな穴なんだろ?」
アキちゃんは頷いた。
「どんなTシャツか見たいな。見せて」
「え?」
「だめ?」
「あああ、久しぶりに着ちゃって、やめとけば良かったぁ」
アキちゃんは真っ赤になりながらTシャツを見せてくれた。
パッチワークが施された水色のカットソー。
穴はよほど小さいらしく目視できないが、身体のラインの出るTシャツなので、アキちゃんの形の良いバストが感じられ、僕の方が意識して照れてしまい目をそらした。
「その服だとアキちゃん、なんか大人っぽく見えるね。中3から?」
「好きになると好きを持続させてしまうの」
(好きを持続させる)
アキちゃんの綺麗な声に乗って心地よく響いた。
彼女が好きを持続させてくれるから、僕はバレンタインのチョコレートを貰うのを持続している。
シンフォニーもアキちゃんに懐いて、僕に一度飛びついたが、すぐアキちゃんのそばを離れなくなった。
✨✨✨
公園の近くのカフェに、僕はアキちゃんを誘った。
オープンカフェなので、犬を繋いでコーヒーが飲める。
「アキちゃん、僕の事情を聞いてる?」
「うん、お父様から聞いてる」
「アキちゃんの知ってることを聞かせて」
「奏介さんが婚約破棄した事情を聞いたの。お相手がいとこの男性とホテ…」
アキちゃんは赤くなった。
「他には?」
「奏介さんが女性不信になって、お父様が二人の候補の写真を渡した。一人は私だったんでしょう?」
「それだけ?」
「奏介さんは候補の写真を1枚増やして、3枚の写真を丘の上に置いて、シンフォニーに持って来させたって。自分の選択眼に自信が持てないから、シンフォニーが選んだ人と付き合うと決めて」
「え! そんなことまで?」
アキちゃんにとって失礼すぎるだろう。
「シンフォニーが選んだ写真の人は、お父様の秘書で他に恋人がいたんでしょう?」
父はヌケヌケと自分にとって都合の悪いことは伏せて話したのだ。
シンフォニーが選んだ秘書の恋人は、父だった。
僕のことはペラペラ喋って、自分の身の保全を図るとは厚かましい。
「アキちゃん、ごめん! なんて言ったらいいか」
「なんで私を選んでくれなかったの? シンフォニー!」
アキちゃんがシンフォニーの頭をちょっと乱暴に撫でた。
シンフォニーはしっぽを振って喜んでいる。
「え? そんな選ばれ方で良かったの?」
「だって私を選んだら私と付き合うつもりだったんでしょう?」
「確かに。それはそう」
「女として見られてないと思ってたから嬉しい」
そんなんでも嬉しかったのか。
好きの持続って、なんてピュアなんだろうと感動した。
「アキちゃん、確認なんだけど、僕のことを好きってことで合ってる?」
「合ってる」
「今も?」
「今も」
「僕もアキちゃんに少し心が動き始めてる。…少しなんて言ってごめんね」
「ううん嬉しい。少しでも」
「どっちの好きが多いかなんて関係ないよ。好きが多い方が弱い立場ではない。こっちが4歳上だけど、対等に接して欲しい」
「対等に?」
「例えば…シンフォニーに選ばせて、ふざけるな!って言って欲しい」
「えっ?」
「本音を言えばそう思ったんだろ? アキちゃんの本音が聞きたい」
アキちゃんは考えるような仕草をし、覚悟を決めて僕を睨んで立ち上がった。
「シンフォニーに選ばせて、ふざけるな!」
けっこう大きな声で言ったので、周りの席の人たちが振り向いた。
しかしアキちゃんは恥ずかしがらず、本音を持続して僕を睨んでいる。
この瞬間、僕はアキちゃんに少し心が動き始めてる、から、もっと心が動き始めた。
「今度デートしようか」
自然に提案した。
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学生時代によく行った下北沢の改札で、土曜日にアキちゃんと待ち合わせした。
アキちゃんはレースのブラウスにミントグリーンのフレアスカートと、いつもの可愛い服装だ。
街をぶらぶら歩きながら、シンプルな大人っぽい女性の服がショーウインドウに飾られた店に、アキちゃんを連れて入った。
「ショーウインドウの服を試着できる?」
店員は「妹さんですか?」と聞いてきた。
「いや、彼女です」
「失礼しました」
店員が服を取りに行く間に、アキちゃんに軽く謝った。
「まだ彼女じゃないのに、ごめんね」
アキちゃんは混乱中の可愛い表情。
試着室に案内された彼女が着替えて出てきた。
思った通り、アキちゃんの清純さがシンプルな服に引き立ち、煌めきを感じて僕は見とれた。
「これを着て帰るので、元の服をショッパーに入れてください」
アキちゃんの意見を聞かず、自分の希望通り進めてしまった。
「私、子供すぎた?」
「ていうか僕のわがままだ。今日はこの服で並んで歩きたいな。いい?」
アキちゃんはやっと笑顔になり頷いた。
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僕たちは下北沢の街をぶらぶらして食事やお茶して、駅前で歌うストリートミュージシャンの歌に立ち止まって投げ銭したりした。
空は紫色に暮れている。
アキちゃんがリズムに乗って楽しそうに歌を聴くので、
「ライブハウス行ってみる?」
誘ってみた。
アキちゃんとお酒でも飲みながらバンド演奏を聴きたくなった。
大学生の時に行ったことのある屋根裏みたいなライブハウスに、僕はアキちゃんを連れて行った。
何組か出演するので、気に入ったバンドもいるだろうと思った。
裏通りのビルのエレベーターを上って店内に入って入場料を払い、お酒を注文した。
アキちゃんはカシスオレンジを注文した。
演奏が始まるまで間があるので、窓際の背の高い椅子に並んで腰掛け、外を見ながら飲んだ。
時折、電車が通るのが見える。
アキちゃんはお酒に弱いのか、少し飲んだだけで頬が赤く染まった。
「普段あまり飲まない?」
アキちゃんは頷いた。
「これとカルーアミルクしか飲めるのを知らないの」
「後でそれも飲もうか」
演奏が始まるので、僕たちはお酒を持って移動した。
それほど混雑していなくて、足の高い丸いテーブルに僕らは飲みかけの酒を置いて、演奏を待った。
最初は女性のバンドでフアンクでソウルな…とか、チラシに書いてあった。
照明が暗くなり、僕はアキちゃんが不安にならないよう手を握った。
明かりが戻ると、ピンクに染めた髪の色っぽい服の女性ボーカルが、華奢なチェアに足を組んで腰掛け、手鏡を持って赤いルージュを唇に塗っていた。客から歓声が起こる。
そんな色っぽいビジュアルとは真逆、腹に響く演奏と歌で盛り上げていく。30代半ば位に見えるお姉さんバンドだ。
ピンクの髪のボーカルは何曲か歌うと、とつじょ関西弁でノリの良いジョークを言って笑わせ、次の曲を歌いながらステージを降りてスタンディングの客の方に来た。
そして目についた客の酒を、ニコッと笑ってひとくち飲んだりしてぶらぶら歩く。
アキちゃんは飲まれないよう、カシスオレンジのグラスをぎゅっと握った。
ピンクの髪のボーカルは僕に目を止めた。隣のアキちゃんのこともチラッと見る。
可愛い彼女を連れた年下の男を、からかったら面白いと思ったのだろう。
僕の酒のグラスをさっと取って飲みながら、僕を上目遣いで色っぽく見つめた。
ピンクの髪のボーカルは僕の酒のグラスを持ってステージに駆け戻り、僕をひらひら手招きした。
悪戯的な遊び心の演出なのか、わあっと歓声と冷やかしの声が起きた。
陽キャでもない僕は悪目立ちは苦手だが、ステージに上がるのを拒否る勇気は無い。
アキちゃんが僕のシャツの裾を持ち、行かないで、という合図を出したが、僕はステージに上がった。
ピンクの髪のボーカルは、僕を見つめながら僕の周りを至近距離でまわってラブソングを情熱的に歌った。
僕が困ったり恥ずかしそうにすればするほど、客は盛り上がる。
歌い終わるとキスミーと言われて、唇を突き出してきた。
手を横に振って断ると、頬を出したので、僕は彼女の頬にチュッとキスをした。
わあっと盛り上がり、解放された。
ステージを降りると、飲み残したカシスオレンジを置いたまま、アキちゃんが消えていた。
入り口近くのバーテンが外を指差した。
僕は店外に出ると、アキちゃんの乗ったエスカレーターの扉が閉まった。
僕は階段を駆け下りた。
外でアキちゃんをつかまえた。
回り込んで顔を見ると、ほんの少し涙ぐんでいた。
「どうしたの」
「なんか嫌」
「そういう演出なんだ」
「わかってるけど、なんか嫌」
僕はアキちゃんの手を引いて、上演後の人のいない小劇場の裏手に連れて行った。
「あの場の流れだった」
「流れって乗らなきゃだめ?」
アキちゃんは真顔で聞いた。
「奏介さんが拒否すれば、あのボーカルはきっとフラれた感じの演出をして盛り上げたと思うの」
確かにアキちゃんの言う通りだ。
キスミーの時に「彼女いるので」とステージを降りたら、また違う盛り上がりになっただろう。
流れに乗るしかないと単純に考えた自分は愚かだと思った。
「奏介さんは自分の気持ちより流れなの? 流れならキスするの?」
「ほっぺにしただけ。本気のキスは好きな人にしかできない」
「…」
自然とアキちゃんを抱き寄せた。
彼女は震えているが拒否しない。
自然な流れで僕は気持ちのままにキスをした。
アキちゃんの固くなる様子で、初めてのキスだとわかった。
長く唇を合わせるうちに、彼女はほぐれていき、僕は情熱的にキスをした。
「奏介さん」
アキちゃんが潤んだ瞳で見つめて尋ねた。
「私を選んでくれたってことで合ってる?」
「合ってる」
「彼女ってこと?」
「…」
そうだと言えば良かったのかもしれない。
でも後から知った時の傷の深さを経験した立場から考えると、相手に対して包み隠さず誠実であるべきだと思った。
僕はまだ候補を残していた。
「父がすすめたもう一人の候補の女性と何度か会っている。昨日も会った」
「え?」
アキちゃんは僕を突き飛ばした。
「なんでキスしたの?」
「…」
「流れなの?」
「正直な気持ちの流れだ」
「またシンフォニーに選ばせるの?」
アキちゃんは涙をぽつんと流し、
「流れなんて嫌い」と言い捨て走って行った。
僕は人のいない小劇場の裏で一人佇み、内省した。
キスした瞬間、アキちゃんを選んでいた。正直な気持ちの流れだ。
昨日もう一人の彼女と会った時のその人への好印象は、アキちゃんとのキスで霧消した。
次に会った時には、好きな人ができたとその人に伝える。
でも今はまだ言ってない。
だからアキちゃんに今の状況を伝えた。
全部ちゃんとしてからアキちゃんに向かえば良かったけど、流れに乗ってしまった。
アキちゃんは流れに乗る人間を軽蔑するのだと思った。
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僕は何度もラインし電話したが、アキちゃんから無視された。
その間に、もう一人の候補の彼女に好きな人ができたと伝えた。
紹介した父にもアキちゃんを好きだと伝えた。
1カ月後、僕は風邪をこじらせ熱を出した。
38度を越す熱で、会社を休んで一人暮らしの部屋で咳き込んで寝ていた。
電話が鳴り、表示を見るとアキちゃんだった。
「熱出したってお父様から聞いたの。入っていい?」
「え? 今どこ?」
「玄関の前」
僕は玄関へ行くと、アキちゃんが買い物のエコバッグを持って立っていた。
「咳出る。移るよ」
「移ってもいい」
アキちゃんが入ってきた。
「今日はお世話させてください」
と言いながら、僕のおでこに手を触れた。
「熱い」
「39度近くまであがったから」
「すごい汗」
「汗かいて少し下がった」
「着替えどこ?」
「あそこ」
「寝てて」
アキちゃんはお湯を沸かしに行った。
洗面器と湯を入れたポットを持ってきて、ベッドに座る僕に「脱いで」と言った。
「え?」
「弟が熱出した時してるから」
僕は汗でぐっしょりになったTシャツを脱いだ。
アキちゃんは照れずに僕の胸や背中を、湯を入れた洗面器でタオルを絞り、丁寧に拭いた。
腕を上げるよう言われて、脇の下もタオルで拭いてくれた。
着替えのシャツを渡してくれ、僕はそれを着た。
その後、氷枕で冷やしてくれつつ、卵の雑炊を作ってベッドまで運んでくれた。
アキちゃんはフウフウ冷まして、僕が食べるのをベッド下から見つめた。
「美味しい?」
「うん」
「良かった。食欲でて」
「ありがとう」
「奏介さん」
「ん?」
「私ね、あのTシャツ捨てたの」
「え?」
「捨てちゃった」
「中3からのお気に入りだったんだろ?」
「うん。捨てる時、哀しかったけど、今は少しずつすっきりしてる」
「そうなんだ」
「…」
「父から聞いたかもしれないけど、僕もすっきりしてる。アキちゃん以外もう誰もいないから」
「…」
「風邪治ったらデートしてくれる?」
「会社の方でいろいろあって」
「忙しいの?」
「うん」
アキちゃんは汗のものも洗濯してくれ、
「お大事に。奏介さん」
明るい笑顔で帰って行った。
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それ以来、アキちゃんは会ってくれなかった。
しばらくして父からアキちゃんが会社の人と婚約したと聞いた。
なんなんだよ、アキちゃん。
会社の方でいろいろあってって。
Tシャツ捨てちゃったって何だよ。
そんなの……ひどすぎないか?
僕は一年経っても、それ以上経っても、アキちゃんのことが忘れられなかった。
ある夜、実家に帰るため歩いていると、隣の隣の家の前で女が赤ちゃんを抱いていた。
電灯に照らされ、その女が誰であるかを知った。
ピンクのフレアスカートをはいている。
「あばばばばばば、ばあ!」
愛をたっぷり注いだ笑顔で、アキちゃんは赤ちゃんをあやした。
僕を見ない。
そのまま通り過ぎようとすると、
「奏介さん、見て」
アキちゃんが月を指差した。
煌々と輝く美しい満月。
でもアキちゃんの笑顔の方が眩しく煌めいて見えた。
「きれい」
アキちゃんが月を見上げた。
「綺麗だね」
僕はアキちゃんを見つめた。
「抱いてみる?」
アキちゃんに渡されて、僕は赤ちゃんをぎこちなく抱っこした。
赤ちゃんがぐずり始め、僕は言った。
「あばばばばばば、ばあ!」
なぜか目の奥が熱くなって、アキちゃんに赤ちゃんを返した。
感情のひとしずくにより濡れた満月を見上げながら、僕は帰った。
(了)
✨✨✨
「愛のために愛?を愛する。」前作はこちらです。↓
✨✨✨
芥川龍之介の保吉が主人公の「お辞儀」から発想した小説です。↓
芥川龍之介の保吉が主人公の「ある恋愛小説」から発想した小説です。↓
✨✨✨✨✨✨



