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徳川美術館『お能、はじめまして』前編


「お能」とは。

実は日常に色々と縁がある「能楽」

 源氏物語は、絵巻物や工芸品など、さまざまな芸術作品の元ネタになっていますが、特に能楽には「源氏能」という一つのジャンルになるほど、大きな影響を与えているそうです。
 能楽は仮面をつけた役者が、歌と演奏に合わせて踊る劇。演奏するのは、大鼓(おおつづみ)、小鼓(こつづみ)、太鼓というリズムセクションに、笛、そして謡い手。雛人形の五人囃子は、コレがモデルなのだとか。

 リズムセクションが三人なところから「三拍子そろう」という言葉が生まれ、謡の調子を「ノリ」と呼ぶところから「ノリが良い」「ノリが悪い」という言い回しが生まれたそうです。
 ちょっと調べるだけでも、あまり縁がないように見えて、実は色々な影響を受けていることが分かりました。

 『源氏物語』以外にも『平家物語』『伊勢物語』などの古典から採った演目があったり、逆に能の演目から『勧進帳』『道成寺』といった歌舞伎が生まれたり。落語に出て来る「与太郎」は、狂言の「太郎冠者」にそのルーツが見えます。
 能楽は、さまざまな日本の文化が結びつく交差点。能楽を知れば、アレもコレも分かって効率が良い(?)かもしれません。

生で見るチャンスはない? ある?

 とはいえ自分も、生で見た事はありません。なかなか機会がない。「体験したい」とは思っているのですが、どこでやっているのでしょうか?
 能楽協会によると、能のための専門舞台「能楽堂」は、全国に77ヶ所あるそうです。タワーレコードの全国店舗数とほぼ同じ。

 それを想えば「いつか観たいな」と願ってさえいれば、出会える機会は間違いなく回ってきそう。
 それに能楽堂以外でも、神社で行われる「薪能」や、一般的な市民ホールなどでも上演される事が多いようです。イベントとして開催される事もある。

 いつ、どんな機会で生の舞台を見られるか分かりませんが、それならば今のうちから、できる範囲で経験しておくのが良さそう。日本文化の交差点ならば、実際に舞台を観る以外の方法で、理解を深めるのもありかと。

 特に能面や衣装など、美術工芸の世界とも縁が深い……今回のこの、徳川美術館の展示『お能、はじめまして』は、まさにそんな切り口から、能楽についてアプローチするのに最高の場所でした。

能面の世界。

能面の使われ方について。

 「『小面』は若く美しい女性で、『般若』は怒りで鬼になった女性」「見せる角度で表情をつけ、感情を表す」等々、能面の知識については、検索すれば色々と出てきます。
 特に、上掲の動画はお勧めです。能楽師の方に色々と質問する動画なので、能面に関する知識だけではなく、もっと重要な「能面の下にいるのはどんな人物なのか?」という点まで、体感できます。

 今回の展示でも、そういった能楽のアレコレが、分かりやすく面白く解説されていました。例えば、女性であれば、『小面』から『曲見』、『姥』まで、年齢別に様々な能面があって、それは髪の表現などで見分けられる事を、イラストと実物で示してあったり。

『小面』伝是閑吉満作 16-17世紀(手前)
『般若』是閑吉満作 16-17世紀(奥)

 展示室に入ると、その『小面』の向こうに『般若』が見えるなんていう演出があったり。知識が伝わるだけでなく、イメージが膨らむ、強烈に印象を残す、展示そのものの面白さも満喫できるのでした。『般若』のさらに向こうに並んでいるのは前述した、年代別の女性の表現の違いの展示です。

『小面』裏面。

 浮かせて展示してあるので、普通は見られない裏面までも見られます。
「『小面』は、少女のつぶらな瞳を表現するために、目の穴が四角になっている」
以前、そんなことを聞いた覚えがありました。確かにそのとおり。裏から見るとそれがハッキリわかりますね。口角の左右が丸いのも、唇がプクンとしている表現に繋がっているのでしょうか? 目の穴の回りが深く刳られているので、面そのものの厚みがかなりある事も読み取れます。

『般若』裏面

 『般若』は、目の穴も口の穴も大きい……『小面』の場合、例えば『羽衣』の『天女』など、舞を舞うにしても優雅に動く役が多いですが、『般若』の場合は、鐘から飛び出す『道成寺』とか、横川小聖とバトルを繰り広げる『葵上』とか、動きの激しい役どころが多いので、視界と呼吸を確保する必要があるのかもしれません。たぶん。
 それにしても、ガラスに映った能面が怖いなこの写真。

(奥から)『泥黒髭』伝出目栄満作 17-18世紀
『曲見』伝大宮大和真盛 17-18世紀
『中尉』河内大掾家重作 17世紀
『白式尉』伝元休満総作 18世紀

 能面には、人ならざる者の面と、女面・男面がある。翁面は別格。そんな種別の展示もありました。この後、それぞれのコーナーが設けられ、それぞれについての説明と、見どころの解説があります。ここではくりかえしません。それは各自、この企画展に来るなり、本を読むなり、能楽協会のサイトを見に行くなりして調べてください。
 このnote記事では、自分なりに能面を見た時の感想や、考えたことを書きます。

ギャルとオバチャンの違い。

『萬眉』 18世紀

 『萬眉』は『小面』と同じ、若い女性のお面。ただ『小面』が純真無垢で清らか、味気ない言い方をすればニュートラルな存在なのに対し、色気と愛嬌を盛り込んで「萬の男を惑わす媚び」がその名の由来という。
 『小面』は基本の能面で、室町時代、能のはじまりからある面ですが、『萬眉』は後から、安土桃山から江戸時代にかけてできた面なのだそうです。時代が下って、さまざまな感情の表現が必要になるにつれ、その要求に従って作られた面と言えるでしょう。

『曲見』伝大宮大和真盛作 16-17世紀

 『曲見』も『小面』と同じく、能のはじまりからある面。『小面』が若い女性の基本なら、こちらは成人女性の基本。今で言えばアラフォーの女性。
 能面というと、様式的な印象があります。ここでも、年齢の違いを髪の筋の数などで表現している、という解説がありました。しかし比較して見ていくと、それ以上に、実際の人間の顔を緻密に観察して作られているのが分かります。
 『小面』『萬眉』では、額や頬に張りが合って、キュッと盛り上がっているのに、『曲見』では肉が落ちたか肌の張りが無くなったか、平たく潰れています。顔の輪郭もシュッとしていたのに、垂れてシワが寄っている。引き締まっていた唇の両端も、ちょっと緩くなった感じ。ツンと尖っていた顎も、丸くなりました。ほうれい線が目立つようになり、目蓋も重たげで、目尻も下がってきている……
 様式的、記号的どころか、残酷なほどのリアリズム。ここまで生々しくする必要が、どこにあったのでしょう?

ショタとオッサンの違い。

『童子』伝出目満永 18世紀

 元気な男の子は、体温が高くて、いつもしっとり汗ばんでいる感じ。子供らしい細くて柔らかい髪が、額にペッタリくっついているのが、いかにもそれらしいです。
 『小面』『萬眉』など、女の子では丸くふっくらしていた唇が、少し薄めになって輪郭がシャープになっているのは、やはり男の子。鼻筋が始まる場所も、女の子の面ではちょうど目の間あたりでしたが、男の子は、目の間よりちょっと上。何より女の子の面では、目線はどこを見ているかはっきりしませんでしたが、男の子の面では、何か興味をひいた一点を凝視しているようです。女児と男児の顔の形だけじゃなく、性格の違いまで表現されているみたい。

『平太』伝徳若作 17世紀

 壮年の武将の面。オッサンになると、日焼けして真っ赤。ひとつひとつのパーツは『童子』の面より小さい。だから、顔そのものが大きく見えます。オッサンの顔のデカさを、相対的なサイズの違いで感じさせている。頬骨や眉の盛り上がりがクッキリしていて、ここに骨がある! というゴツさ。目の周りや口の周りがグルリと窪んでいる、この顔の凹凸の深さは、皮膚の厚さの表現でしょうか。

お婆さんとお爺さんの違い。

『姥』 17世紀
『小尉』 18世紀

 『平太』の「ここに骨があるぞ」という表現は、年寄りの面になると、さらに強調されるみたい。『姥』では、頬など骨が無いところにも、落ちたとはいえ肉は残っていて、眉や頬骨も多少は丸みがある。しかし『小尉』は、頬はえぐれたように無くなっているし、骨の張ったところは鋭い。『姥』はまだ皮が乗っている感じだけど、『小尉』はほぼ骨。
 不思議なことに、『姥』では無い髪が『小尉』には植えられていて、耳まである。耳は仏像などと同じ、長い耳たぶがついたもの。時代とか、流派による違いなのかなあ?

時代による表現の違い。

『黒式尉』伝越智吉舟作 15世紀

 奇妙なことに、他の能面とは一回り小さい。そしてこの黒い肌に白いヒゲと言うコントラスト。さらに他の能面と決定的に違うのは、左右非対称だということ。鼻は叩き潰されたように右に曲がり、右目の目尻は吊り上がって、そこから延びるシワも上に伸びあがり、額のシワに繋がっている。左目の目尻は垂れ下がって、目尻のシワはそのまま下り、左の頬を巻く。時計回りにグルリと回る動き。
 越智吉舟は15世紀初頭、世阿弥が『風姿花伝』を書いたのと同じころに活躍していたと伝えられる、半ば伝説的な能面師だとか。南北朝が14世紀末に終わり、1467年の応仁の乱に向かって、時代が大きく動いている頃。
 この『黒式尉』などの『翁面』は、世阿弥が能楽を確立する以前、能楽の神事の舞で使われていたそうです。だから、顎が別パーツになっていたり、表情があらかじめ作られていたりと、他の能面とは一線を画すキャラクターでした。なので、能面よりもさらに遡った過去の、伎楽面や舞楽面の要素を残しています。
 そんな呪術性の強い面から洗練された面へ、その革新をもたらした名工が越智吉舟であり、その逸品がこの『黒式尉』なのだそうです。

『獅子口』伝吉成赤鶴一透斎作 16世紀

 応仁の乱の後、いよいよ戦国時代になると、能面の世界にも狩野永徳『唐獅子図屏風』のような、豪壮の風が盛んに。『黒式尉』も、人智を超えた異界の存在を思わせる表現でしたが、よりフィジカルな、直感的なエネルギーを感じるような表現に変わってきます。『獅子口』は文殊菩薩を乗せる霊獣の面で、その名の通り獅子の威力を持つ存在。ホントは畏れ多い存在なのでしょうが、あんまり分かりやすい表現なので、少し愛嬌さえ感じてしまいますね。

『般若』河内大掾家重作 17世紀

  江戸時代が始まり、幕府の公式な式楽となった能楽。今「お能」と聞いて思い浮かぶイメージは、この頃のものでしょうか? この『般若』なんて、まさに『般若』と聞いて思い浮かぶお面そのもの。そう感じるのは、フォルムが整理されているせいでしょうか? 細かなニュアンスは、演者によって加えられることを前提とした造形。

『白式尉』伝元休満総作 18世紀

 単純化と言っていいのか、様式化・定型化というべきなのか、造形が整理整頓されたのは、この『白式尉』を見ても明らか。『黒式尉』のあの、禍々しいほど歪み、絡み合った造形が、こんなスマートなデザインになりました。
 この『白式尉』が作られた江戸後期は、『燕子花図屏風』などの尾形光琳、琳派の全盛期。元禄文化が爛熟を経て、社会全体が成熟していった時期です。さまざまな文化や芸術に現れる洗練された感性が、能にも現れていたのでしょう。

恐怖の対象は鬼神から人間へ。

『生成』 18-19世紀

 『生成』は、鬼になりきった『般若』とは違い、次第に人間性を失いつつある姿を現したものです。生皮をはがされたような赤、血の気を失った青い額に張り付く乱れた髪は、むきだしになった血管のよう。寄せられた眉は、人間的な悲しみの感情が、なんとか残っているかのよう。それにすがろうとするように見上げる瞳が、非人間の印である金色に染まりつつある。悲鳴を上げても、大きく裂けた口から響くのは、既に人間にあらざる咆哮……
 非常に恐ろしい面です。『黒式尉』のような原始的な得体の知れなさや、『般若』などの分かりやすい恐ろしさにとどまらない、人間の闇の部分をむきだしにする禍々しさ。

 江戸時代後期、文化文政時代には、先の社会の成熟を受けて、きたる幕末・明治に向け、人々の自我が近代化していきました。
 東洲斎写楽から歌川国芳に至る浮世絵の全盛、その中には多くの残酷画、幽霊画もありました。怪談の流行もあり、1825年には鶴屋南北『東海道四谷怪談』が初演されています。かつて人々が恐れたのは、戦乱や飢饉、災害などの、外から来るものでしたが、今や人間の内なる情欲や悪意こそが、人々の恐怖の対象なのでした。
 『能楽』は伝統文化、歴史的に価値があるもの。しかしそれだけではない。私たちの精神の変化に深く結びついていて、それは今でも変わることなく続いているのでした。

後半書きました。

 能以外にも、面白い扇面図屏風があったのでその話も。能面以外の、装束や小物について。あと狂言のお面や衣装も。

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