【小説】8月某日の夢 第10話
あれから、私は
学校にもう一度通い始めた。
かなりのブランクがあって、今は8月末までもうすぐだ。
1ヶ月以上休まなかった分、3年前の自分よりマシ。
正直、不安なことばかりだけど。もう昔の自分に戻りたくないから。
3年前の自分ができなかった「今日1日だけでも行ってみよう」をやることにした。
お母さんには、学校に行きたくないと思っていたことを伝えた。そして、もう一度行こうとしていることを言った。お母さんは笑って『きっと紬貴くんも喜ぶよ。無理はしないで、楽しく行ってきてね』と私の頭を撫でてくれた。
私はカバンを背負って、家を出た。
「おはようございます」
今までより遅い時間に学校に着いてしまった。学校に行くことにまだ恐怖感があって、道中でしばらく休んでいたからだ。
「あ、おはようございます」
教室に入って真っ先に声をかけてきたのは……
もちろん、紬貴くんだった。
「体調は大丈夫ですか?」
「うん。しばらく休んでいたから、もうバッチリって感じかな」
教室で感じてしまう圧迫感を払うために、なるべく明るく振る舞った。
でも、紬貴くんがそばにいてくれると、やっぱり嬉しい。
紬貴くん、ずっと休んでいた私を心配してくれていたのかな?
「そういえば席替えして、少し”夏芽さん”と近くなったんです。授業で分からないことがあれば訊いてください」
優しい……優しすぎるよ、紬貴くん。
そんな紬貴くんと席が近くなったのも嬉しい! 3年前は「隣の席になりますように!」とお願いしても、なかなか近くにならなかった。
「うん、ありがとう」
その時、私は思わず笑みがこぼれてしまった。きっと、いたずらっ子ぽい顔で私は笑っている。
「紬貴くん……名前、覚えてくれたんだね!」
「え? ……あ」
すみません、と言いそうだったので、私は急いでそれを遮った。
「良いよ! やっぱり、その方が嬉しい」
私がそう言うと、紬貴くんはニコニコと笑った。
一方で、私は心の中で飛び跳ねていた。そして、飛び跳ね過ぎて教室の天井が壊れる想像をしてしまっていた。
授業中、お言葉に甘えて紬貴くんに分からないところを質問した。
『またあの2人が一緒にいるよ』とか聞こえた気がしたけど、私は無視した。
……クラスメイトたちの反応が強くなっていることには、すでに気づいていた。
だけど、極力気にしないようにする。なるべく紬貴くんの隣にいて、一緒に楽しく話して、それで気を紛らわせるようにした。
学校を休んでいる時にすごく悩んだけど、私は変わるって決めたから。紬貴くんと一緒にいれるだけ、隣にいるって決めた。
頼りない信念ばかりだけど、やってみることにした。
昼休みに、久々に紬貴くんと絵を描きに行った。
いつもの美術室で、自分の画材を取り出す。紬貴くんはいつものようにイーゼルを立てて、私はキャンバスを持ってきて机に置いた。
そういえば、私は文化祭に飾る絵がまだ完成していない。確か、中学校の正面を描くことになっていた。ふと、紬貴くんの方を見ると、どうやら今まで絵を描き過ぎたらしい。どれを文化祭で飾るか悩んでいた。
「もし良ければ、一緒に選んでください。俺はこれとこれと、あとこれで迷っていて……」
紬貴くんが絵を指さしていく。でも、どれもこれも素敵なものばかりだ。もはや、買いたい。
しばらく迷って、中学校ならではの場所を描いた絵を中心に選ぶことになった。3枚まで絞れたところで「全部良いから、全部飾ろう」ということになった。3枚なら他の部員さんの展示スペースを奪ってしまうことはない。
その後は、紬貴くんに絵の描き方を教わった。
文化祭に飾る前に、私はそもそも風景画が描けない。絵を上手く描けないことを嘆きながら、いつか一緒に花火を絵を描こう、と紬貴くんを誘ってみた。夏祭りの時に、そう考えていたから。
すると、紬貴くんは「じゃあ、せっかくだから」とすぐに簡単に花火の絵を描いて、それを使って絵の描き方を説明してくれた。
一通り教わったら、バランスや感覚を掴みながら実践。ゆっくりと描いていく。
それなりに形を持った花火が咲いていく。あの時の、暖色ばかりの花火が印象に残っていた私は、花火を描いたその中に黒で模様をつけた。
花火の中に夕暮れの景色がある、というコンセプトだ。
細かく線を描いて、ふと後ろを見ると、紬貴くんが花火の絵を描いていた。紛れもなく、あの時見た色鮮やかな花火がそこにあった。
…………と、描いている途中でチャイムがなった。
続きは部活で、と言いながら画材を片付け、紬貴くんと2人で美術室を出た。
その時、何人かのクラスメイトたちが私たちの前を横切った。
夏祭りで私たちを指さして笑っていた……あのクラスメイトたちだ。
その内の1人が横切っていく時に、手でハートの形を作っていた。ニヤニヤと笑いながら、私たちを見て通り過ぎていく。
…………………………すごく嫌な予感がした。
紬貴くんも気づいたらしく、立ち止まってそのクラスメイトを見ていた。
「え、何してるんですか、あの人」
でも、紬貴くんはそれだけ言うと、何事も無かったかのように歩き出した。
私も慌てて後を追った。
3年前もそうだった。結局のところ、冷やかしやからかいを気にしているのは私だけ。紬貴くんは気にしなかった。
それに、相手は紬貴くんの友達だった。昔から、からかい合っている仲だったらしい。いつもからかってくる人、と分かっていれば、気にしないのも当然か。
……それでも、私は嫌だった。怖い思いをしたことがあったのも事実だし。
あのクラスメイトたちに警戒しながら、部活までやってきた。
いつも以上に視線を感じたし、少々息が詰まりそうだった。
でも、大丈夫。ここまで学校にいることができた私なら、紬貴くんといることができた私なら、きっとこの先も。
私はイーゼルとキャンバスなどを持って、中学校の昇降口を出ていた。
校舎と向かい合ってイーゼルを立てて、キャンバスを置く。昼休みに紬貴くんから教えてもらったことを活かして、下絵をまず描き始めた。
キャンバスの中に、実際のものと同じ形ができあがってくる。そろそろ色塗りに入ろう。
「ふぅ………………」
と、なんか紬貴くんと同じリアクションをとってしまった。
紬貴くんも、こういう状態だったんだ。集中していると、ものすごく疲れる。
それなりの絵が描けた。もちろん、紬貴くんには届かないけど。
私の中では、割と上手く描けていると思う。
「夏芽さーん」
遠くから声が聞こえて、視線をキャンバスから声のする方へと変えた。
その先は4階の窓だった。あの場所は、確か美術室のすぐ近くの。
そこから、紬貴くんが身を乗り出している。そういえば紬貴くん、花火の下に山を入れたいから、と言って廊下で描いていたんだっけ。
「そろそろ終わりの挨拶するらしいのでー」
私を呼びにきてくれたらしい。時計は見ていたけど、少し遅くなりそうだったから助かった。ありがたい……!
「分かった! ありがとう、すぐに行くね」
私は急いで美術室に向かった。
「夏芽さんの絵、すごく綺麗でした。どうやって描いたんですか?」
「いやいや、何を言っているの? 紬貴くんのおかげだよ」
今日の成果を披露し合った私たちは、お互いを褒めながら昇降口を歩いていた。
その時だった。
急に何人かの人に囲まれたのは。
突然前に人が現れて、気がついたら後ろにも人がいて、正直怖かった。
私が驚いていると、相手は全員ニヤニヤと笑っている。夏祭りにいたあのクラスメイトたちだった。
「おい、お前らラブラブだな〜!!」
囲んでくるなり、目の前にいたクラスメイトが大声を上げた。昼休みにからかってきたヤンチャそうな男子だ。
その声に合わせるように、周りのクラスメイトたちも一斉に笑った。
……え、何が起きているの?
「あのさ、え、なにお前ら付き合ってんの? 夏祭りの時も一緒にいたよな? あれってさ、どういう意味? やっぱりさ、やっぱりさ、これって〜、デートってことですか〜!!!」
怖かった。
確かに私たちは囲まれていて、からかわれている。
からかわれるのは覚悟していた。だって、3年前がそうだったから。メンバーも、直接からかいにくる人も大体一緒。3年前と同じだ。
でも、この状況は3年前とは全然違う!
3年前は教室の中で騒いでいたはず。それが、どうして昇降口の前で??
こんな囲まれたことないし、何よりクラスメイト以外の人もたくさんいるわけだから、注目浴びちゃって恥ずかしい……。
どうして昇降口の前で『お前ら、付き合ってんだろ?』って問い詰められている状況になってるの……!?
3年前の私だったら、怖くて泣き出していた。
正直、今もわけがわからなくてすごく怖いけど……やるしかない。
騒ぎ立てるクラスメイトたちを前に、紬貴くんは冷静だった。「外で大きな声で言わないでよ」と言いながら、周りを見渡している。だけど、クラスメイトたちは私たちを帰す気ゼロ。囲まれているから、抜け出そうにも抜け出せない。
私は、思い切って「付き合ってないよ。そういうこと言われるの嫌だから、もうやめて」と目の前で騒いでいる人たちに言った。
相当な勇気が必要だった。最後は声が震えていた。
それでも言った。最後まで言い切った。
だけど、相手は聞いていなかった。
何回喋っても聞く耳を持ってはくれない。
「あのさ!」
次こそ気づいてもらえるように、私はクラスメイトの肩をつついた。
「は? 何?」
なんか不機嫌そう。
「私たち、付き合ってるわけじゃないから。友達だから。そうやってからかわれるの好きじゃないからやめて」
「別に良いじゃん。何か問題でもある?」
あるよ。
「んだよ、冗談で言ってるだけじゃねぇか!! 何が悪いんだよ!!! あ、何? オレがお前らのこといじめてるって言いたいの? ふざけんなよ!! そうやってすぐいじめいじめって言って、他人のこと勝手に悪く言って遊んでんじゃねぇよ!!! どうせ女子だから泣けば許されると思ってんだろ!!! これだから女子は嫌いなんだよ!!! 大体、お前らいっつも授業中にイチャイチャしやがってさ、周りの迷惑になるとか考えられねぇのかよ、馬鹿どもが!!!」
「おい待て、言い過ぎだぞ! やめとけって!」
「伊勢田のこと驚かすだけって話だったじゃん! そんなことでキレるなよ!!」
「他の女子も聞いてるから、マジでやめとけ!!!」
「うるせぇんだよ、お前ら!!!!!!!!!!」
第11話
https://note.com/light_hyssop657/n/ne0b1d46617b5
