消滅危機言語の記録保存(特に談話データを例に):応用編
基礎編では、言語の記録保存の取り組みにおける3つのステップを紹介した。
Step 1 絶対にすべきこと:データの永続性。自分のローカル環境(パソコンのHDとかSDカード保存とか)に加えて、ウェブ上の安定したリポジトリにも関連データを全て置く。関連データとは、生データ(録音、録画)、書き起こしデータ(注釈付き)、メタデータ(話者情報、注釈者情報など)
Step 2 望ましいこと:少なくとものちの研究者/コミュニティが利用しやすいような仕組みを整えておく。後の修正が入る場合のバージョン管理の徹底。個々のデータに対するデジタル資料の固有識別番号であるDOI(Digital Object Identifier)の取得など。
Step 3 やらなくても問題ないが、やると素晴らしいこと:コミュニティが、自らの言語復興や継承言語教育のリソースに使いやすくする。目的特化型のWebページを作り、誰でもわかりやすい方法で談話資料を公開する。談話の例文ごとに音声も聞けるような仕組みなどがあると素晴らしい。ここでは、私自身の研究対象である伊良部島方言の実際の談話データを用いて、データをリポジトリに置き、さらにそれをもとにして、さまざまな人にとって見やすいWebページを構築する作業を解説する。
談話データセットの構築
データセットの構造
今から扱う談話データは、2025年3月1日に伊良部島で収集した。話者のSTさんの協力を得て、伊良部島の字伊良部地区にあるヌーシ御嶽発祥にまつわる伝説を語っていただいた。STさんご自身により、この物語談話は「ヌーシ御嶽のタマミガ」と名付けられた。メタデータは以下のようである(名前と生年はマスキング)。メタデータには話者情報(話者の名前、生年、居住歴、外住歴)、録音場所の情報、録音機材の情報(レコーダーZoom H6, マイクAKG C520)、同意書ステータスを記録している。今回は録画はせず、録音のみ行なった。

リポジトリは基礎編でも推奨しているzenodoを使う。あらかじめサインアップしておけば無料で誰でもすぐに使える。+new uploadでリポジトリを作成する。

リポジトリには、生の音声データ(物語全体のwavファイル)、文に分割した小分け音声データ(001から054の54文のwavファイル)、ELANなどでインターリニアグロスをつけた注釈データ(txt形式と、文字化けせず、ズレの心配もないpdfの両方)を置く。さらに今回、語ってもらった談話に対する解説のような談話もあり、その部分を除く物語の部分だけを書き起こしているため、この解説談話部分まで含めた、完全ノーカットの談話も、念の為載っけている(20250301で始まるwavファイル)。
zenodoではページ自体にいろいろ注意事項を書き込めるので、メタデータとREAD.MEは今回は省略している。もちろん、これら自体もtxtファイルなどでアップロードしても良い。結局、リポジトリのデータセット構造は以下のようになる(ここでページを確認)。全てのデータに固有のURLが割り当てられている。DOIも取得した(https://zenodo.org/records/16753649)。
Text data (with sound file) of Irabu Ryukyuan (Japonic, Miyako)_5
|-- 生データ(録音データ)
|-- 20250301…wav (ノーカット未編集音声ファイル)
|--text_tamamiga.wav(物語全体の音声ファイル)
|-- 001_sentence (最初の文の音声ファイル)
|--(中略)
|-- 054_sentence(最終文、第50番目の音声ファイル)
|-- 注釈データ
|-- text_tamamiga.pdf
|--text_tamamiga.txt
データ加工
zenodoに置いたデータセットは、録音された全体の音声ファイルだけでなく、文単位に分割された小分けの音声ファイルもある。文単位に切り出してアップしておくと、のちに談話資料ページを作る際にも有用だし、何より未分割の長い音声ファイルを1つ用意するよりも、のちに確認や修正がしやすく、利便性が格段に高まるから、ぜひやっておいた方が良い。以下に、便利な方法を紹介する(youtube動画)。以下ではELANで談話データを管理している前提に立つ。そうでない場合は、各自で音声を切り出す方法を調べてほしい(audacityを使う方法など、いくつかある)。
動画内容のおさらい
まず、リポジトリに載せたい談話データのeafファイルと元音声ファイル(図1の1, 2番)を用意する。次にこれらを、音声・テクスト分割ツール(eaftox)に流し込み、音声ファイルと注釈付き例文データ(インターリニアグロス例文)として整える。すると、文単位で区切られ、かつeafファイルで注釈した内容を例文提示フォーマットに整えたテキストファイルおよびLaTeXのgb4eスタイルに整えたtexファイル(図1の3番)が生成される。texファイルはpdfにしておく。さらに、上記の文ごとに切られた音声ファイルも自動生成される(4番)。

これら3, 4番のデータと、さらに元の音声ファイル(2番)を、データセットしてzenodoにアップロードする。その解説動画は以下から。
ウェブ版談話資料の作成
さて、zenodoに談話データセットをアップし、テクストデータ(.txt, .pdf)と音声データ(図2の1番、4番)それぞれの固有URLも取得し、DOIも付与され、データの安定した記録保存の段階はクリアした。では、ここから、成果物としての談話資料ウェブページを作成してみよう。
最も単純明快で、誰でもできる方法は、例えばGoogle spreadsheetの形式で公開し、例文の列とzenodoリンクの列を作ることである。成果物なので、Googleの仕様変更があっても、あるいは何らかの理由でこれが消えたとしても、致命傷にはならない。
以下に紹介するのは、「こういうこともできるよ」という、やや高度な方法である。今回はHTMLファイルを作成し、それをサーバーに置くことでインターネット上で直感的に操作できる談話資料ページを作る。まず、出来上がりのウェブ談話資料を確認して見てほしい(ここから)。
追記:自分でも簡単にzenodoのリポジトリにある音声・例文ファイルからHTMLファイルの談話ページを作れるツールを公開した(詳しくは以下のnote記事から)。興味のある方は使ってみてほしい。
上記のツールで作れるHTMLファイルは、以下で紹介するものと全く同じ機能を備えている。
HTMLファイルの内容
zenodoに置いた例文音声ファイルごとの固有URL情報を活用し、そのURLを自動で読み込んで、ボタンをクリックするとzenodo経由で音声を聞けるようにしている。また、zenodoにおいた注釈付き例文のテクスト(.txt形式)をHTML形式に変換して綺麗に出力し、それぞれの文に音声再生のボタンをつける。ボタンには上記の固有URL情報がリンクされるという仕組みである。HTMLファイルのソースコードはGithubで公開している。zenodoに小分け音声ファイルをアップし、その固有URLを利用するという方法を使うのであれば、このソースコードを微修正すれば自分用に用いることは比較的容易なはずである。

なお、zenodoにアップした全てのwavファイル(今回は未編集ファイル、物語部分の全体ファイル、54個の小分けファイルの合計56個)の固有URLをいちいち手動でコピペするのは手間なので、zenodoのリポジトリURLを入力すれば自動で全てのwavファイルのリンクURLをリスト形式で取得できるプログラムも作成しているので、これが便利だと思う人は活用してほしい(ここから)。例えば、ヌーシ御嶽のタマミガのリポジトリのURL(https://zenodo.org/records/16753649)をこのプログラムの該当箇所に入力してみてほしい。56個のリストとして返ってくるはずである。これらのリンクURLをHTMLのコードに書き込んで、ボタン再生の仕組みを整えるというわけである(図3)。
HTMLファイルをどこに置くか
作成したHTMLファイルは、サーバーにおけばインターネット上で閲覧できるが、いちいち自分でサーバーをレンタルするのは手間だしお金もかかる。かといって、基礎編で述べたように、zenodoなどのようなリポジトリに置くのは私は反対である(データと成果物の峻別に反する)。そこでおすすめなのがGithubである。
Githubは、コードやプログラムを置いて共有するのにほぼ特化したリポジトリであるが、ここに置いた自作のHTMLファイルを簡単にウェブ公開できる仕組み(Github Pages)がある。要は、Githubをサーバーがわりにしてインターネット公開が容易にできるようになっている。実は、先ほど紹介したzenodoのリンクを得るHTMLファイルもGithub pagesによるものである。Githubも無料で登録できる。使い方が少しわかりにくいので、以下の動画で解説する。
おわりに
記録言語学における基本の考え方、すなわちデータと成果物を分けるという方針に従って、データの置き場所(ローカル環境+リポジトリ)と成果物の置き場所(GithubやGoogle Drive, Dropbox、自分のホームページなどさまざま)を分けるというのは、私の解釈であり、私自身が学生に指導する際に強調する点でもあるが、それに縛られない研究者もいるかもしれない。しかし、いずれの場合であっても、「(概念として)データと成果物を分ける」方針は守り、仮に同じ場所に放り込むとしても、異なるタグをつけるなどして区別はした方がいい。(同じ場所に放り込むメリットが私には思いつかないけれども)
さらにもう1点。消滅危機言語の記述研究を行う研究者は、学術的な成果物(記述文法や論文など)を得る一方で、その過程で地域コミュニティからいただいたデータを、地域コミュニティが(そして他の、当該地域へ容易にアクセスできない研究者が)アクセスできるようにすべきであることはすでに述べたとおりである(基礎編のStep 2)。その際、地域コミュニティと共同で、教材やツールを開発する取り組みも増えてくると思う。
これら教材やツール開発はStep 3に当たるものだが、自然言語処理の専門家や人文情報的知見を持った専門家と繋がって、チームでこれを行なっていくことで、言語復興・言語維持の取り組みを活発にしていくことができると思う。特に今はテクノロジーの進展が凄まじく、フィールドワーカー1人の知見と能力ではどうにもならない時代に来ている。このStep 3に特化した共同研究(フィールドワーカー + 地域コミュニティ + 自然言語処理専門家 + 人文情報系専門家)は、これからの消滅危機言語研究関連分野における応用研究・学際研究の有望な分野だと私は睨んでいる。
私の研究室(九州大学言語学講座下地理則研究室)では、記述を進める人だけでなく、我々と共にStep 3のさまざまな取り組みを進める自然言語処理系・人文情報系の大学院生の進学を歓迎しています。関心のある人は私までまずはご連絡ください。
