消滅危機言語の記録保存(特に談話データを例に):基礎編
記述言語学と記録言語学
消滅危機言語の研究では古くから、フィールドワーカーが調査した貴重な記述の成果を後世に残すという取り組みが行われてきた。いわゆる「ボアズ派の3点セット」と呼ばれる、記述文法・辞書・談話資料の作成がそれである。今、「記述の成果」と述べた。記述文法はまだしも、談話資料や辞書は、記述の成果というよりも、そのもとになったデータだろうと考える人がいるかもしれない。しかし、それは誤りである。これらの資料は研究者自身の調音音声学的分析や音素分析に基づいて書き起こされ、研究者自身の品詞分類、形態論、文法記述、意味記述の前提に基づいて注釈されているし、逆にそれらの資料を参照して文法記述が進んだ結果、資料自体に修正が加わることがある(記述の循環、下地2010)。結局、記述文法も談話資料も辞書も、全て等しく、記述の成果であって、フィールドワーカーの分析がくまなく入り込んだ二次資料である。
伝統的な記述研究では、これらの記述の成果のもとになったデータに対して関心がほぼなかったといって良い。データとは、録音・録画データや、面接調査の例文データ、話者情報・調査環境情報(録音機材、録音場所、録音者など)のデータ、すなわちメタデータなどである。これらは個々の研究者が独自に管理しておけば良く、あくまで記述の成果が残れば良いということだったのである。
しかし、これではさまざまな問題が起こるし、実際起きている。たとえば、ある言語の研究者が大量に収集した談話の録音データや書き起こしデータがあったとする。その研究者が引退したのちに、それら全てが死蔵され、誰にもアクセスできなくなるという問題がいろんなところで起きている。研究者自身も、これを誰かに引き継ごうと思っても、公開の許諾をとっていないことに後で気づいて、引き継げない場合がある。
消滅危機言語の場合、自分が取得するデータは、これから誰も、二度と取得できないデータであって、それを自分が全人類に代わって取得しているという意識を持たなければならない。
このような危機意識と、さらにデジタル技術の飛躍的発展を追い風に、記述成果と記録を峻別し、後者を独自に研究対象とするという発想が生まれるようになる。記録言語学という応用分野の登場である(Himmelmann 1998)。
Himmelmann, N. P. (1998). Documentary and Descriptive Linguistics. Linguistics, 36, 161-195. https://doi.org/10.1515/ling.1998.36.1.161
記録言語学では、フィールドワーカーが取得した一次データの保存と公開、アクセス可能性、データの応用可能性(例えばウェブ上で誰でも直感的に閲覧できる談話集のようなものの作成)が議論される。日本でも、特に2010年代から、国立国語研究所が中心となって消滅危機方言の記録保存の動きが活発になってきている。
ただ、やはり今でも、個々のフィールドワーカーはそれぞれ色々なやり方で調査データを取得・管理しているものだし、記録保存に関する記録言語学的なワークフローの「ベストプラクティス」が共有されるところには至っていない。テクノロジーにかなり詳しい人は、過剰に複雑なことをしようとするし、逆にそういうことに詳しくない人は苦手意識からこの問題を避けたりする。どちらも、記録言語学的な観点からはよくないことである。
このコラムは、日琉諸語の記述と記録を同時に行う私自身が、自分の経験をもとに、「こうするといいかもしれない」という記録保存のやり方を紹介する趣旨で書いた。これはあくまで私のやり方で、もっといいやり方や、改善すべき点もあると思う。しかし、こういう草の根の情報交換が議論を呼び、集合知を形成していくものとかんがえ、以下に公開する。以下では、特に談話データに焦点を当てて議論を進める。
基本の考え方
手元にある談話データを記録保存しようと考えた時、踏まなければならないステップがある。「絶対にすべきこと」から「こういうふうになっていると望ましい」、「こういうふうになっていたらすごくいい」まで、階層構造があると考えてほしい。「こういうふうになっていたらすごくいい」ようなことだけやって、「絶対にすべきこと」をやっていない人もいる。それではダメ、ということである。
Step 1 絶対にすべきこと:データの永続性。自分のローカル環境(パソコンのHDとかSDカード保存とか)に加えて、ウェブ上の安定したリポジトリにも関連データを全て置く。関連データとは、生データ(録音、録画)、書き起こしデータ(注釈付き)、メタデータ(話者情報、注釈者情報など)
Step 2 望ましいこと:少なくとものちの研究者/コミュニティが利用しやすいような仕組みを整えておく。後の修正が入る場合のバージョン管理の徹底。個々のデータに対するデジタル資料の固有識別番号であるDOI(Digital Object Identifier)の取得など。
Step 3 できると素晴らしいこと:コミュニティが、自らの言語復興や継承言語教育のリソースに使いやすくする。目的特化型のWebページを作り、誰でもわかりやすい方法で談話資料を公開する。談話の例文ごとに音声も聞けるような仕組みなどがあると素晴らしい。
以下、それぞれのステップを詳しく解説する。
Step 1 絶対にすべきこと
談話収集で得られたデータは、(1) 録音・録画データ(.wavや.wmv, mp4など)、(2) それをテキストエディタやELANなどを使って書き起こした注釈データ(.txt、.docx、.xlsx、.eafなど)、(3) メタデータ(話者情報、調査者情報、調査に使った機材情報、etc.)、(4) 許諾情報(公開の同意や引用方法)を含むメモ(READMEデータ)からなる。なお、(2)は、厳密には「記述の成果」としての性質も帯びているが、データを読み解くための補助として必ず入れておく。そうしないと、後世の非専門家にとって困ることになる。
データセット(例:ある日に収集したある談話)
|-- 生データ(録音・録画) (1)
|-- 注釈データ (2)
|-- メタデータ (3)
|-- READ.ME (4)
図1. 談話データセットの構造
これらを束として同じフォルダにいれ、ローカル環境(my documentなど)とクラウド環境(例えばdropbox, icloud)で管理する人が多いと思う。そのバックアップが必須であることはいうまでもない。
重要な点は、それだけでは十分ではないということである。上記データセットはインターネット上の安定したリポジトリにも置くべきである。なぜか?ローカル環境への保存だけでは、データの透明な管理に向かないからである。例えば、ローカル環境に置いてあるデータセットを、ネットや紙面で公開したとする。あるいは、リンク共有などで誰かに渡して「使っていいよ」と合意を交わしたとする。その後、ローカルに保存しているデータに修正が加わったとき、旧バージョンを上書きするということをすると(そしてそうしがちだが)、もはや公開・共有したバージョンの元データはこの世から消えてなくなり、上書きバージョンと、公開・共有してこちらの手元を離れてしまった元バージョンが散逸してしまうことになる。これは大変な混乱である。以下に紹介するリポジトリにデータを置くことで、より透明な管理が可能となる。
無料で使えるリポジトリは実にたくさんある。複雑な登録なしに使い始められ、ユーザー数も桁違いに多いOSF (Open Science Framework), zenodoどから、OLAC (Open Language Archives Community)やELAR (Endangered Language Archive)など言語の記録保存専用リポジトリもある。前者はシンプルで使いやすく、自由度も高くて汎用的、かつデータはデータ、成果物は成果物という峻別の方針に適している。永続性の点でも心配は比較的少ない。後者は制限が多く目的特化型で永続性の点で多少心配がある。また、「成果物もデータも」アップできるため、その峻別に向かないという問題がある。しかし、なんといっても危機言語に関心のある層がアクセスするので、その点では大きなメリットがある。
こと言語データ(談話、語彙、調査票データ)に関して言えば、私のおすすめはzenodoである。CERNとOpenAIRE (EU)が運営する世界的な大規模データリポジトリで、「CERNが存続し続ける限り」半永久的にデータを置いておくことができる。談話データだけでなく、さまざまなデータや成果物(論文、調査票やコードなどリソース類も)をおくことができる。それぞれのアップロード案件ごとに1つの閉じたプロジェクトとして扱われるので、データと成果物の峻別は守られている。例えば、談話データセットと調査票をアップロードしても、それらは全く別のプロジェクトとして、異なるURLで管理される。
1つのアップロード案件(例えば1つの談話データセット)につき、50GBまで、100ファイルまで可能で、談話データなら全く問題ないだろう。別の談話データはまた別のアップロードとして上げていけば良い。1つ1つのアップロード案件は研究者に紐付くから、いろいろな談話データを研究者個人のリポジトリとして管理できる(図2)。

国内にも、総合的な取り組みとしてNII Research Data Cloud(NII RDC)があり、GakuNin RDMがデータ保存・公開の基盤になる。
ところで、大学など所属研究機関のデータリポジトリ(pdfなどを置くだけでなく、本格的な大規模電子データも格納可能なリポジトリ)も候補に入れて良いだろうか?私の答えはNOである。日本の大学のリポジトリほどあてにならないものはない。立派なデータリポジトリがあり、それなりの予算がついているとしても、予算措置が先細る未来を考えれば、この種の「いつ役に立つかわからない」データリポジトリは間違いなく悲惨な結末を迎える(私見を述べれば生成AI時代における最大の資産はデータであるのだが)。断言するが、50年後に安定して動いている日本の大学機関データリポジトリはゼロである。私は九州大のリポジトリに自分のデータを置く勇気はない。消滅の危機にある言語の、そのデータまでも消滅の危機に晒すことになるだろう。
Step 2 望ましいこと
データの安定した保存場所を確保するのが絶対条件であることは上で述べたとおりである。さらに、それを利用する第三者のことも考えておくとなお良い。すなわち、データへアクセスしやすく、二次利用しやすい仕組みが整っていると良い。zenodoやOSFではデータ自体にDOI(Digital Object Identifier)がつく。これによって、別の研究者があなたのデータを二次利用(例えば引用して論文を執筆)する場合、DOIに言及できる。

図3で示されている私の談話データセットは、
Shimoji, M. (2025). Text data (with sound file) of Irabu Ryukyuan (Japonic, Miyako)_5 [Data set]. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.16753649
として引用できる(ページのここに自動で表示されている)。
また、zenodoを含む多くのリポジトリでは、一度アップしたデータは基本的に削除できない仕組みで、修正版は別のバージョンとしてバージョン管理される。zenodoではバージョンごとに別のDOIがつく(図3のパネル右側のバージョン情報参照)。すでに述べたように、ローカル環境では、データの修正が容易であるぶん、バージョン管理が甘くなりがちである。また、データ改竄ができないような仕組みに身を置くことが、逆に研究者を守ることにもなる。
第三者とのデータの共有という点でも、zenodoなどのリポジトリ利用は優れている。ローカル環境だけでは、研究者間での開かれたデータ共有ができないからである(USBやメール添付、Google Driveなどのクラウドでリンクをシェアするのは「開かれた共有」ではない)。zenodoでは、アップされた全ての個別データ(例えば個々の文の録音ファイルなど)に固有のURLがつき、それをリンクすると実際のファイルをダウンロードできる。
zenodoにアップする時、データの公開(open)か限定(restricted)かを選べるようになっている。前者は、世界中の誰でも閲覧でき、ダウンロードできるようになることを意味する。後者は、そのようなデータがアップされていることだけがわかるが、アップした人の許可なしに中身にアクセスできない。談話調査時に、話者から公開に関する許諾同意書をもらう際、その公開の範囲に特に制限がないならopenで、例えば特定の研究会や授業でならいい、というような場合はrestrictedに指定するといいだろう。
Step 3 そうなっているとより素晴らしいこと
上記のStep 1を必須とし、Step 2もクリアした人は、ここで述べることまでできると素晴らしい。今、ある談話データ(上記図1の全体)がzenodoにあると仮定する。記録保存という意味では、必要条件を満たしている立派なデータセットである。後世の研究者がバージョン情報を含め正しく理解して容易にアクセスでき、DOIを使って引用もでき、どのバージョンでどんな修正があったのか比較もできる。
個人的には、記録言語学の最低限の要件を満たしたこの段階で1つの談話データセットの「記録保存を終えた」と考えて良いと思う。
しかし、あなたの専門とする言語を世界に広く「こういう言語ですよ」と宣伝したり、その魅力を伝えて新規の研究者の注意を引くという点では、さらに一手間かけることが望ましい。さらに、現地コミュニティの、例えば学校の教員の方が、授業で教材として使おうと思った時、zenodoリポジトリは非常にアクセスしにくく、直感的でもない。例えば私がzenodoにおいた談話データセットを見て、伊良部島方言の教材として使うことを考えつくだろうか?
そこで、zenodoにおいたデータを使って、よりわかりやすくアクセスしやすい談話資料のページを作成してみたらどうだろう?例えば、上記の談話データセットの音声情報とテクスト情報をもとに作った以下のWebページを見てほしい。
コミュニティで教材として用いたり、琉球諸語をよく知らない研究者が「どんな言語か」知るためにインフォーマルに閲覧するのはこちらの方が適しているだろう。なお、このようなページの作り方は「消滅危機言語の記録保存:応用編」と「危機言語フィールドワーカー向け:手持ちの談話データを簡単に音声付きWebページに変えるツール」で紹介しているので、気になる人はチェックしてほしい。
大事な点は、このような取り組みはあくまでStep 1と2を満たした上で、リポジトリとは別のドメインでやるべきだという点である(図4)。なぜなら、Step 3のこのWebページは間違いなく成果物であって、データではないからである。記録言語学の基本のキは、データと成果物の峻別である。なお、冒頭で述べた「ボアズ派の3点セット」もまた、「成果物」ドメインにある。

ローカル環境においた録音データをGoogle siteやGoogle drive、Dropboxに直にアップして公開、というやり方は、Step 1と2をすっ飛ばしたやり方で、非常に悪手である。これらのクラウドサービスは、あくまで個人のデータボックスとして場所を提供するサービスであり、リポジトリとしてのコミットメントがない。急に仕様を変えたり、シャットダウンしたりする可能性は大いにあるし、またある程度の量の言語データを載せておくには有料プランを契約することになるだろうが、それが払えなくなった時どうするかという問題もある。これらはStep 1をしっかり守れば回避できる。さらに、上記のクラウドサービスは手軽にアップロード・修正ができるために、バージョン管理が「ゆるゆる」で、例えば保存のタイミングによってはコピーの競合も生じうる。それに加えて、DOIもない状態でどうやって引用したらいいのだろう?これらの問題は、Step 1とStep 2をしっかり守れば回避できる。やはり、データセットはそれとして1つの場所に、上書き修正不可能な形で置いておく必要がある。
なお、すでに述べたように、zenodoではそこに置いたデータのそれぞれ(例えば例文ごとの音声ファイル)に固有のURLが与えられる。例えば、私がアップしている上記の談話データセットにある音声データのうち、文単位で切り出した音声ファイル(001-054まで)と、未分割の談話全体の音声ファイル、そして例文の注釈データ(pdf, txt)はすべて固有のリンクURLがある。今、2番目の例文(nkjaandu_annatu_ujatu_tamamiga.wav)のリンクURLを右クリックで取得すると、
https://zenodo.org/records/16753649/files/002_nkjaandu_annatu_ujatu_tamam.wav?download=1
このようになる。試しにこれをクリックすると、そのまま音声ファイルがダウンロードできる。
このリンクURLは、Step 3でも非常に役にたつ。このリンク情報を使って、別の場所に作成したWebページで、自分の望む形で、つまりボタンをクリックしたら流れるなど、グラフィックインターフェイスを充実させて、成果物として見せるような仕組みにすることが非常に簡単にできるからである。先ほどのWebページはこれを駆使して作ったものである。元データへの修正などによって、zenodoで新たなバージョンになると、また別のURLが付与されるので、それに合わせてWebページの談話集の方も修正されるようにする。すると、リポジトリにあるデータと、成果物としてのWebページ談話集のリンクが混乱することもない。
おわりに
このコラムでは、言語記録保存におけるデータの管理の仕方について、基礎となる考え方を紹介した。次にみる応用編では、私の伊良部島方言の談話データをリポジトリにおいて、そこから上で紹介したWebページを作るまでを具体的に紹介する。
