ケケケのトシロー 第一部(30)
ヤンキーのカズに絡まれ老人狩りにあったトシローはキダローという不思議な術を使う男と知り合う。彼は悪霊退治を使命にもつケケケの妖術使いだった。非力で情けなさ100%のトシローは、最初はキダローの強さに惹かれ行動を共にし彼から妖術を学ぼうとするが、キダローがカズの仲間をゴキブリに変え抹殺したことからその非情さに疑問を持つ。一方、命を助けたことでトシローを慕っていたカズが所属する反社組織権藤会に呼び出され音信不通になり、トシローは彼を追って権藤会本部へ走る。しかしそこに待っていたのはサトーという人間の姿を借りた途轍もない怨霊だった。キダローと共に戦い、勝利を手にする寸前のところでサトーはカズに乗り移り逃走する。キダローから自分を含めた八犬士の話を聞き驚きと戸惑いを隠せないでいるトシローのもとにカズからのメールが届いた。
真由美を救え 1
(本文3294文字)
「あわわ、キダローはん、カ、カズからメールきました」
俺はスマホの画面をキダローに向けた。キダローの表情が険しくなり「確認して」と短く発した。俺は恐る恐る画面をタッチしてメールを開く。
> おやっさん助けて この前の倉庫に連れてこられた
おやっさんら呼ばんとコロス言うてる <
「うわ~、わかりやすい詐欺メールみたいやね~。バレバレやん。罠やって言うてるみたいやん」
小豆先生がスマホを覗き込んでそう言う。「この前って、どこ?」
「わしらがあいつの仲間をゴキに変えたとこやろう」キダローは頭をかきながら面倒な奴だと言わんばかりの表情をする。
「ほっとこか」キダローがそう言うと「そうやねぇ、ほっといたらいいわ。うちらが左母二郎が逃げたことに気付いてないと思てるんやわ」と小豆先生も相槌をうった。
俺もそう思う。だがなんか引っ掛かる。
「ねぇ、俺もこれは罠だとは思うし随分とわかりやすいなあと思うんやけどね。あちらさんも私らがのこのこと出ていくなんて思ってないんとちゃいます?」
キダローはしばし床に目を落とす。
「あの男、トシローのこと、どこまで知ってる?」
「へ? カズですか?」キダローは頷く。
「何をって…… 家くらいしか知らんけど。嫁さんのことは知ってるな」
キダローと小豆先生の形相が一変した。そして急ぎ立ち上がる。
「トシロー! すぐに家に戻るぞ。間に合うといいが」
「へ? ななな、なに?」
「姫が危ない」
「はあ? ウチに姫なんておりまへんで。娘なら別に住んでるし」
「真由美さんのことよ、トシローちゃん!」
「またご冗談を、真由美が姫って……」
「やかましい、はよせんかい! 冗談ちゃうわ!!」
キダローの剣幕にビビりながら俺も立ち上がる。そしてケープをつけ堂を飛び出した。そしてキダローは両の手を使い九字を切る。一応、俺も教えてはもらっていたがまだあいつのようにはスムーズにできない。
「できんでもええ、横五、縦四で空だけ切れ、最後左に収めるのを忘れるな」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」と唱えながら右の人差し指と中指を立てて空を碁盤の目のように切っていく。キダローが「かあっ!」と気を入れると、堂の前の緑を湛えた自然の景色が霧が忽ちにたちこめたように真っ白に変わる。
「飛ぶぞ、トシロー」
「はい! え? 飛ぶ?」
「後に続けー! かあっっ!」
「へ? か~~!」
カラスか!!
気が付くと俺たち二人は白い霧の中をすっ飛んでいる。ひえ~、わし飛行機も乗ったことないのに~と言うてるうちに辺りは忽然と夜景に変わった。上空は幾らかの星が瞬き、眼下には見慣れた俺の住む街の景色だ。あ、あれに見えるはウチのマンション。速い! 体感時間は約30秒くらいか。
キダローはマンションの俺の部屋のある六階の外廊下に直接飛び込む。俺も続いてなんとか着地を成功させた。やるやん、俺!
その時俺の部屋以外、この六階の十戸ある部屋のうち九戸の玄関扉が一斉に開いた。えらい皆、早起きやなあ。まだ夜中四時くらいちゃうか?
俺の部屋の隣、つまり北島さんのところも扉が開いてる。俺はそっと覗こうとすると「やめとけ」とキダローが俺の肩を掴んだ。
「あかん遅かった。見てみい。不帰橋のほうを」
キダローに促されおれは不帰橋の方角に目をやる。明らかに夜の闇とは違うどす黒く且つ何か意志を持ったうごめくものが、ちょうどフキさんの店があったあたり、地下からあふれだすように広がっている。
「どっちに転んでもいいようにしやがった、あの野郎だけの知恵とは思えん。くそ! わしの見通しも甘かったか」キダローは舌打ちをしてそう吐いた。
「つまり向こうもこっちも悪い奴だらけということかいな」
俺は股間を押さえながらそう訊く。
もはや股間押さえは癖になっているのKA。
それともこの状況に耐えるための気合KA。
そんなわけあるKA。
韻を踏んでみたYO。
「その通りや、戦況は全く不利やが、まずは姫を助けなあかん」
キダローは廊下中の開いている扉全てに注意を払っているようだ。ウチのマンションの廊下は直線で十戸が並ぶ。廊下の距離は長い。ウチは丁度真ん中あたり。つまり挟み撃ちにされたも同然。
「ええか、トシロー。お前は自分の家に飛び込め、そして中の様子を確認せぇ。外は俺がなんとかする。ええか、お前は死んでも姫だけは助けろ。ええな!」
キダローの切迫した口調に俺は死んでもええんか? と問いただすことなどできない。しかし姫って、もうあんた、俺よりはだいぶ若いけどよ。もう50を超えたおばはんにさあ~。あ、今だいぶ敵を増やしたな。やばい。これ以上敵をふやしてはいけません。はい。年齢は関係ありません。あなたは永遠の淑女です。あなたは姫にふさわしい。”バラよ~りうつ~くしい~~あ~あ~あ~君は~”♬※
「何、ごちゃごちゃゆうとんねん! はよ行け!!」
「はい!!」俺は鍵をポケットから取り出し扉の鍵を開けようとする。
「鍵、開いてる……」
「くそ! はよ行け!」キダローが背中を押す。俺は扉を開けた。当然に中は真っ暗だ。外の廊下が急に騒がしくなった。ぶおーんという虫の羽音のような音が大音量で響いている。俺が振りかえるとキダローは「ええな!死んでも姫を守れ!」そう言い残し玄関の扉を勢いよく閉めた。何回も言わんでもええやんか。
俺は相変わらず股間を左手で押さえ、いや抑えるというより、もはや握っているというほうが正しい。もうすでにジメ~っとしている。それが汗のせいなのか例のほうなのか、そう。そんなこと言うてる場合やないのもわかってる。俺は照明のスイッチを手探りで入れた。
ふわりとダウンライトが玄関から中廊下を照らした。なんや、電気つくやん。ちょっと安心する。リビングを横目に見ながら寝室へそっと近づく。そして扉を開こうとドアハンドルに手を掛けた。
「うわ、冷たっ!」なんやこれ? 氷みたいに冷たいやん。まさか真由美も冷凍食品にされてるんちゃうやろな。ちょっと不安、いや、だいぶ不安。いや、すごーくすごーく不安。
「まゆみ~、起きてる~?」そう言いながらキンキンに冷えたドアハンドルをケープの端でくるむようにして握り、扉を少しだけ開けた。
「なに~? あんた?」真由美の声がベッドの方から聞こえた。なんや、おるやん。はあ一安心。俺はそのまま寝室に入りベッド脇にある真由美の鏡台の椅子にやれやれと腰を下した。
「すまんすまん。カズ君のことでちょっと外へ急に出なあかんようになってな」
「ふーん、まだ、朝ちゃうやろ……」
「ああ、ごめん。そやけどな、あのな、ちょっくら外が騒がしいの気が付いてる?」
布団を頭まで被ったままの真由美は「ええ~…… 知らんけど…… まだええやろ」と言い、起きる様子は当然にない。さあどうしよう。とにかく真由美を起こして、着替えさせて、けど外出るのどうしよ。キダローが闘ってはくれてるやろうけど真由美をどうやって逃がす? 俺は思いついた。このケープは俺を守ってくれる。キダローの話ならば真由美は「姫」らしい。ということはこのケープは姫である真由美も守ってくれるんじゃないか? 俺はどうも「姫」のところにかなりの違和感を感じながらも、それに賭けることにした。
「真由美、起きて。詳しい事情はあとで話すから! とにかくこの家からいったん逃げんとあかんねん!」
俺は真由美の布団をはがそうと掴んだ。
「いややーーー!!」
真由美のそれとは違う2オクターブくらい高い声が叫び、ベッドが宙にはねあがった。俺は弾き飛ばされ床に転げた。
「な、なに。ま・ゆ・み? え、嘘……」
俺は床に尻餅をつき宙に浮かんだベッドを見上げた。ベッドの端から少しづつ頭がのぞく。ライトブラウンの真由美の髪色ではない。真っ黒な髪色。
「遅かったねぇ~」
覗いたのは、見た事もない女(だと思う)の顔だった。真っ赤な眼は吊り上がり口元は大きく裂けて中に黒い歯が覗いている。多分、いや、この光景を見た全員が間違いなく「オバケーーーー!!」と叫ぶだろう。
けれど俺は違った。
「マユミーーーー!!!」
股間は今更言うまでもない。
続く
注 あくまでもこの作品はフィクションです。
※「君は薔薇より美しい」
作詞門谷憲二 作曲ミッキー吉野 唄布施明
©Universal Music Publishing Group
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