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ケケケのトシロー 第一部(1) 

うだつのあがらないサラリーマン人生を終え、現在は時給で働くトシロー。夢であった小説家を目指すも勿論日の目を見る事はなく、妻にも呆れられ頭があがらない。多少の正義感はあるものの、厄介事は避けて通りたいタイプ勿論腕っぷしなど若い時から備えていない。人当たりはよいがいざという時に役にたたない。そんなトシローは今更ながらでも自分を変えたい願望だけはあった。ある日万引き騒ぎからチンピラに袋叩きにあうトシロー。もちろん情けなさ全開の彼であったがそこへ風変わりな男が現れる。その時はトシローを助けるでもなく去っていくが、また同じチンピラにひどい目に合う彼の前に再び現れ「お前は変わりたいのか」と告げ自分に同行するよう促す。不思議な力を持つその男にトシローは徐々に惹かれていくが、その男は彼に想像すらしていない現実と因縁を突きつけるのだった。

物語のあらすじ

 

謎の男1

(2874文字)

「待ってくれ…… あいつだけは助けてくれ、たのむ…… 妻は…… 何も知らないんだ…… 頼む、本当に関係ないんだ」
 乾いたコンクリートの床に這いつくばり身動きもできず、彼は懇願するしかなかった。何度も殴られ腫れあがった両の眼ではもはや男らや妻の姿さえもはっきり見えていなかった。彼の叫びと妻の悲鳴は助けに届くはずもなく地下室の中だけに虚しく響く。それに被せるような男らの無慈悲なあざ笑いが彼をとどめのように刺していく。
「あなた…… 助けて、いやああ…… おねがい…… やめて、いやああ」
 妻の叫びは彼の精神を崩壊させるのには十分すぎる。
「頼むから…… 頼むから」
「お前が悪いんだよ、恨むんなら自分を恨みな」
「うあああ、マユミ□□□□□□□□□□□□□□□□


「そうやな、あんたのせいやな」
 俺は背後からかけられた突然の妻、真由美のリアルな台詞に驚き、勢いタイピングしてしまった意味不明の文字列を慌てて削除する。
「ああ、ビックリさせんといて」
「ふん、呼んでも、呼んでも返事ないし、あーまたかと思ったらやっぱりしょーもない(つまらない)小説書いてたんやな。しかもなに? ウチ殺されるの? あんた助けてくれへんし……」
 真由美は妖怪ろくろ首さながらに俺の肩越しに顔をつき出して、画面をのぞき込む。画面を閉じようかと思ったときには真由美がすでにマウスのホイールを動かしていた。
「なんでウチを殺すのかな」
「いやいやいや、まだまだ死んでないよ。ここでな、危機一髪、助けがバーンとくるねん」
「ふーん、助けね」真由美が横目でにらむ。全国共通の『お前を信用していない』という目つき。
「そうよ。そう」
「でもあんたはウチを助けてくれないと」
「それはね、俺も殴られて蹴られて押さえつけられてね、身動きとれず『最愛の妻』を助けることができないという絶対絶命の……」
「要は、あんたは助けへんのやろ?」
真由美に言い訳は通用しない。下手な弁解など途中で遮られる。
「いや、それはあの、そもそも主人公が……」
「あんたなあ、しょーもない小説でもなあ、書く文章にはその人の願望みたいなもんが現れるんやで。ウチが酷い目にあうのはあんたの日頃の願望がでてるんや」
「いやいや、これはフィクション……」
「それであんたがウチを助けへんのも、はよ死んだらええとか思ってるからやろ?」
 至近距離で真由美が言葉を置いていく。そして片方だけ口角をあげたかと思えばそのまま肩越しに顔が引っ込み視界から消える。

「いや、違うっれ……」俺は振り向き言いかけたが、そこには仁王立ちの妻がトートバッグを目の前に突き出している。見下ろす視線の鋭さに呂律が回らない。

「大根、1本買ってきて、税込み200円以下やで、ええな、いっちゃん(一番)安いの買ってくるんやで」
「ハイ!」一転して元気のよい返事ができた。
 
 トートバックと200円を握りしめ、玄関を飛び出す。「アー怖っ~♪ あーこわ~♬」となぜか節をつけ口ずさみながらマンションの共用廊下を小走りにエレベーターまで急いだ。ウチは10階建てマンションの6階。サラリーマン時代にかなり無理をして買ったのがあと5年でローンが終わる。定年退職して退職金は多少入ったものの、老後のことも不安だし、娘二人は独立しながらも、なぜかまだ結婚せず30代を各々楽しんでいる。結婚するとなればそれなりに親としての出費もある、年金も二人が暮らすのには心細い。それなら頑張ってもう少しは働かないといけない。ということでアルバイト社員で薄給を頂く身分。贅沢は当然させてもらえない。

 アーこわ~! の何回目かでエレベーターの扉が開いた。お隣の北島さんの奥さんが降りてくる。真由美と仲が良く(以前パートで同じ職場にいたらしい)時々ウチにも上がり込んで喋っている。内容は聞かない。リビングで居合わせたとしても俺は挨拶だけして、わざとヘッドホンで二人に背を向けテレビを見てる。見ざる言わざる聞かざるを同一空間内で相手方にわかるようにアピールするのだ。そう、従属の証だ。

「あら、オオツカさんこんにちは。今日はお休み?」
「ええ、そうです」
「どっか行きはるの?」
「ええ、ちょっと真由美に言われて買い物に」
「まあ、優しいねぇ~いつもいつも」
「はは、そんなことないですよ」
 俺はエレベーターの扉が閉まらないように手で押さえながらそう言う。キコンキコンと音がなる。
「あ、うちの主人、出張でね、暇なんよ~。奥さんとこ、ちょっと夜に喋りに行っていい?」
「え? ああ、ああどうぞどうぞ。私は構いませんけど、真由美に訊いてみて下さい」
「いや、ほんま? ご主人がええよて言うてくれたって今から言うてくるわ」
 えええ、やめて。また、俺が怒られるやんか。『勝手に決めんといて!』て、あ~もう待って~な、と北島さんの背中を追い、手を離したらエレベーターの扉は閉まり、無人で降りて行ってしまった。このままエレベーターを待っていると、玄関口から覗く真由美の怒りのレーザービームが飛んできそうなので、階段からそそくさと降りた。あー膝がカクカクとあざ笑う。

 マンションを出て近所のスーパーまでの5分ほどの道のりはもう何十年も歩いた。昔からの住まいと新しいマンションや建売の住人の変遷も大まかには記憶してる。挨拶程度しかしないまたは全くしないにしても、この町の住人であるかないかくらいは雰囲気でわかるものだ。だから俺はスーパーに着くまでにいつも数回は挨拶なり会釈をする羽目になる。それだけ地域の繋がりがまだ残る町であり、比較的治安も良いほうだと思う。

 あーこわ~♪ とオリジナルソングを口ずさみながら、スーパーの入り口に到着する。レジかごを手にして青果売り場を目指そうとすると、レジのところで何やら騒ぎが起こっていた。この店の店長が平身低頭の様子。その前にはやんちゃそうな兄ちゃんが上半身裸で息巻いていた。
「ようも恥かかしてくれたな、おっ? どこにあってん? おっ? お前なあ、はよ、警察よべや」俺はこの店でよく見かける同じ年恰好のおっさんに(名前は知らない)「何があったんです?」と訊いてみる。

「万引きらしかったんですけどな、盗ってなかったんやて、品物を持ってなかってん。それであの兄ちゃんのほうが「警察呼べ!」って息巻いてるんですわ」
「あちゃー、やってもうたんですか、そやけどあの兄ちゃん、あんまりこの店では見た事ないですよね」
「そうやな~、見たことないですなあ」
「あれちゃいますか? 誰かと組んで、万引きしたように見せかけといて、それで呼び止められたら盗んでないとかで、ほれ、あんなふうに恥かかされた~いうて、店から慰謝料巻き上げるとか……」
 
 俺は騒ぎを背にテレビで見てた万引きGメンの番組の聞きかじりの知識をおっさんに得意げに披露する。おっさんは苦笑いしながら視線が俺に向いていない。
「おう、ジジィ、誰の事いうてんねん!」
兄ちゃんの顔がさっきの真由美と同じように肩越しに至近距離にきている。あ、終わった……。
膝がカクカクと俺をまた笑った。


続く




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