ケケケのトシロー 第一部(28)
ヤンキーのカズに絡まれ老人狩りにあったトシローはキダローという不思議な術を使う男と知り合う。彼は悪霊退治を使命にもつケケケの妖術使いだった。非力で情けなさ100%のトシローは、最初はキダローの強さに惹かれ行動を共にし彼から妖術を学ぼうとするが、キダローがカズの仲間をゴキブリに変え抹殺したことからその非情さに疑問を持つ。一方、命を助けたことでトシローを慕っていたカズが所属する反社組織権藤会に呼び出され音信不通になり、トシローは彼を追って権藤会本部へ走る。しかしそこに待っていたのはサトーという人間の姿を借りた途轍もない怨霊だった。そこへキダローが現れキダローとサトーの意外な因縁も明らかになる、戦いは熾烈を極めるがすんでのところでサトーを操る怨霊はなんとカズに乗り移り、その場を脱出。キダローとトシローは大物を取り逃がしてしまった。
キダローとトシローと 1
(本文3473文字)
俺達はケープを纏い、影となってその場を離れた。警官たちが集まり死闘を繰り広げた場所に倒れるサトーの子分たちの意識を確認している。やつらは目覚めても多分、サトーの存在すら思い出さないだろう。
先を急ぐキダローと瀬戸内海小豆先生の後ろを追いながら、俺はカズのことを考えていた。確かにアイツは何回も俺を裏切る。さっきだってサトーの陰に隠れて俺達を売りよった。サイテーな奴だしこれに網乾左母二郎の悪霊がドッキングしたとなると、あいつのサイテー度はMAXになるだろう。
しかしやな……
あいつには奥さんと子供がおった。子供は男の子やったな。まだ三歳くらいやったな。
三歳の男の子に「パパはなんのお仕事してるんかなあ~?」と訊いてやで
「パパ、あくりょーやさん」と言わしたらあかんやろ。
それにやで、奥さんにやな「旦那さん、えらい強いねぇ」とか訊いてやで、「あーうちのダンナな、そりゃ電気バリバリだすで~、電気保安協会のおっちゃんらがびっくりするで~」とは言わんやろ……。
なんとかしたらなあかんのちゃうの。カズは許せんけどやで、奥さんや子供に罪はない。むしろ可哀そうやんか、そんなの。
ブツブツ言いながら走る俺は目の前にキダローが立ち止まっていることに気付き急ブレーキをかけたが間に合わず、キダローが拡げたケープの壁にぶち当たって尻もちをついた。
「痛たた、もう、何を急に立ち止まるんや」
勢いよくぶつけた額をさすりながらキダローに文句を言う。辺りは知らぬ間に街中を抜け、山の中のような雰囲気だ。あれ?俺、どこをどう走ったらこんなとこへ辿り着く? この街にこんな風景の場所はない。言えば修行に入った瀬戸内海先生のお寺の近辺のようだけれど、あれはキダローが作った結界から出入りしたところ。俺らは走ってただけやんか。
「ここ、先生のお寺の近所ですか?」
小豆先生はにこりと頷いた。
「いつの間にこんなとこへ来たんやろ」
「お前、この間、修行をサボって帰ったやろ。お前の意識がちゃんと道を覚えてるんや」キダローがそう言って錫杖をケープの内側より取り出した。
錫杖をしゃくっと一振りすると、辺りは急に明るくなった。一帯を守るように茂る木々は優しく光を調節し、さっきの戦闘での破壊と殺りくに包まれた冷たい空気と闇とは真反対の静けさと穏やかさを感じる。
「俺はこの前あんたに連れて来てもろただけやで、錫杖をぐるぐる~としてさらしが結界みたいになって……」
「あの時はお前がまだ術も何も使えん状態やからそうしただけや。今はお前も亀甲布をもっとる。勝手にここまでの結界はくぐれる。一人でもな」
俺達三人は先生の寺へ着いた。お堂にあがり、先生は「あ~アツ~」と言いながらお尻ふりふり奥へ消えていく。俺とキダローは護摩壇の前に座り込んで先生のお尻を見送ってやっと一息をついた。
「なあ、さっき言っていた八犬伝の話やけど、ほんまなんか?」
俺はキダローが黙っているのにしびれをきらし訊ねた。キダローは錫杖を何かのなめし革で磨いていた手を止め、俺の方へ向き直って語り始めた。
「お前、さっきのサトーとか言う奴の正体は見たな」
「ああ、見たで。えげつなかったな」
「奴は俺のことを犬山道節の子孫と知って地獄へ送ると言ったな」
「ああ、そない言うとったな」
「つまりここはあの戯作に書かれていたことと同じやということはわかるな?」
「それや、俺はな自分の目で見て、さっきもそれなりに戦ってやな、あいつがえげつない奴やというのもわかる。フキさんのときのこともそうや。言うたら、あんたの存在自体が嘘みたいなこっちゃ。その錫杖も、この亀甲トルネードの布も、世界ふしぎ発見のオンパレードや。そやけどな、いきなり八犬伝の剣士や悪霊が目の前に現れても、訳解らんやん」
俺は率直な意見を述べたつもりや。信じるしかないのはもうわかってはいたが。
「まあ、そうやろな。普通はそうやろ」キダローは錫杖を丁寧に拭き終わるとケープの内側へ納めた。あのケープには内ポケットみたいなものがあるのだろうか。俺のはないけどなあ。
「曲亭馬琴が八犬伝を書くきっかけになったのはある書物との出会いがあったんや。それは現在もその存在を明らかにしてない。それが我々の先祖である八剣士のルーツを示したものやったんや」
「へぇー、そんな本が」俺は馬琴の八犬伝について知っていることを頭に浮かべる。『南総里見八犬伝』は実在した里見義実が合戦に敗れ南総安房国へ落ちのびるところからはじまっていたはずだ。つまり史実を所々に踏襲した物語であることはわかる。
「馬琴は当時すでに戯作者としては一流やった。わざわざ死までの何十年間もかけてただのフィクションを書く必要はなかった筈。しかしそれでもライフワークのようにして八犬伝を書いたのは、決して表には出せない禁断の書の存在を表舞台に歴史の中に残す使命感からやったんや」
真っ赤なジャージ上下に着替えた小豆先生が麦茶とお菓子を持って現れた。「どうぞ食べて頂戴、あ、アタシやないよ、お菓子ね、ケケケ」
俺は「いただきます」と言っていいのか躊躇したけど、キダローは「うまそうやな、相変わらず。ケケケ」と笑って小豆先生を見た。こいつらほんまにもう……
「あの、その『禁断の書』ちゅうのは何が書かれてるとか知ってるの」
「ああ、そりゃ知ってる。わしらのルーツやさかいな」
「何ちゅう本やの? タイトル」
「『ケケケ伝』表向きには『里見八犬実記』ちゅうねんけどな」
なんやそのふざけたタイトル…… と思うがふんふんと頷く。
「そこに里見家で実際に起こった事件と我々の先祖である八犬士のことが書かれてるんや。そしてそれは馬琴が書いた八犬伝より400年から遡る古いもんや。つまりやな、馬琴は何らかの縁でそのケケケ伝を読み、それを八犬伝としてフィクションの形で戯作として書き出したわけや」
「本当はノンフィクションやったちゅうことか?」
「まあ、簡単に言えばそうやけど、ケケケ伝は絶対に表に出せんもんやからな。フィクションにするしかないと」
「そやけど、八犬伝は表に出てる。それやったらそのケケケは意味なくなるんとちゃうの?」
「それは違うのよトシローちゃん」小豆先生が言った。
「ケケケ伝には今後の…… 未来の事も書かれていたんや」
「未来? 例えば今、みたいな?」俺は身を少し乗り出しキダローに問う。
「そうや。今も、これからもや」
「何が書かれてるの?」
俺は麦茶のコップを握りしめたままキダローの答えを待った。
「善と悪 神と悪魔とのその永遠の闘いについてや。黙示録とかの預言書の類ではない。悪との実戦のhow to本やな、言わば。それでそれを継承しなければならん人間についてが書かれとる。つまりわしらのような子孫についてや」
小豆先生が俺を見つめてこくりと首をふる。ふーん、まあ、少しは理解できそうやけど……
「で、その本は今も伝えられてんのかいな」俺は麦茶を一口してから続けて訊く。
「ああ、わしが持っとる」
「ええ! あんた、それホンマかいな」
「当たり前や、正式な継承者やからな、わしは」キダローの落ち着いた口調に疑念は無意味なような気がする。
「まあ、このケープにしてもそうやしなあ。しかし大変やなあ、あんたも」
俺は心底同情する。もう齢60を超えてそうな爺さんが、まあ小綺麗な美魔女的ではあるけどそれなりのおばちゃんである小豆先生と一緒に悪霊退治に命を掛けなあかんとはなあ。
「なんか他人事みたいにねぇ。キダローちゃん」
「ほんまやな ケケケ」
「いや、そりゃあんた、その子孫という運命を背負わなあかんのはわかるけどさあ、俺みたいな一般人からしたらなあ」
「何いうてんねん。お前もやで」
「へ?」
「トシローちゃんもやの」
「何が?」
「お前もそのうちの一人やというてんねん」
「またまたご冗談を」
「冗談やあるかいな、お前、ケープも亀甲もつかいこなしとるやないかい」
「いや、それはあんた、これが法力とやらでそういう風に使えるようになってるからやろ?」
「ちゃうちゃう。トシローちゃんやから使えるんよ ケケケ」小豆先生が笑う。 笑うとこちゃうで。
「いや、俺、違うで。だいたい『犬』違う。オオツカやし。『`』無いし」
「いや、ホンマはお前、点『`』あるねん」
「嘘やん。俺の知ってる限り爺さんの代からオオツカやし」
「いいや、お前はホンマは『犬塚』『イヌヅカ』やねん。お前は主役級の『犬塚信乃』(イヌヅカ シノ)の末裔や」
俺はまた少しちびってるのを告白しなければならない。
注 あくまでもこの作品はフィクションです。
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