[小説]ソグディアナ物語後編13〜ここまでのまとめ
いつも読んでいただきありがとうございます。
この話はソウル留学で知り合った純一とソジュンが、1400年前のシルクロードのオアシスにタイムスリップするファンタジー小説です。
シルクロードの商人として活躍したソグド、騎馬遊牧民族の突厥(チュルク)との触れ合い、恋を描いていこうと思っています。
連載中の小説なので、途中からはついていけない……
そんな風に思ってる方のために、ここまでをまとめました。
雪でたいへんな週末ですが、ご自宅で過ごす時間のある時に、読んで頂けたら嬉しいです🐪🐪🐪
【2026.3月追記】
桜の季節になりました🌸
ここまで投稿したものも、後半部分に追加していきます。
お読み頂けたら嬉しいです🐪
【ここまでのまとめ】
前編 1〜12

前編に続き、今回は、後半13〜17話までの話をまとめたものを投稿します。
(少し修正した部分もあります)

ソグディアナ物語 (後編)

厳しい冬を越えたオアシスの
暁は眩しく輝く
天山の雪解けが始まり
水嵩を増した川は
音を立てて流れ始めた
ソジュンが辿り着いたのは
オアシスが恵みの春を告げる頃の
亀茲だった
春の日差しを受けた胡楊の丸い若葉は水を得て喜び、葉が細くなった古木は千年の乾燥に耐える風格をみせている。
天山南路の亀茲国は、西域の康国(サマルカンド)と唐の長安の中継地として栄えていた。
亀茲はロクサナの父ダダンブクが、シルクロードの商いの本拠地とするオアシスの都市である。
ダダンブクは、百頭、二百頭のラクダを連ねて西域各地の文物や宝物はもちろん、楽団を伴い唐へ西域の音楽を届ける薩保をつとめてきた。
薩保というのは隊商を束ね往来するソグドの商人の長のことである。
春を迎えたとはいえ天山の雪解けの水を集めた川は、手を入れると今も冷たい。
雨の少ない土地は、川から縦横に張り巡らされた水路で潤うーーー
水辺には遊ぶ鳥の声、カタンカタンと粉を引く水車の音がオアシスの穏やかな午後に音楽のように響いていた。
水路から水を引き入れた中庭には杏や季が青い実をつけ、柘榴の赤い花が咲き、駱駝舎の前ではラクダたちが長旅の疲れを癒していた。
ロクサナの住む亀茲は、そういうところだった。
ソグドの商人ダダンブクは、砂漠を越え西域を旅して遥々訪れた若者、金旭俊と遣唐使田中臣純麻呂の二人を手厚くもてなした。
宴は、夜更けまで続いた……
ソジュンは、ロクサナの踊る姿を見た時、鼓動を抑えることが出来なくなってしまった。
『夢の中の娘』が、今、彼の目の前にいた…
頬を紅潮させ微笑みながら舞う、ロクサナの澄んだ瞳に見つめられた時、ソジュンは身体中が熱くなるのを覚えた……
第十三章 亀茲の春
ロクサナへの思い
部屋に戻っても、ソジュンは胸の高鳴りを抑えられずにいた。
自分の身に起きたことを振り返った……
・ブハラで目覚めた朝、突然ラクダに乗せられ、訳もわからぬままに雪の山を越え、花いっぱいの草原を駆け抜けた。
・砂漠では深刻な熱中症に苦しみ九死に一生を得て、オアシスに辿り着いた。
・そこには純一激似の遣唐使の純麻呂がいた。
・アンミンジェそっくりの人物は、ソグド商人だという。
理由はわからないが、古代のどこかに迷い込んだことは疑いない、と思えた。
ロクサナとの出会いは、ソジュンにとっては「デジャヴな感覚」だった。
帰る方策を考えることよりも、今のソジュンの頭の中は、ロクサナのことでいっぱいだった。
楽器工房
翌朝、ソジュンと純麻呂は、チャドの案内で工房へ行くことになった。
「ここが、私どもの楽器の工房にございます。あちらは白楊の木を乾かしているところで……
琵琶作りには、白楊や桑の木を使います。最近では、高貴な方への献上品が多くなりまして……天竺産の白檀や紫檀で作ることもあります」
ソジュンには興味を惹くほどの話では無かったが、純麻呂は熱心に聴いていた。
留学生として胡楽を学ぶ純麻呂は、琵琶を作る様子を繁々と見ては仕切りに頷き、時にチャドに質問をした。
「こちらで作っておられるのは、曲頸四弦のものか?それとも直頸五弦琵琶か?」
「純麻呂様はお詳しくいらっしゃいますね。亀茲楽では天竺と同様、五弦琵琶も使います。四弦は西域、康国よりも西の波斯国(ペルシャ)由来のものにございます。どちらも用いますが、今、作っておりますものも『直頸五絃の琵琶』にございます」
純麻呂は、興味深く質問しながら製作工程を見学した。
乾かした木材をくり抜き、腹板と胴を接着し固定する。次に覆手を接着し、さわりを調整していく。さらに絹の糸の弦を張り、仕上げに音色を確認していく。
その過程を幾人もの楽器職人たちが分担し、丹念に作っていた。仕上げは表面の造形、飾り付けである。
そこにやって来たのは、前日もてなしてくれたチャドの母、マフシード(Mahšid )だった。
「純麻呂様、旭俊様、おはようございます。昨夜はよくお休みになれましたか?今日は工房に来られると息子に聞いて参りましたの。
チャド、あちらの貝細工の部屋は、ご案内しましたか?」
「ちょうど、これからで……純麻呂様、旭俊様、うちの母は、もともと貝工芸の職人でして…せっかくなので母から螺鈿の説明を」
「わかりました。ご説明させていただきますね。
琵琶作りには装飾も重要になります。特に献上品の琵琶には、ひとつひとつ磨き上げた貝を貼り丹念に装飾するのです。『螺鈿』に使う最上級の貝といったら夜光貝ですが……
夜光貝というのは、天竺の南方の海や、唐の向こうの東の海から取り寄せた貝を用いますが……なかなか手に入いらない貴重な貝なのです。名の通り『夜に光る』美しい貝なのですよ」
驚いた表情で話を聞いていた純麻呂は、言った。
「『夜光貝』を使うとおっしゃいましたか?……実は、昨日、ダダンブク様にお話しましたが……吾の母方の祖父は夜光貝を取り引きする貝交易商でございます」
「え?何と申されましたか?貝交易の?しかも、南海の夜光貝をお取り引きされておられるのですか?!」
「ええ…実はここに、祖父から御守りにと貰った夜光貝の首飾りや腕輪を持っています」
純麻呂は、懐から絹の袋に大切にしまった夜光貝を彼女に見せた。
「まあ!!なんて立派な夜光貝!」
彼女は、しばらく見惚れるように貝を眺めていた。
「誠に見事な貝ですね!……あっ、そうだわ!純麻呂様、旭俊様、螺鈿職人の父が作った琵琶を奥の部屋から持って参ります。ちょっとだけ、お待ちいただけますか?」
彼女は奥の部屋から琵琶を持って出てきた。
「この貝で作った貴人への献上品の方は納めたのですが、この一体だけは形見として大切にしていました…よろしかったら弾いてみられませんか?」
「そんな貴重な琵琶を触ってもよろしいのか?」
「もちろんでございます」
琵琶を受け取った純麻呂は、弦を爪弾いた。
ビーン…
バーン…
張りのある音が響く。
その時、工房の外から呼応するように鳥たちがさえずりだした。
水車の音、川の音…
オアシスでは、自然の音すら音楽に聴こえるようだった。
「はあ〜この音色は…今まで吾が弾いてきた楽器とは明らかに違う。
天まで届きそうな張りのある高い音、しかも低音は優しくまろやかな響きがする」
「ここの土地は楽器作りに適しているのです。手間のかかる作業ですが、楽器作りにとって奏でて頂けることが喜びにございます。祖父はよく『どこで奏でられるかも考え作っておる』と申しておりました。
乾いた土地での音と、湿った土地での音とでは異なった奏でになるそうなのです」
チャドは、二人を促すように言った。
「向こうに参りましょうか。他の楽器を作る職人がおりますので」
別の棟からは賑やかな試しの音が聴こえる。そこでは、くうごう・笙を作っていた。亀茲楽では、たくさんの楽器を用いて演奏するが、それは華やぎを加える楽器たちだ。
外では山羊の皮を乾かし、部屋の中では乾燥させた山羊の皮を張り羯鼓を作っていた。羯鼓は、西域の太鼓である。
そこにパールヴァンがやってきた。
「金旭俊様、純麻呂様、ようこそいつらっしゃいました。ここの工房のパールヴァンでございます。
鞨鼓、珍しいですか?西域から伝わった太鼓なんですよ。ドンドンドドドドドッと鞨鼓を撥で何度も叩いてスピードを上げて、回転する胡旋舞を盛り上げたり、手で叩いて迫力を出すんですよ。旭俊様、叩いてみませんか?」
「是非とも!!」
ソジュンは撥を手にすると勢いよく連打した。
(杖鼓に似てるぁ)
と、ソジュンは心に思った。
パールヴァンは、目を見開いて言った。
「おお、これは素晴らしい!旭俊様、お上手ですな!!初めてで、ここまで音が響かせられるとは、驚きました」
山羊皮は、質の良い草を食んで育てたものを遊牧民たちから仕入れることが多かった。
チュルクは移動して山羊や羊たちを育てて暮らす遊牧民で必要な物資の仕入れのため、年に数回、ここを訪れる。
家畜から作られる乳製品や楽器制作に欠かせない山羊皮、防寒着用の毛皮を持ち込んで、ソグドの民の絹や農産物と物々交換するのだ。
じっと演奏に聴き入っていたチャドが、口を開いた。
「そう言えば、旭俊様。草原を通って来られたとお聴きしましたが…
ダダンブク様の長女ローラ様の嫁ぎ先の突厥の旦那様に、お会いになりましたか?草原の皆様も、夏のはじめには、バザールに降りて来られるかもしれません」
「ローラ様も来られるかしら?お子様たちにも早くお会いしたいわぁー」
第十四章 葡萄棚の下で
ダダンブクは唐へ
安国(ブハラ)から運んできた西域の錦・ザンダニジには、唐から大量の注文が入いり急いで運ぶことになった。
唐では、西域の文化が大流行していた。踊り子が身にまとう錦のカラフルさや胡人が持ち込む絨毯の斬新な柄は、粋を好む長安の人々の異国情緒を掻き立てた。向かい合わせの孔雀や鹿を連なった珠で丸く取り囲んだ、華やかな色使いの連珠柄は、シルクロードのオアシス各地で大人気となっていた。錦を駱駝の背に載せると、かなりの重量がある。他は軽い宝物と合わせ持つこととした。
金製品、西域の瑠璃(ラピスラズリ)、和田の淡い緑の軟玉、波斯国(ペルシャ)製の赤や青や褐色の瑠璃坏(ガラスの盃やグラス)、緑松石(トルコ石)……
貴重な宝物を携えたダダンブクの隊商は、いよいよ長安へ発つこととなった。
ダダンブクは、純麻呂とソジュンに、「共に長安に戻られますか?それとも亀茲に留まり、僧院や千仏洞をみて回られますか?」と尋ねた。
「せっかくなので亀茲の仏教寺院で学びたいです。キジル千仏洞にも行きたいので、ここでお待ちしています」
純麻呂は答えた。ソジュンは、もちろん長安に行く用はない。
チャクシダトは、急ぎの楽器の届けで天竺に向かっていたため、長安へ向かう薩保には同行できなかった。
「かしこまりました。ここの者たちに申しておきますから、亀茲で一番、素敵な季節をご堪能ください」
純麻呂とソジュン
オアシスには、穏やかな日々が続いていた。
純麻呂は、仏教寺院に行っては書物を学び、僧侶から亀茲出身の鳩摩羅什(クマラジーヴァ・仏典を漢訳した先人)の話を聞いてきては感激して話してくれた。普段は冷静な雰囲気だが、好きな話題になると話が止まらない。
ソジュンは、思った…
(純麻呂って、シルクロードに、のめり込んでいる純一に似ているな…)
ソジュンは、純麻呂について行くこともあったが、だいたい別行動で楽器工房で過ごすことが多く、チャドに鞨鼓の叩き方や他の楽器を教わったりした。
皆が忙しくてしている時は、オアシスのあちこちを散策したり、葡萄棚の下でぼんやり過ごした。
(これから、どうなっちゃうんだろ…まさか、もう帰れないってことか?)
古代のどこかに迷い込んだことは疑いないが、状況を受け入れるしかなかった。
ともかく、ここにはロクサナがいる。夢でいつも見ていたから、『一目惚れ』と言えるかわからないが、彼はロクサナを見かけるたびにドキドキしていた。
でもロクサナの方には、そういう素振りはない風に見えた。
(ああ、どうせ片思い…もちろん告白したところでどうなる訳でもない)
ソジュンは心でぼやいた。
ところが、そんな恋心は純麻呂にバレていた。
「旭俊様、顔を赤らめておられるな。ほほう、そなた、もしや……ロクサナお嬢さんに惚れましたな?」
と指摘して面白がった。
「ぬぬっ、何を申されますか。誤解されておりますぞ、純麻呂様。さ、さような事はござらぬ」
と返した。純麻呂は、ムキになったソジュンをますます茶化した。
「ホッホッホッ!耳まで赤くされておられるとは図星ですな。いやぁ、このオアシスの毎日が面白くなってきたのう。で、旭俊様、ロクサナさんに恋文は、渡されたのですか?」
(なんだよ純麻呂!?言葉が昔風で丁寧なだけで、コイツ中身は純一じゃん!)
純一は、研究者らしく難しいことを語るが、クールに見えて大阪育ちの純一はソジュンのボケは見逃さない。ニヤッと笑ってツッコミを入れて笑っている、そんなヤツだった。
(懐かしい…純一、どうしてるかなぁ)
いつのまにかソジュンは、ここの言葉にも慣れていた。
彼は思った。
(古代を舞台の芝居をしてると思おう)
ソジュンは、とりあえず今を乗り越える事にした。なり切る事には慣れている。ミュージカル俳優をやってて良かった、とも思った。
もちろん戸惑ってはいた。しかし、オアシスの暮らしは当たり前になっていった。今のソジュンには、ロクサナに会うことが一番で、他のことは目に入らないとも言えるが…
ロクサナとソジュンの時間
オアシスの日差しは、昼には汗ばむくらいになっていた。葡萄棚の木漏れ日は、色づき始めた葡萄を輝かせた。
ソジュンはロクサナに会うことを期待して、そこにいる時間が多くなった。
昼下がり、葡萄棚の下に腰掛けた彼は、もぎたての果物を持ってきたロクサナに故郷の話をした。
もちろん千三百年以上未来の「ソウル」の事とは話せない。故郷の四季の移り変わりを、懐かしそうに語った。
ロクサナは、ソジュンの住む異国の話を楽しそうに聴いていた。
「私の故郷では、春になると山にも町にも、たくさんの桃色の花が咲くんです」
「それは、この杏の花のようなものですか?」
「うちの近くで咲くのは桃の花です。
父が、唐から持ち帰った桃の…」
彼は、記憶にないことを語り出していた。
(唐から持ち帰った?どういう事だ?しかもビルだらけのソウルの町に、そんなに桃の花が咲いているか?)
映像のように目に浮かぶ『故郷』の風景を話し始めたことに、自分で驚いていた。
「まあ、桃なんですね。桃は、ここでも咲きます。あ、ほら、あの木が桃です。実がなってますでしょう?ロクサナは、桃が食べられる今の季節が大好きです。杏に桃、柘榴も。甘い実のなる木は、まだまだありますよ。甘い果物と言ったら、それから…あっ、花の話でございました…」
彼は笑いながらロクサナを見ていた。
「それから?どんな果物が?」
「名産はハルブザール(xarbuzar甘瓜)……バザールに出るハルブザール(xarbuzar甘瓜)も美味しいんですよ。その年はじめてのハルブザール(xarbuzar甘瓜)が出るころを、子どもの頃から毎年、楽しみに待っています。そろそろかもしれません…
今度、バザールでお探ししてみましょう」
「ハルブザール(xarbuzar甘瓜)?ここに着いた日に食べた甘い瓜ですか?」
「えっ、もう?兄上がバザールで見つけたのですね。私は食べそびれました…甘かったでしょう?」
「ええ、ものすごく」
ソジュンは、嬉しそうに話すロクサナに見入っていた。でも、その澄んだ瞳と目が合いそうになると、つい視線を逸らしてしまう…
「砂漠で暮らしていくためには水がたっぷり入った果物は『宝物』のように貴重なんだ、と父上が話してくれました。だから亀茲には、たくさん果物の木を植えてあるんですって。ここは雨はほとんど降りませんから…ところで、貴方様のお国では雨は降るのですか?」
「雨……?降りますよ。しかも梅雨になると毎日のように雨が降るんです」
「ツユ?」
「ええ、梅雨の雨は稲を育てます。今はね、水をはった田んぼ〜水田を作ることを目指しているのです。たちまち一面が瑞々しい緑になるそうなんです。私たちの鶏林には、まだ水田はありませんが、そんな話を唐で会った他国の人たちに聞きました。蛙たちも雨を喜んでいるのか、ゲロゲロと歌って賑やかだって」
ソジュンは話しながら不思議な気分だった。そもそも水田どころか、農業に無縁のソジュンの記憶には無い話がツラツラ出てくる。それは不思議な感覚だった。
「ツユには雨が毎日降るんですか?!スイデンでは、『カエルなる生き物』が歌うのですか?」
ロクサナは不思議そうに首を傾げて、彼を見つめた。
「そう、そして夏が来ます。夏には真っ青な空の下、海で水浴びもしたな…」
「ウミ…?」
「ええ、広く果てしない海がね。海には、天山からの雪解けで一番多い季節の川の水量よりも何倍も、何倍も多くて…見渡す限り向こうまで、いっぱい水があるんですよ。そう言っても、わかりにくいかもしれませんね……」
ロクサナは夢中で話す彼を、じっと見つめていた。旭俊が妹のようにかわいがってくれることが嬉しかった。
「そうだ!たとえて言えば、
『果てしないタクラマカン』よりも広いのです…」
「ええ!!タクラマカンよりも?!」
「ロクサナにも見せてあげたいな。海に船を浮かべたら、大勢の人や、たくさんの物を載せて遠くに旅ができるんです」
「フネって、ラクダのようなものですか?」
「ラクダより、もっと、ずぅ〜っと大きな乗り物でね。大勢の人も荷物も載せられるんですよ」
ロクサナには、ウミもフネも想像すらできない。ただ、そんな話をしてくれる旭俊のそばにいられるだけで、幸せだと思った。
「秋には夕陽みたいな色の『柿』という、甘い果物がたくさんなるんですね。それを軒先に吊るして置いたら、冬には白い甘い粉がついた甘い菓子になって、長持ちするんですよ」
ロクサナは首を傾げた。
「巴旦杏の実のようにですか?」
「え?巴旦杏?あーあ、扁桃のことですね。うーん、巴旦杏よりも柔らかくて甘い果物……そうですね、ここのもので例えたら、ナツメや………ほら、この杏も干すでしょう?これに似てるかもしれません?」
ロクサナは、唾をゴクリとのんだ。杏も干し杏も、ロクサナの大好物だ。
「うわー、美味しそう…私も食べてみたい」
「冬になれば私たちの国にも雪が降るんです。天山に降るような雪が、辺り一面を真っ白にね…」
ソジュンは、ロクサナのことをますます好きになっていった。ロクサナの方には、そんな気持ちは無いだろうけど…
ただ昼下がりの葡萄棚の下で、彼の故郷の話を楽しそうに聴いてくれるのだから嫌われてはいないのかも……と、ソジュンは思った。
第十五章 ブハラのミンジェの前に現れた金旭俊とインフルエンサーNAO
さて、ここからの話は、いったん現代に戻る。
ブハラの宿では、アンマネージャーは、突然ソジュンがいなくなったことで途方に暮れていた。
ソジュンの世話のために海外までついて来たのに、自分が別行動している間に行方不明になったのだから。ブハラ中をくまなく探したが見つからなかった。
宴の翌日の早朝、誰よりも先に目を覚ましたミンジェは民宿の老婦人に誘われ居間に呼ばれ、息子の若い頃の写真を見ながら昔話をした。数時間後、部屋に戻った時にソジュンたちがいなかったということだった。
「純一は?」
ミンジェが宿の人に尋ねると、
「純一さん?あ〜そう言えば…
『ソグドの話の続きを聴きますか?』って長老に誘われて何か約束をしていたみたいですが、まだ帰りませんか?」
宿の女主人と一緒に長老の家に行ってみたが、二人はいなかった。
「お連れ様たち、お二人とも、どこに行ったのでしょうね?」
と、宿の女主人も首を傾げた。
二人の帰りを部屋で待ったミンジェは、早朝、大きな物音で目を覚ました。
不審に思って外に出ると、宿の横のアーモンドの木の下に奇妙な出立ちの若者が立っていた。
「もしや……そなたがソグドの商人、チャクシダト(Čaxšidāt)か?
安国から亀茲に向かう旅の案内のソグドの者か……」
ミンジェは、驚きのあまり、言葉も出なかった。
(えっ??)
さらに若者は言葉を続けた。
「申し遅れた。我が名は、新羅から参った金旭俊と申す」
「え?!何と、おっしゃいましたか?」
「姓を金、名を 旭俊。金旭俊じゃ。
そなた、新羅の都、鶏林をご存知か?」
アン・ミンジェは、混乱して言葉が出ない。
(まさか……昔の衣装を着た『金旭俊』が、ソジュンと入れ替わったというのか?ということは……?!)
「喉が渇いた。済まぬが、何か飲む物はあるか?」
彼は、民宿の人に気づかれないように『金旭俊』を部屋に案内した。
(人に気づかれてはまずい。宿の人なら何とか誤魔化せるが。
しまった……もっと厄介な人物が来る。)
事務所からもう一人来て、合流することになっていたのだ。
しかも、おしゃべりで有名なインフルエンサーNAO。
前夜、三人が泊まっていた部屋にNAOを泊まらせ、まわりに目立たない別の階の部屋に金旭俊とミンジェが泊まれるように手配した。
「アンミンジェ様、お連れ様がご到着ですよ」
(マズイッ…来てしまった)
その声を聞いた瞬間、ミンジェは、全身に冷や汗を感じた。
「ハ〜イ、アン・マネージャー!!
来ちゃった〜昨日は、サマルカンド満喫しちゃったー!
スザニや小物や香水でしょ。もう嬉しくって買いまくりよ〜。
ブハラも素敵なところね。ここ来る途中ガイドさんに、『コウノトリのハサミ』屋さんに回ってもらって、真っ先に買ってきたわ♡」
部屋に通されたNAOは、カラフルなスザニで飾られた室内や窓からの景色をスマホで丹念に撮影した。
「そうそう、配信しなくちゃ!」
スーツケースからタブレットを出し配信を開始した。
「は〜い、プリンセスのみんな!
こんばんは!ねえ、ここ、どこだと思う??
ジャーン!!
なんと、『青の都・サマルカンド』に来ちゃいました!!
中央ユーラシアのウズベキスタンって国なの。ここ女子旅におススメよ!
いっぱい撮ってきたから、帰ったら動画アップするわね!
で、今日のお泊まりは……
ブ・ハ・ラ!!
もう、アタシ、ここも気に入ったわ〜
見てみて!!
スザニでしょ、小物がかわいいの♡
お洋服も可愛くて、『theエキゾチック〜』って感じ!
待ってて、ちょっと着替えてくるわね〜」
「お待たせ!素敵でしょう?
これに、このぉスザニ巻いて…
ほーら、プリンセスの完成でーす!
このままシルクロードの旅に行けそうよ〜
ああ〜素敵な殿方、迎えに来てくれないかしら?
ラクダでデート!いいわー
きゃー、素敵♡
今夜は、これで寝ようかしら?
いい夢見れそう!
さて今日のお手入れのポイントはコレ。
砂漠って乾燥してるでしょ?
だから乾燥対策大切よね〜
『砂漠に負けない保湿セット』をセレクトしました♪
基本のお手入れをした後は……
これこれ!
サマルカンドでゲットした、
ラピスラズリ入りのパックとサンダルウッドの香りのボディークリーム
これで、今からシルクロードのお姫様になっちゃいますね!
ますます楽しみよ♪
プリンセスのみんなも、いい夢みてね〜!!
アンニョン!」
第十六章 ソジュン、純一の再会そしてNAOの登場
さて話は再び、ソジュンがたどり着いた古代シルクロード、砂漠のオアシス都市・亀茲の話に戻る。
そこでは、いつものように穏やかな朝を迎えようとしていた。
「ソジュナ!ソジュナ!!」
ソジュンは、自分を呼ぶ声で目を覚ました。
(えっ?誰??……ソジュナって呼ぶってことは……?まさか?!)
「まさか…純一??」
「ソジュン?あーやっぱ、ソジュンだったんだ!」
「マジ?てことは純麻呂じゃなくて…純一?どゆこと??
それなら、そうと早く言えよ〜!」
「ごめん…だって俺だってソジュンかどうか自信なかったんや」
「すっかり遣唐使になりきってたの、あれ何だったんだよ〜!」
「ごめんって…許してや!それでさ、ソジュンは、どういう経緯でここ来たん?」
ソジュンは、ここまでのことを話した。
「ブハラで宴会があっただろ?翌朝、起きたら見た目は昔の格好だけど、アン・マネージャーそっくりな人が迎えに来てさ。ラクダに乗れって言われてね。『これはアン・マネージャーが仕掛けたドッキリだろ』って思ったんだ。ラクダに乗って雪山越えするハメになって。砂漠を旅する頃には、さすがに変だと思った。砂漠で死にかけたよ。やっとのことでオアシスに来たってわけ……で、純一は?」
「そっかー。俺の方は起きたら敦煌だった。さすがにパニクった。
何が起きたかわからないし……しばらくしたら、そこにブハラの長老そっくりな商人がやってきてさ。その人がダダンブクさん。それで誘われて、ここに着いたってわけ」
純一も、ここまでの経緯を説明した。大阪出身の純一は、普段、ソジュンといる時は韓国語で話すのに、焦ると関西弁がでる。少しは日本語のわかるソジュンと、日本語・韓国語混じりの会話になった。
「え〜??マジかよ!真顔で『純麻呂』って名乗っていたじゃん?しかも『貝の交易』がどうのとか…どゆこと?」
「いや、その辺りの話は、はっきりは覚えてないんだよなぁ……もしかしたらなんだけど『純麻呂』本人の記憶だったんじゃない?」
「え?混ざってる感じなの?」
「うーん、変なこと言うってバカにしないで欲しいんだけど、なんか混ざってる感じなんだ」
「それな!いや、そういう感じわかる。オレにもそういう瞬間あるかも…」
「えっ?ソジュンも??不思議な感覚だよな。
最初は戸惑ったわ。でも俺の場合、この時代は専門だろ?正直言って唐代にタイムスリップしたなんて、逆に『ラッキー』って気持ちもあってな。あちこち見て回ったんよ。文書や日記みたいな記録も読みまくって、どうやら持ち主が遣唐使、純麻呂だとわかった。戸惑ってはいたよ。推理するみたいなのが楽しくなったのも本音かな。推理小説読むみたいに純麻呂の留学日誌を読み込んだんだ」
「そっかー、まあ、なんかホッとしたよ。一人だけタイムスリップしたのかって心細かったんだ」
「うん、だよなぁ。
それとさ、ソジュナ。お前も何回もみる夢の話をしてたよな。実は、俺もよくみる夢があってね。それが『長安や敦煌に行く夢』でな。ここにいたら思い出すみたいな感覚あってさ。
遣唐使や南海の貝交易とかのエピソードが思い出すみたいに浮かんで、自分で驚いたわ」
「え〜??」
「知らんけどな…」
純一の話は途中からほぼ日本語になった。ソジュンには半分くらいしかわからなかった。
(いつも冷静な純一すら相当参ったんだ…)
その気持ちはソジュンにも伝わった。
そこにチャドがやって来た。
「旭俊様、お連れの方が到着しました」
「え?お連れって誰のこと?」
二人が入り口を見ると……まさか、
スタイリストのNAO!?
本名直人だが、心は乙女。事務所と契約しているフリーランスのヘアメイクアーティスト兼インフルエンサーだ。
「うわーなんか久しぶり!!ソジュンく〜ん!
えっ、なになに、そちらの方は……
もしかして、純一さまぁ?!
シルクロード JUN JUN初期メンバーの?!実はホンデの頃から推しだったの〜覚えてらっしゃる?」
ソジュンも純一も思わぬ来訪者に驚きが止まらない。
「な、なんで、NAOがここに?!」
「えーーー!!どゆこと??」
「アタシ、ローマで別件の撮影だったの。そしたら社長がね〜、『サマルカンドにソジュンがいるから、せっかくだから、お前も帰りにサマルカンドに寄ってメイクして写真や動画とってアップしてくれないか』ってメール来て、ローマから急遽サマルカンド行きに変更して来たのよ〜。
乙女のアタシ一人で、メイク道具と衣装ぜーんぶ持ってよ〜重かったわぁ」
NAOは、そこまでの経緯を話しだした。
サマルカンドからブハラに行ったところまではソジュンたちと同じコースだった。どうやらサマルカンドからブハラに案内したガイドが急いで帰ったのは、NAOを迎えに行く予約があったからだったらしい。
「ブハラに着いたのに、マネージャーは忙しそうにしていて、ソジュンくんの帰りを部屋で待ってたのよ〜
荷物もそのままだったから、『おかしいわ』って思ったけど。時差もあるでしょ。
寝不足はお肌の大敵だから、『寝てたら帰るでしょ』って思って配信のあと、ホテルの人が用意したアロマ炊いて、サマルカンドで買ったパックして、すぐ寝たのね。朝起きたら『ラクダちゃん』いたからビックリよ!
しかも〜〜スッゴいマッチョなイケメン迎えに来てくれたの。『姫、参りましょう』ですって……姫よ!!!なに??これって運命の出会い?
もうワクワクが止まらなくって。
どストライクの殿方とラクダで砂漠越えでしょ?楽しかったわぁ♡」
二人は、呆気にとられて言葉も出ない。
「ねえ、で、何のロケなの?すっごく大掛かりねー?この本格的な衣装を誰が準備したの?すごいわぁ。
シルクロードが今回のコンセプトなのかしら?二人の斬新な髪型も素敵よ♡
……で、アン・マネージャーはどこかしら?」
NAOは、この事態を理解してなかった…
第十七章 康国ナオシャンダ姫とニルファナ
17-①康国ナオシャンダ姫
NAOが亀茲に来た状況を振り返ろう。
ブハラに到着したNAOが、翌朝、目を覚ますと、宿の前には数十頭も連なるラクダの隊商がいた。
NAOは、驚いて辺りを見回した。不思議なことに前日見たブハラの宿の周囲とは風景が変わっていた。
どこかから聞こえる『カツカツする音』の方を見上げると、高い木の上の巣に座っていた白い大きな鳥が急に立ち上がり、大きな翼をバサバサ羽ばたかせて、空の向こうに飛び去っていった。
(えっ、コウノトリ?もう、この辺りにはいなくなったって、昨日のガイドさんが言ってなかったかしら?)
首を傾げて辺りを見回すと、ラクダの後ろには馬に跨った男たちがいた。その中には、NAO好みの日に焼けた精悍な若者がいた。
(うわっ、タイプ!!)
チラッと見た時、その男と目が合った。視線に気づいた若者は、白い歯を見せ、無邪気そうな微笑みをかえした。
NAOがときめいていると、前方のラクダに乗った隊商の男が、丁重に挨拶をした。
「迎えに参りました。ナオシャンダ姫」
「姫??」
さすがのNAOも驚いて、その後の言葉が出てこない。
今度は、さっき目があった馬に跨った屈強な男が言った。
「羅馬は、楽しかったか?ナオシャンダ。
亀茲へは、我ら突厥も共に参ろう」
(うわっ!声も素敵!ますますタイプ)
するとラクダの隊商の中程にいた女性がこちらに歩み寄ってきた。トゥルバンの下の薄い絹のベール越しに緑の瞳を輝かせて微笑んでいるのが見えた。
亜麻色の髪を編み込んだ女性の歳の頃はNAOと同じくらい。娘は、ラクダから降りて丁寧に挨拶をはじめた。
「ナオシャンダ姫、お久しぶりでございます。ダダンブクの次女ニルファナにございます。
康国(マラカンダ=サマルカンド)にお招き頂き、ありがとうございました。おかげで康国や波斯国で流行りの西域舞踊の勉強ができました。
いよいよ亀茲に帰国することになり残念に思っていましたが、まさか羅馬から帰られたばかりのナオシャンダ姫が亀茲に行かれるとは思いもしませんでした。
康国王のお父上が、ナオシャンダ姫が羅馬へ旅することを許可されたことも驚きました。
男装が条件ということでしたが…羅馬路はいかがでしたか?
旅の途上で、羅馬の土産話をたっぷり、お聞かせくださいませ」
NAOは、この状況を少しは疑問に思った。
(ロケがあるってことはアンマネージャーに聞いていたけど。今回の企画には私も参加するの?姫役で??
確かにローマには行ったけど。
それにしても大掛かりな演出ね…
みんなとは別行動なのかしら?
まあイケメンも一緒だから楽しそうだから、いいけど…)
こうして、NAOは砂漠を越えて亀茲にやってきた。
第十七章②
現代ブハラに残ったミンジェ〜ソグディアナの伝承
ここで再び、現代のブハラの宿に取り残されたアン・ミンジェの話に戻る。
純一とソジュンが行方不明になり、古代の格好の金旭俊までやってきたことで、ミンジェはかなり混乱していた。
昼間は不在だった長老が、宿に戻ったミンジェを訪ねてきた。
「実は、あの話には続きがございまして……」
長老は、ソグディアナの物語の続きを語り出した。
「千年余の時を越えし時、
三人の旅人、不思議な木簡持ちて東の国より来たる。
その者が携えし木簡、我らが伝えし木簡と合わさるならば、瑠璃色の光放ち、『時の扉』が開かる。
その若者ら、時の扉を渡りてソグディアナの故地を旅す。
時の扉開くならば、先んじて過去から未来に紛れ込みしソグディアナの姫ナオシャンダも故郷ソグディアナに戻ること叶う」
アンミンジェは、驚いて長老に質問した。
「えっ?と言うことは……東から来た旅人とは、『私たち三人』のことでしょうか?」
「おそらく…」
「と言うことは……、まさかソジュンと純一は、その『時の扉』の向こうに行ったとおっしゃるのですか?!」
「そう思われますな……」
「いやぁ、そう言われましても、そんな伝説の話を鵜呑みには出来ません…。
それはそうとして、お尋ねします。
その伝説のナオシャンダ姫とは、どういう方なのですか?」
「私たちソグドのもともとの故郷は、今のサマルカンドなんですが、昔は康国と呼ばれていました。その康国の姫です。
ナオシャンダ姫は、たいそう活発な性格で隊商を率いて商売をしておりました。
商売の領域も広範で、西の波斯国(ペルシャ)、羅馬(ローマ)にも販路を拡げておりました。波斯の国の政情不安定な時代でもあり、父上の康国王は心配して、シルクロードを旅する時は男装をするように命じたのです。
ところがナオシャンダ率いる隊商が
それまで見たことのない猛烈な『瑠璃色の砂嵐』に襲われた時に、ナオシャンダ姫は、共に旅していたラクダの隊商の前から、忽然と姿をくらました、というのです。
私たちの言い伝えでは、瑠璃の砂嵐が起こる時、『時の扉』が開き、未来に旅することができる、と言われておりましたそうで…当時、『ナオシャンダ姫は時の扉の向こうの未来に紛れ込んでしまったのではないか』と噂されたそうです」
(ナオシャンダ?!まさか……NAOTO??男装というかNAOTOはむしろ女性になりたいタイプで、ジェンダーフリーな感じだけど)
ミンジェは、長老に言った。
「実は、私たちと合流するためローマからブハラに到着した人物NAOも、今朝から行方不明になっているのです…」
「NAO??もしかしたら、その方がナオシャンダ姫かもしれません」
「うーん、にわかには信じられない話ですが……
NAOは、ソジュンが泊まった部屋に宿泊したのですがNAOもソジュン同様に姿が見えなくなってしまって…『時の扉』の向こうに行ったなんて、そんなことがあるんでしょうか?」
「ナオシャンダ姫がNAOさんだとしたら、前夜に開いた『時の扉』を渡ってソグディアナの時代に戻られたのかもしれませんな……」
第十七章③
NAOとナオシャンダの謎
アン・ミンジェは、長老の話を聞いてから、NAOのことが気になりはじめた。
「NAOが過去からやってきたナオシャンダ姫かもしれない」と言われても、ミンジェには信じられなかった。
とはいえ、ずっと気にかかり、NAOTOがやって来た頃のことを思い出していた。
(そう言えば、芸能バラエティでよく会うドラーグクイーンのアリアナ・グローブさんに紹介されたんだったな……まだ連絡先、あったかな)
別に出かかりになる訳ではないが、NAOを紹介してくれたアリアナ・グローブに連絡をとることにした。
「まぁ、お久しぶり!ミンジェさんから、ご連絡とは嬉しいわねー。
お元気でしたぁ?」
「ご無沙汰してます。相変わらずお元気そうで。
私の方は、元気というか……ちょっと、あれこれありましてね。
いきなりで悪いんだけど、ちょっと聞きたいことがあって電話しました。
何かあった訳じゃないんですけどね。
紹介してくれたNAOTOのこと聴きたくて」
「やだ、あの子、何かしでかしたの?」
「いやいやいや、全然全然。仕事の評判良くて、助かってますよ。
ちょっと知りたいだけなんですが、
アリアナさんは、彼…NAOTOとは、どんな風に出会ったのですか?」
「それならよかった…
出会ったときのこと?
あら〜?話したことなかったかしら…NAOとは、イタリアのクィア・パーティーのフェスティバルに行った時に知り合ったの」
「えっ?イタリアで…」
「そう。実は、彼女、訳アリでね。
地中海の島でやったクィアパーティー会場近くのビーチに打ち上げられていたの。で、イタリアの仲間とみんなで助けたのね。
ケガはなかったけど、頭を強く打ったみたいで……
発見した時は、記憶も無くしてしまってて話すこともできなくてね。
パスポートとか身元のわかるものも無くて探しようもなかったから…
届けはしたけど、結局、身元わからなくてね。
で、私たちでずっと面倒みてたの。
最初に『NAO…』とだけ言えるようになって。それが名前の由来ね。
しばらくしたら、言葉も覚えて…
あの通り、おしゃべりなくらいにね。
彼女、器用だからメイクを教えてあげたらメキメキ腕あげたわ」
「え?そうだったの?身元不明??
それと、ちょっと聞きにくい話だけど…うーん、今の時代にこんなこと聞いていいのかな…」
「なぁに?大丈夫よ、気にしないから」
「さっきから『彼女』っていってるけど、何というか、NAOTOは、LGBTQかと…」
「やーね、違うの。身寄りがないから純粋に助けてあげたのよ。私たち仲間みんなの『娘』として可愛がってたの。
あの子は、手術したわけでもなくて、NAOは、最初っから女の子よ。仕草や話し方は、育ての『マンマ』の私たちドラァーグクイーン譲りだから、勘違いしてたの?可笑しいわぁ」
「えっ?でもNAOTOって名前で紹介されたから、てっきり…」
「違うの、あれね。NAOって呼んでだんだけど、イタリア在住の日本人の仲間がEXILEのNAOTOファンでさ、それでNAOTOが愛称になったのよ」
(イタリアで行方不明になったナオシャンダ…そして、
イタリアで意識不明で記憶を失って発見されたNAOTO……か)
ミンジェは、長老の言ってた「NAOがナオシャンダかもしれない」という話を思い出していた。
だからといって、今はまだ探しに行く術はわからない…
ところで、現代にやって来た金旭俊のことは
「金旭俊殿、私も、貴方様をお国にお送りして差し上げたいと思っていますが、なにぶんラクダの手配が遅れておりまして……
まだまだ時間はかかりそうです。
お待ちくださいませ」
「さようか。我も長旅で疲れておるので構わぬぞ。ここで待たせてもらおう。ところで安国の主は、お前か?」
「私ではございません。ご挨拶が遅くなりました。ここの主を連れて参ります。もうしばらくお待ちください」
ミンジェは、長老に相談し、金旭俊の部屋に向かった……
(金旭俊さんを彼方に帰すためには、どうしたらいいのだろう)
この後の展開は、また後々に語ることにしよう。
砂漠を旅するナオシャンダ
ところで一方、古代の砂漠を行くナオシャンダをのせた隊商は、星月夜のタクラマカンの砂の海を進んでいた。
月のない夜の砂漠の向こうに、ひときわ赤々と燃えるオアシスの灯りが見えた。
ニルファナは、ナオシャンダ姫を振り返り言った。
「ナオシャンダ姫、いよいよ亀茲に着きました!」
亀茲に待つ楽器職人チャドは、「ニルファナ達が帰る」というプルワーンツを受け取って以来、オアシスのバザールの端に松明を灯し、彼女の帰りを待ちわびていた。
一行の到着を心待ちにした亀茲のオアシスでは、盛大な歓迎を用意していた。
もちろん疫病の障りを避けるため、当分は、市中の人々と触れ合うことは出来ない。離れた宿舎で休息をとることになる。
その期間を終えたある日、日没にはまだ早い昼下がりの中庭では、歓迎の宴が始まろうとしていた……
その時、急に暗雲が立ち込め、辺りが真っ暗になった。
砂漠のオアシスには珍しく激しい雨が降り始め、宴は中止された。
姉が帰ってくるのを楽しみにしていたロクサナは、この時、はじめて雷をみた。
ピカッと光ったかと思ったら、「ズドーン」とどこかに雷が落ちる音が轟き、激しく雨が降りはじめた。
「うわっ、怖い」
ロクサナは、稲光に怯えてソジュンの横にピッタリとくっついて震えていた。
いつもなら、珍しい雨が降れば、「恵みの雨」と喜ぶ亀茲の人々も、その日の不穏な降り方に空を見つめていた。
第十八章
亀茲に帰ってきたニルファナとタクラマカンを進むダダンブク
第十九章
唐に向かう薩保ダダンブク
第二十章
ダダンブク満身創痍の帰還
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