都蘭山居手帖:「漂泊の果てに:『随遇而安』の境地と、引き裂かれた日常」
ある真夜中、庭に灯りをともして作業に没頭していると、一台のパトカーが通りかかった。数人の警官がふらりと立ち寄ったので、淹れたてのブラックコーヒーを振る舞い、しばし談笑する。彼らは、なぜ独りで修繕をこなすのか、都会で育った人間がなぜこのような不便な山奥に住み着くのか、といぶかしげに問いを投げかけていた。その出会いを機に、彼らは巡回のたびに顔を見せるようになった。
のちに副所長が打ち明けてくれた言葉が忘れられない。「実は車両照会をさせてもらったんだ。問題はなかったが、正直驚いたよ。こんな人里離れた荒野、普通なら怖気づいて逃げ出すような場所に、あんたは平然と根を下ろしている。大したものだ」。以来、署に新しい顔ぶれが加わるたびに、挨拶がてら立ち寄るのが彼らの日課となった。パトロールの車が警笛を鳴らして過ぎ去るたびに、私はこの山にようやく受け入れられたのだという安らぎを覚える。
農舎での日々は、労働と読書、そして思索の連続である。家主の妻から「孤独に強いのね、退屈しない?」と驚かれることがあるが、私自身、なぜこれほど早く都会の喧騒を忘れ去れたのか、不思議でならない。テレビもネットもない日常は、過酷な肉体労働と規律ある日課によって、驚くほど濃密で地に足のついたものへと変貌した。夜になれば泥のように眠り、朝が来れば再び新しい一日が始まる。
毎朝、森を歩く中で、かつての都会暮らしよりも今の生活の方が遥かに豊かであることに気づく。山谷の深緑、都蘭湾を渡る風。その一つひとつが心の中で発酵し、いかなる境遇をも受け入れる「随遇而安」の境地を育んでいく。
「四十にして惑わず」。かつて論語で読んだ言葉の意味を、四半世紀を経て、ようやくこの山林で噛み締めている。農舎を整えるという小さな労働の積み重ねの中で、私は悟った。人間は自らをゼロに還し、ありのままの自分と向き合う勇気さえあれば、未知の可能性はいくらでも拓けるのだと。初めてゴム長靴を履き、あの荒れ果てた森へ踏み込んだ日から、私は自分を縛り付けていた過去の迷いを、この大地に脱ぎ捨てたのであろう。
山に隠れ、人との交わりを絶って一ヶ月。心の澱が消え、人生の重荷が少しずつ削ぎ落とされていく。長年私を縛り付けていた不安や執着が、いまや嘘のように淡いものへと変貌していた。一九九七年に台東へ移住し、すべてを脱ぎ捨てるまでに三年もの歳月を要したが、ようやく今、私は風と対峙している。山谷を駆け抜けるその流れに身を委ね、魂を解き放つ。命とは風のように漂うもの――心の奥底で、そんな思いが静かに芽生えていた。
夕闇が迫る中、作業を急いだのが災いした。石材の隙間に指を挟み、中指の関節から鮮血が噴き出す。二枚の絆創膏を強引に巻きつけ、再び革手袋をはめて作業を続行する。指の痛みと疲労に身体が震えるその時、土虱から電話が入った。
「仕事はどうだい? 俺はレジデンスで最高に楽しんでるぜ。アーティストと語り合い、肉を焼き、酒を酌み交わしている。AKIたちもいるんだ。実は新しい彼女ができてな、すごく面白い子なんだよ。暇な時にでも俺の作品を覗きに来いよ」
眩暈がするほどの憤りが突き上げてくる。私が最も手を必要としている時に、彼はアーティストを気取って去り、新しい女と浮世を謳歌している。よりにもよって、指を切り裂き、過労で意識が遠のきそうなこの瞬間に、その薄っぺらな幸福を吹き込まれるとは。私はただ、受話器を握りしめたまま、沈黙を呑み込むしかなかった。
