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都蘭山居手帖:「ロビンソンの城:蘭嶼の午睡と、流木が描く不規則な曲線美」

■ ロビンソンの城:漂流居所の誕生
庭先に積み上げた木々は、日を追うごとに高さを増した。十一月中旬を迎える頃、その山は大人の背丈を優に超えていた。極太の材が六、七十本、中程度のものが三、四十本。庭は完全に流木に占拠され、軽トラを入れる場所すらなくなった私は、仕方なく車を路肩へ寄せるしかなかった。
十一月の終わり、海辺の流木はついに姿を消した。がらんとした海岸に残るのは、冬の冷たい雨風の中で執拗に竿を振る釣り人と、礫の浜に目を凝らして宝石を探す者たちだけ。人影はまばらになり、時折、吹き荒れる砂塵が海岸を白い霧のように覆い尽くしていく。
さて、どうやってこの木々を組み上げるか。涼亭など建てた経験はなく、ましてや変幻自在な流木を扱う術など皆目わからない。三ヶ月間、頭の中で組み立てては崩しを繰り返したが、確たる指針は見出せないままだった。
木を拾い終えた後、浜辺を歩くことが習慣となっていた。修行に近い徒歩の心地よさに惹かれていたのだ。東北の季節風が砂を舞い上げ、冷たい北風が襟元から入り込み、肌を突き刺す。その容赦ない冷気は、心の奥底に眠っていた不安と孤独を鋭く呼び覚ます。あの年、私は海岸に広がる灰、暗、黒のグラデーションに深く沈み込んでいた。それはまるで、モノクロームの残像の中に、かすかな光の気配を宿しているような、そんな色調であった。

十二月中旬、アミ族の友人二人がふらりと訪ねてきた。酒を酌み交わすうち、彼らが私の「涼亭」作りを買って出てくれた。一人は報酬を辞退し、食事と寝床さえあればいいと言う。もう一人は少額の工賃を希望した。簡単な構造と工法を擦り合わせ、細部はその場その場で解決していくという、実に自由な計画が始まった。
一月、整地の最中に瘋明が不思議そうに尋ねてくる。「なぜ枕木を八本も打ち込むんだ? 一体、何を造る気だ?」
私が憧れていたのは、かつて蘭嶼で目にしたあの作業用の小屋であった。二メートル四方、高さ一メートルほどの小さなものだが、休息にも、労働にも、そこには完璧な安らぎがあった。かつて正午の酷暑の中、野銀集落で老人に招かれ、タロイモと干し魚を腹に収めたときのことだ。いつの間にか横たわった私を、海風が優しく包み込み、深い眠りへと誘った。夢の中で私の魂はダリの抽象画へと迷い込み、熱に浮かされた谷間で時計が飴のように溶け、流木の上で歪んでいく――そんな不可思議な光景を見た。
あの午睡の記憶は、ずっと心の奥底に沈殿していた。いつか、心が深々と安らげる場所を造りたい。ここを通る友人たちにも、あの安らぎを分け与えたい。ダリの時計のように魂をたゆませ、流木に身を預けて休めるような場所を。

農舎の庭先、あらかじめ決めていた場所に涼亭を据えることにした。取り寄せたのは、鉄道で使い古された枕木五十本。その中から選りすぐった八本を三メートル間隔でL字に並べ、二尺の深さまで地中を掘り返して埋め込んだ。この枕木の土台が、天へと伸びる漂流木を支える要となる。
友人が駆けつけた日、軽トラにはチェーンソーやドリルといった武骨な工具が山積みにされていた。私たちは一本ずつ吟味しながら柱に適した流木を選び出し、枕木と材木に貫通穴を穿(うが)ち、ボルトで力任せに締め上げていく。八本の支柱が立ち上がったとき、涼亭の骨組みがようやくその姿を現した。
柱を立てるのは、三人一組の重労働だ。二人が抱え込み、一人が位置を固定する。荒々しく響く電動ドリルの爆音の中、互いの呼気を合わせ、ボルトを締め込む。「もう少し右だ」「いや、そこは少し下げろ」。私はあちこちへ駆け回り、柱の角度に狂いがないか、ミリ単位の微調整を繰り返した。不規則な曲がりを持つ流木が回転し、あるべき場所へと収まっていく。空へと伸びる材木たちが重なり合う様は、まるで花が開く瞬間のように、予測不能な曲線美を描き出していた。


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