都蘭山居手帖:嵐のなかの宴:生死の淵で、私は酒を煽る
ビリス台風が去って三日目も、雨は止む気配を見せなかった。朝六時、裏山から流水の音が響いてくる。前夜、夢の中で聞いた重々しい落石の音と酷似していた。胸に冷たい不安が走る。台風の雨は先日の比ではなく、密度を増し、激しさを極めていた。庭には十センチもの濁水が滞留し、二日間降り続いた豪雨は逃げ場を失っている。屋外の側溝は限界を超えて溢れ出し、道路はもはや河川と化して激流が渦巻いていた。都蘭山の瀑布も荒れ狂い、咆哮している。七月の台風とは次元が違う。路面を奔流が駆け抜けるなど、ここに移り住んで初めて見る光景であった。
ふと、水音が窓際まで迫っていることに気づく。窓外を覗き込み、私は息を呑んだ。一晩の豪雨が運んだ土砂が、すでに窓枠のすぐ下まで迫っている。あと二センチ。この泥水が越えれば、家が呑み込まれる。
着替えもせず、短パンにスリッパのまま飛び出した。裏の通路はすでに泥漿に埋まり、泥の濁流が屋側の通路を伝って表へと溢れ出している。一歩踏み出すと、泥土は底なしの沼のように柔らかく、膝まで深く飲み込まれた。二歩進む間もなく、スリッパは泥の底へ消えた。
(いけない、このままでは埋まる……!)
本能が警告を発した。私は即座に屋根の下へと退避する。思考を切り替え、手元にあった二枚の長い木板を掴んだ。土石流の上へ板を渡し、身体を預けて強度を確かめる。よし、支えられる。さらに二枚の木板を繋ぎ合わせ、泥濘の上に強引な足場を打ち込んでいった。
板の上を這うようにして裏手へ回り込むと、土石流が窓枠まで迫っていた。私は即座にスコップを振るい、泥水の逃げ道となる溝を切り開く。窓を避けて両脇へ、そして裏手の側溝へと水を流し込むための強引な土木工事だ。作業中も斜面からは絶えず土砂が崩落し、さっきまで三メートル先にあった巨石が、今や壁までわずか一メートルの距離にまで迫り来る。雨が止まなければ、この石が窓を突き破り、農舎そのものが泥の底へ没する。私は窓を板で封じ、泥水の通り道を塞ぐための堤を築くしかなかった。
屋内に戻り、四尺の木心板を担ぎ出した。泥水の流入を防ぐべく、窓全体にこれを打ち付ける。板の下縁には周辺の石と泥を詰め込んで固定し、さらに短めの枕木を支柱として斜めに突っ張った。片端を板の上部に、もう片端を斜面の巨石に噛ませる。仕上げに石を積み上げ、泥の堤を高く築き上げ、窓へと押し寄せる濁流を堰き止めた。
浸水を防ぐ理屈は単純だ。土石の重圧で木板を窓枠に押し当て、水の通り道を強制的に変える。窓の前の土砂を水面より高く積み上げれば、水は自然と左右へ逃げていく。側面の窓も同様に処置を施し、すべての状況を確認し終えると、作業に没頭していた身体は熱を帯び、汗で濡れそぼっていた。
私は迷わず服を脱ぎ捨てた。台風の雨をシャワー代わりに、石鹸を泡立てて風雨の中で身体を洗う。これほど爽快な風呂場が、この世にあるだろうか。
農舎を救う大作戦を終え、風雨に身を曝す。人生、得意の時こそ尽く愉しむべきだ。時を選ばず、この嵐とともに狂うことが、一体何だというのか。竹林の七賢、蘇東坡、鄭板橋……いつの時代にも、世俗から逸脱した文人たちがいた。彼らは人生の艱難を舐め尽くし、それゆえに狂おしいほどの情熱を詩に昇華させた。李白が酒と共に詩を紡いだなら、私は狂風暴雨と共に歩む。嵐の中で裸身になることの、何が悪い。
風呂上がりに冷凍庫から高梁酒を取り出し、一気に煽る。静かに雨の中に立ち、風に吹かれ、打ち付ける雨の心地よさを噛みしめる。もう一杯、凍てついた酒を喉へ流し込むと、胸の奥から熱が猛然と広がるのを感じた。
風雨に煙る天空を仰ぎ見ながら、ふと思う。人生の至福とは、まさにこの瞬間のことではないだろうか。
