戯曲『緋色の桔梗』少女の決意:細川ガラシャと父・明智光秀の輪廻転生ファンタジー4
【輪廻しないはずの彼女の魂は、なぜ地上によみがえったのか──罪と赦しの剣劇ファンタジー】

イラスト:夏乃まつり様
🔹前回までのあらすじ
明治20年(1887年)・京都。
八木道場に通う少女・坂井千代は、人知れず犯罪者を成敗する“異能の剣士”。
人を殺すことへの罪悪感に苛まれ、すがるように教会へ通う日々、彼女が見始めたのは炎の中で殺される夢──
戦国武将・明智光秀の娘にしてキリシタン・細川ガラシャの記憶らしい。
その頃、秘密結社・赫影会は、千代のような、歴史上の偉人の記憶を持つ異能者を取り込もうと目論んでいた。
織田信長の転生者と呼ばれる赫影会の頭領・月岡聡十と対峙し、彼から教会の書物を調べるよう言われた千代。理由もわからないまま書物をひも解き、たどり着いたのは、ガラシャの生涯だった。
※残酷描写あり
第二幕第四場:細川ガラシャの記憶と少女の決意
昼前。八木道場の居間。
千代が書物の山を漁っている。
歴史書の記述が目にとまり立ち上がる。八木が本を数冊持って登場。
八木 柿本牧師からお借りした本は、これで全部だな。目当てのものは見つかったか。
千代 ……正直、自分でも何を見つけたいのかハッキリしていないのです。ただ、今、ある直感が全身を浸していくような気分を味わっています。
八木 と言うのは?
千代 この歴史書に、敬虔なキリスト教徒だった、細川ガラシャに関する記述があります。私も教会で、彼女の生涯について学びました。
ガラシャの本名は明智玉子。
本能寺の変で主君・織田信長を殺した謀叛人・明智光秀の娘。
逆臣の娘となった玉子は、嫁ぎ先の細川家から離れ、幽閉生活を余儀なくされます。
山深い味土野の地で、子どもたちとも離れ離れにされ、裏切り者の娘として孤独な日々を過ごすのです。
夫・細川忠興は必死に武勲をあげ、玉子を連れ戻すことに成功しますが、彼女は絶望から這い上がることができず……。
やがて学問に没頭した玉子は、キリスト教に感化され、信仰は精神的支柱に。
外出を禁じられる中、侍女や神父の協力により、ガラシャという洗礼名を貰いました。
秀吉の死後、関ヶ原の合戦に備える石田三成の人質として大坂城入城を迫られるも拒絶。
夫の「決して外へ出てはならない」という命に従い、さらに自死を禁じられたキリスト教徒として、家老・小笠原少斎に自分の胸を突くよう命じ、生涯を終えました。
……私はこれまで、ガラシャの死後、家老が邸へ火を放ったと考えていました。
しかし改めて歴史書を読み比べ、ガラシャは侍女たちを逃がした後、自ら邸に火を放ち、小笠原と炎につつまれながら果てたようにも思えたのです。
八木 仮にそうだとして、歴史がお前に示すものは?
千代 あの夢です。燃え盛る邸、悲しげな武士の瞳。この胸を刺して、と懇願する私の心……あれは、ガラシャの内情と呼応しているのでは。
八木 赫影会の主張が正しく、夢が前世の記憶と繋がっているとすれば、お前は……。
千代 細川ガラシャの転生者、奴らが狙う異能の使い手。
八木 (声を落とし)あの赤い月の晩以来、志乃たちも不可解な夢を見て、何かを思い出そうとする様子になってきた。赫影会はすでに道場を突き止めている。
お前たちを狙い、近々またやって来るだろう。とくに千代。お前は今、前世の核心に近づき、完全に記憶を取り戻す可能性がある。あの頭領、月岡と同じように。
千代 非現実的な話で、実感はありませんが。何より、私と偉大なガラシャ様とでは、似ても似つかないのですから。
八木 お前が信じなくとも、昨晩の月岡の言葉からして、奴らは間違いなくお前の力を狙っている。
八木、懐から薄い冊子のような書物を出して、文机に広げる。
千代 これは、兄の記録帳では? 最後の日だけ、記録が付けられていなかった。
八木 そうだ。密かに政府高官・石狩と赫影会の関係を追っていたが、最後の記録が抜けている……と、思われてきた。
千代 (八木を振り返り)思われてきた?
八木 破られた形跡もなかったからな。しかし実は、謙一郎が死ぬ前日のページに、隣のページが付いている状態だった。
千代 (身を乗り出す)何ですって……⁉
八木 わしも今ごろ気づいてな……(最後の日のページを指しながら)石狩、密会──月岡。
千代、目を見開く。
八木 失踪した石狩と、赫影会の頭領・月岡聡十が密会していた。
千代 兄は石狩と月岡が密会する場所を見つけたから、(かすれ声で)殺され……。
八木 千代。お前が月岡に会った時、「殺気を感じなかった」と言っていたな。だが、それが逆に異様なのだ。剣士とは、殺意を根底にひそめており、必ず何らかの気を発している。
その気が感じ取れぬならば、己の気配を消す術さえ身につけているのだ。
奴にとって殺しは特殊な行為ではないのだろう。いかなる状況下においても冷酷かつ残虐、まるで影のような、得体のしれない男。
千代 (震える声で)兄は……そんな男に、殺されたの……?
八木 月岡は赫影会の頭領。
お前の兄は赫影会を追っていた。
そして、月岡の名に行き着いた矢先、殺された。ただの偶然ではあるまい。
千代、しばし黙して目を伏せている。
やがて、何かを悟ったように顔を上げる。
千代 先生。月岡の狙いは私です。
柿本牧師の本を調べ、直感的に細川ガラシャの記録を目にとめたのは、あの男に言われたからです。
八木 やはり……!
千代 私を見て、あの男は「ようやく出会えた」と言いました。
私がガラシャの転生者であることを、突き止めていた。
私の前世の記憶を覚醒させ、自分と同じ高次元の異能者へ進化させて、利用しようとしているのでしょう。
そうであれば、あの晩、私を助けた行動も納得できます。
八木 味方の群れを惨殺してでも、お前を生かしたのだからな。
千代 (うなずく)あの男には、敵も味方もないのでしょう。己の野心を満たすためなら、相手構わず殺し、必要な相手だけを取捨選択してきたに違いありません。
そして、兄も……(声を震わせ)二年前の時点で、月岡は私に目を付けていたのかもしれない。
あの密会は兄をおびき寄せる口実に過ぎなかった……だとすれば、兄は、私のせいで……。(肩を震わせる)
八木、そっと千代の肩に手をのせる。
しばし千代の抑えた泣き声だけが響く。
千代 (これ以上の涙をこらえながら)先生、月岡は、再びやって来るでしょう。私が囮になってもよろしいですか。
八木 愛弟子の願いとは言え、容易には首を縦に振れんな。
千代 (少し微笑み)月岡が信長の転生者だとすれば、ガラシャ一人で勝てるはずないでしょう。
寛太郎の知恵、志乃と眞魚の力があれば、決して敗れません。
先生、許してはいただけませんか。
八木 (しばし千代を見つめたのち)止めても、無駄であろう。いずれにせよ、月岡は今夜にでもここに現れる。全員に集合をかけよ。
千代 はい!
照明が暗くなり、千代にだけスポットライト。
正面を向き独白。
独白の間、背後で場面転換。
千代 にわかには信じがたい。私が、細川ガラシャの生まれ変わり……?
しかしあの夢や、キリスト教への狂おしいほどの憧れに、説明がつく。
私の試練は、前世の肉親が謀叛人だったことによる宿命なのかしら。
だとすれば、この手が血塗られていようと、なかろうと、私には罪を贖うすべがない……?
いったいどうしろと!
千代の頭の中に響く柿本牧師の声 あなたは人を傷つけるために生きているのですか?
誰かを守りたい、幸せにしたい一心で、これまでの生き方を選んできたのではないのですか。
千代 ……そのつもりでした。しかし所詮、自分が許されたかったから。人々の幸せのためではない。相手が悪党とはいえ、私は多くの人命を奪ってきた。
一方で、それによって人々の幸福に貢献できるなら、人を殺した罪が、たとえ消え去らなくとも、少し軽くはなるのでは……と期待していたのです。
しかし、もはや、神に赦されようとするのは分不相応でしょう。
ならば、考えるのはやめます。剣士として、世の安寧のため無心に働くだけ。
涙を流し、斬る夜もあったが、もはや泣く資格はない。兄さん、私はあなたのようには生きられませんが、その志を剣で継ぎます。
無辜の人々を守るため、たとえ私は修羅に堕ちようと、剣を振るうのです。
あなたを死に追いやった、頭領・月岡聡十。
あの男は……私が斬る。
青い照明によって、千代の背後に、八木道場の中庭が見えてくる。
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連載中の戯曲『緋色の桔梗』は推敲を経て、書籍化・文学フリマ販売を目指しています。サポートは制作費に使わせていただきます!※何らかの形で上演をする場合はご一報ください。