戯曲『緋色の桔梗』水色の桔梗:細川ガラシャと父・明智光秀の輪廻転生ファンタジー6
【輪廻しないはずの彼女の魂は、なぜ地上によみがえったのか──罪と赦しのファンタジー】
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イラスト:夏乃まつり様
🔹前回までのあらすじ
明治20年(1887年)・京都。
八木道場に通う少女・坂井千代は、人知れず犯罪者を成敗する“異能の剣士”。
殺しへの罪の意識に苛まれ、すがるように教会へ通う日々、彼女が見始めたのは炎の中で殺される夢──
明智光秀の娘にしてキリシタン・細川ガラシャの記憶らしい。
赤い月が出る夜、秘密結社・赫影会は、歴史上の人物の記憶を持つ異能の剣士を狙い、千代の仲間たちを洗脳。
そこへ、織田信長の転生者と言われる赫影会の頭領・月岡聡十が現れ──。
※残酷描写あり
第二幕第五場:水色の桔梗 ~父の旗~
舞台奥、赤い月を背景に、頭領・月岡聡十が登場。
赫影会の者たちが戦いを止めて、後退する。
聡十 よくやった。十分だ。
赫影会A (かしこまり)もったいないお言葉。八木は道場の奥におります。
千代、聡十に飛びかかる。
赫影会の手下たちはハッとするが、聡十は余裕で距離を取る。
千代 月岡聡十! お前が兄を殺したのはわかっているぞ。ここで仇を取る!
聡十 ──相変わらず、うぶな娘だ。
千代 なっ……私を侮るな!
千代が気合と共に斬りかかる。
激しい攻撃。
だが聡十は、致命傷を避けるように、受けに徹する。
千代 なぜ、戦わない! さぁ、私を倒してみろ! あの日、兄を、血まみれに、したように……私を斬ってみろ!
聡十 (表情のない顔に初めて、若干の苦渋のようなものが浮かぶ)……殺しはしない。俺たちの目的とは異なるからな。
千代 利用しようと言うのだろう、私たちの力を。目的は何だ! 兄の仇に力を貸すくらいなら、ここで刺し違える。
聡十、何かを払いのけるように右手を大きく振る。
ズドンと重い音とともに落雷のような光。
千代、周囲を見回すと、周囲の人間の時間が止まっている。
千代 しまった、時間停止! でも私には、影響がない……?
聡十 (口をわずかに開き、やがて静かに)千代……。
千代 (ゾッとして)私の名を呼ぶな、汚らわしい! どこまで私を苦しめれば気が済むのだ。私を、もてあそんで、楽しもうと⁉
聡十 落ち着け。感情に支配されたものが、真理に行きつくことはない。
千代 師のような口をきくな! 誰のせいで、こんなにも苦しんでいると思っている!
千代が斬りかかる。
聡十は静かに攻撃を受け流す。
やがて一撃が聡十の頬をかすめる。
千代 (動きを止め、肩で息をしながら)なぜ……なの……?
やはり、殺気を感じない……こんなにも、冷たく、重い気配を身にまとっているのに……。
私を、心から憐れむような瞳……
深い悲しみと、あきらめが滲んだ………
(戸惑いながら後退し、石につまずいて転倒しかける) あっ!
瞬間、聡十、ひらりと刀を抜き取り、振るう。
水色の閃光。
千代 (転倒すると思いきや、動きがゆっくりになり、水色の光に守られてよろめきつつ立つ)
水色の閃光の余波が、桔梗となって、ひらひらと周囲にちらばる。
遠くから、少女の唄う声。
千代 (戸惑い)え……?
再び、光のようなものが爆ぜる。
照明が暗くなり、千代にだけスポットライト。
心の中のような空間へ。
千代の声 ……ここは……?
千代の目の前に幼い明智玉が歌いながら登場。
水色の桔梗がひらひらと舞いつづける。
玉の唄
あの人が帰らぬ日に
青い桔梗を摘んで
待て待て
鳥が鳴きやむ夕餉まで
あの人は帰らぬ人
青い桔梗を供えて
呼べ呼べ
影がなくなる夜更けまで
遠くから女の声 玉。もう日が暮れますから、戻っていらっしゃい。
玉 はい、母上。玉は、父上にお会いしとうございます。
遠くから女の声 信長公のために、力を尽くしておられるのです。辛抱して、ご武運をお祈りしなさい。
玉 早くお会いしたいのに……。(微笑んで)玉は、あの水色の桔梗模様が好きにございます。
明智家の家紋、家族の証。
玉は、あの旗をまた、父上に見せていただきとうございます。
照明、赤く変わり、燃え盛る炎の影と、人々のざわめき。
男の声 水色の桔梗……明智の旗印です!

城が崩壊するような重い音とともに、再び夜の八木道場中庭へ。
千代と聡十にスポットライト。
背後に赤い月が見えるが、周囲はやや青く、静まりかえった夜。
千代 (気力を失い、刀を下げる。震える声で)……信長じゃ……ない……あなたは……誰?
聡十 見えたか……遠い過去が。
千代 水色の、桔梗……私が、いや……玉が……好きだった……なぜ、あなたの切っ先から、舞い散ったの……(聡十が何か言いかける)いや、いや! 言わないで、何も。聞きたくない、怖い、もう、耐えられない……。
千代、がくりと膝をついて嗚咽。聡十が無言で見つめる。
間。
千代 (やがてゆっくりと顔を上げ、震える声で一言一言をふりしぼる)私は……細川忠興の妻……ガラシャ。
本来の名は、明智玉子……明智光秀の娘……玉と呼ばれていた。
(おそるおそる聡十の顔を見上げ)父上……?
聡十 (目を伏せて)お前が知る必要はない。
千代 (まくしたてるように)あぁそうなのね⁉ あなたは、明智光秀の転生者。見たんですもの、過去を。
ハッキリと思い出した。武士らしい冷酷さと残虐さに、暗く沈んだ瞳。
それでも私には、あなたの思慮深く慈悲深いまなざしが忘れられない。
今のあなたの瞳は……三百年前と同じです。
本能寺で信長公を討った逆臣。でも私は、あなたが悪逆非道な謀反人だなんて、信じていなかった。
民を思いやり、戦のない世を築こうとしていた、あなたの志を、私は憶えている!(ハッと我に返り、頭を抱える)
何を……わからない……なぜ、あなたが……千代の兄を……待って、私は千代? 玉ではない……あぁ、何も考えたくない!
聡十 混乱するのは無理もない。転生前の記憶が強烈に押し寄せているのだから。過去と現在の記憶、加えて大きく膨れ上がった強力な異能が、今、お前の中を駆け巡っている。
時が経てば治まることだ。……もう、それ以上は考えなくていい。俺が誰なのかについてもな。
千代 でも……父上なんでしょう……。今世では敵……なの……?
聡十 敵と味方という概念は、主観が作り出す幻影にすぎない。重要なのは事実。俺は赫影会の頭領。その事実だけを憶えておけ。
聡十、刀を鞘に納める。
照明が徐々に明るくなり、舞台全体が見え始める。
停止していた人々の時間が戻り、戦闘が再開。
再び人々の怒声と斬撃の音が響き始める。
千代は呆然と刀を降ろしたまま。
やがて失神し、くずおれると、聡十が駆け寄り、彼女の体を受け止める。
聡十 (手下たちに向けて声を張り上げ)もうよい。今日はここで退く。
赫影会A しかし、まだ八木が……。
聡十 構わん。弟子たちを全員覚醒させたのだ。ここで捕獲し、一人残らず連行しろ。八木にとっては痛手になる。
赫影会A 承知。
赫影会Aの合図で、赫影会全員が右手を振りかざす。
異能によって黒い煙幕のようなものが充満し、戦っていた千代の仲間たち──志乃、眞魚、寛太郎を包み込む。
舞台全体が暗くなり、再び様子が見えてくる。
聡十と彼の腕に抱えられた千代以外の全員が、その場から消えている。
聡十 (呟くように)赤き月影宿す者──大義を果たさん現し世で。(道場のほうを見て)案ずるな。弟子たちは、今こそ、あるべき姿で太平の世を築きにゆくのだ……。(影のように静かに退場)
しばしの間ののち、道場から中庭へ八木が登場。
無言で、先ほどまで弟子たちが戦っていた場所を見つめる。
赤い月は徐々に白くなっていく。
やがて八木が月を見上げると、完全に通常の月の色に戻っている。
暗転。
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