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遣唐使物語第3話:長安の酒と友

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「今日は酒場へ行こう。唐の夜をまずは存分に楽しまれよ」
阿史賀咄摩が柔らかな笑みを崩さず言った。一行が案内されたのは、町の一角にある、異国情緒の漂う酒場だった。店に一歩入れば、そこは別世界だった。羊肉を焼く香ばしい匂い。破斯(ペルシャ)の踊り子が奏でる妖艶な音楽。そして、あちこちから聞こえる笑い声と酒の注文。

広麻呂たちは店の隅の席に腰を下ろした。旅の疲れも忘れて周囲をキョロキョロと見渡していると、隣の席から、ひょいと顔を突き出してきた若い男がいた。

派手な刺繍の入った長衣を気怠げに着崩し、片手には葡萄を絞ったという赤紫色の酒を満たした杯を持っている。豊かな口ひげをたたえているが目元はまだ若く、年齢は二十代半ばだろうか。

「おいおい、見慣れない格好だな。どこの田舎から迷い込んできた?」
横にいた見張りの役人が軽く肩をすくめて割り込む。
「東の果ての国、倭国から来た使節の若者だ」

男はニヤリと笑うと、自分の杯を広麻呂の前に突き出した。
「面白い! 俺は趙凌雲という。街では趙七って呼ばれてる。お前、名は?」
広麻呂はどぎまぎしながらも、学んだ唐の言葉を必死に紡いだ。
「船穂……広麻呂、と申します」
「へえ、言葉が喋れるのか。感心じゃねえか! 広麻呂か! 硬い名前だな。よし、まずは飲め。ここ以外じゃ飲めない代物だ」

広麻呂は恐る恐る口をつけた。

「……っ!」

甘酸っぱく、喉を焼くような強烈な味わいに、思わず目を丸くする。倭国の酒とはまるで違う、果実の芳醇さと鋭い熱さを持った異国の味だった。それが滑稽だったのか、趙七と名乗った男は腹を抱えて笑った。
「ははは! いい顔だ。おい、広麻呂とやら。この都へ来て、お前は何を成すつもりだ? 商売か? それとも単なる見物か?」
旅の疲れと、少し回る頭。それらが混ざり合い、広麻呂はおそるおそる口にする。
「……私は、唐で勉学に励み、ゆくゆくは科挙に挑戦してみたい」
周囲の喧騒が、ほんの一瞬、止まったような気がした。

「科挙だと?」

趙七が瞬きをした瞬間、広麻呂は反射的に身構えた。船上で仲間たちから浴びせられた冷酷な嘲笑が、一瞬にして脳裏をよぎる。また笑われる、そう思った。

案の定、趙七は心から楽しそうに吹き出した。
「わっははっ! ははははは! 最高だ! 異国の、それも若造が唐の官僚を目指すだと? これは面白い。はははは!」
嘲りではない。底抜けの面白がりようだ。趙七は杯を叩きつけて笑い、最後には涙まで浮かべている。「いいぞ、広麻呂! 実に面白い。堅苦しい連中ばかりの長安で、これほどイカれた夢を語るやつには久しぶりに出会った。……よし、決めた!」
趙七は立ち上がり、広麻呂の肩を力強く叩いた。

「俺が長安の歩き方を教えてやる。科挙に受かるかどうかは知らんが、まずはこの俺が都の裏も表も叩き込んでやるよ!大明宮の役人の弱みから、西市の裏ルートまで、俺に知らないことはねえんだぜ?」広麻呂は、趙七の愉快な笑顔を見て、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「……はい! よろしくお願いします!」

その夜、趙七に連れ回されてどれほど美味い酒を飲み、見たこともない異国の美女たちに囲まれてどぎまぎしたか、鴻臚寺から手配された宿にどうやって帰ったのか。
広麻呂が床につくころ、酒で微睡む広麻呂の脳裏を、初めて見た長安のきらびやかな情景とともに、長い一日のありとあらゆる記憶が押し寄せ、何が何やら定かではなかった。ただ、胸に宿った「この都でやっていける」という確かな高揚感だけが、心地よい頭痛とともに確かに残り、広麻呂は目を閉じた。

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