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わたしにとっての、善い事と悪い事

善悪とはなんだろうか
人間だけの主観や価値観?

けれども、自然の中でも命をかえりみず
助け合う動物達もいる

わたしには、それが善い事のように見える

そう思いたいだけ

なのかもしれないが…



わたしだけかもしれないが

A「コレは良い事だよ」

B「いや、こんな見方をしたらコレは悪い事だよ」

C「う〜ん、けどこうだったらコレは良い事では?」

どっちなんだ

そもそも、それは絶対的なものではなく
正解が出ないものなのではないか
と感じる事がたまにある

なので、まずは
良い事と悪い事とは何だろうかと考えてみる

一般的に語られるのは
人間的に(社会的に)、という事だと思う
わたしは自分で分かりやすくするために

わたしにとっての善悪の基準を
善い事と悪い事として
漢字を分けて考えている
わたしにとっての善い事悪い事
これは社会的にという意味とは
また別である

社会で生きる上での良い事悪い事というのは
日本で義務教育を受けて育てば
日本の社会の中で逸脱することは少ない
と思うが

育ってきた環境によるところが大きいだろう

とりわけ
良い事をした、悪い事をしたというのは
およそ社会のルールに則したもので測られる

盗みは悪い、暴力は悪い
(もちろん悪い)
こういった事も
人間主観、社会的な目線で見られたものだ

でなければ、盗むと言っても
誰の所有物かというのは
人間が決めている事だろう

ヤギのエサとなる草を意識するだろうか
その蛙は蛇のエサだと意識するだろうか
その豆は鳥の
もういいだろうか

川の水も大地(土地)も誰々のものだと決めるのは
人間だが
それが悪いとは思わない、わたしはその社会の中で
生かさせてもらっているからだ
わたしは、何か正しそうな考えを
述べたいわけでは無い

自分の思考を整理し
疑問を自分なりに紐解きたいのだ
その事が、誰か1人でも同じ疑問を持つ
誰かの何かになるのならば嬉しいと思い
こうして今日も綴っている

逸れている
逸れているぞ
話を戻そう

暴力はダメだといいながら
魚を活け造りだ
害のある虫がいたら、躊躇なく攻撃する

ねずみを狩ってくる猫に対して
この猫はなんて悪い事をしたんだと
嘆く人は稀だろう
わたしの勝手な主観だが

子供は素直だ
よく、なんで人を殺してはいけないの
という難問をつきつける事がある

これに答えづらいのは
視点によって見方が変わるからだと思う
(またいつか、この事に関しても書くかもしれない)

では、視点を変えて見よう
生き物の命を絶つ事は社会的には悪い事だが
魚を殺す事は悪い事か
食べる為に釣りをする人は悪い事をする人なのか
その食材を笑顔で囲む家族は悪いのだろうか
わたしにはそうは思えない
いや、そう思いたくない
が適切かもしれない

いったい何がわたしの見方を変えるのだろう
釣った小魚をエサに大物を狙う
人によっては小魚がかわいそうだと言うだろう
わたしはそれらが、単なる人それぞれの主観だと
思っていた


わたしはどんな世界に居たいのか

ナマステーの記事で少し書いたが

自分がどんな世界にいたいのかを
問われた時に
争い合う世界か争いがない世界か
極端な二択に迫られた

なぜかというと
人間は欲(煩悩)で出来ている
といわれているからだ

過去の記事で、それは
自分の心が
自分の事を見ているか(内を見てるか)
自分以外を見ているか(外を見てるか)
と書いた事がある

それは、心が内(自分)を見れば欲に生き
外を見れば欲に生きてない
言葉では的確には言えないが

目の前の相手を別に見るか
一緒と見るかとも言える

つまり、対立か尊重か
それが、争い合う世界か争いがない世界か
の二択になる理由だ

わたしが自分の事しか
考えられなかった時
わたしの行動を見ていた人から
心が痛まないのかと
言われた事がある

理屈っぽいわたしは
心で感じる事より
頭で考えた良い悪いに囚われていた
その時のわたしには分からなかった
言葉で教えてほしかった
しかし、それは心で感じるものだ
伝える事は簡単ではないだろう

それに、心が痛い事があったから
頭で考えるようになった憶えもある

それはどちらでもいい
その全てが今のわたしを作っている
今のわたしを肯定すれば
今までの事も
無駄な事は1つもなく
また、全てが必要だったとも言える


わたしにとっての善い事悪い事

わたしは何をもって善い事悪い事を
見ればいいのだろう
そんな思いに駆られた

わたしはどうしたいのか

分かっている事は
わたしは、争い合う世の中に
いたいとは思わない、という事だ

ということは争いが少ない世の中に
なっていく事を望んでいる

なので、わたしにとっての善い事は
尊重するという事だ
それは、人間だけに限らず
全ての事に対する気持ちだ

言い方を変えれば
存在を認める(心を外に向ける)とも言える

食べ物を食べる事も
その存在があるから
美味しく食べる事が出来る
存在してくれている事に感謝したい

食べられた方は嫌だったかもしれない
海で生きる魚だったならば、海の中で
自然に死にたかったかもしれない

しかし、こうも考えられる

漁師さんに苦しまずに一瞬で締められ
凄く丁寧な料理人に余すところなく調理され
沢山の人から美味しい美味しいと食べられ
とても良い魚だった!と言われたら
喜ぶかもしれない

自分が魚として生きてきたのは
この為だったのか、良かった
と思うかもしれない
(わたしの自分勝手な妄想だ)

そうだ、それが本当かどうかは分からない

だからこそ
わたしはそうであって欲しい世界に
生きていたい

自分は何の為に生まれて来たのか
自分という存在は何なのか

死んでいったものが
自分が生まれて来た事には
意味があった
生まれてきて良かった
と思える世界で
生きていきたい

それは、生物だけに限らない
生きている生きていないも
関係は無い
そこに存在があれば
存在に感謝したい

それは、人間の目に見えない空気で
あってもだ
見えないからといって
そこには酸素も窒素も
存在していないわけではない

物質が存在しないのは真空の状態だ
それも本当に何も無い絶対真空は銀河の果て
の果てにあるかどうかだったと思う
つまり、わたしのまわりに何かはある
わたしはこの世界と絶えず繋がっているのだ

わたしが自分の事しか見ていなかった時
わたしと世界の繋がりは全て絶たれようとしていた

食べ物は受け入れられず
無機物は痛みを感じないからといって
壁を蹴り、地面を叩き、物を粗雑に扱い
空気さえも、何故こんなに酸素が薄いのかと
文句をつけた

社会的には、どのくらい悪く見えるだろう
大悪人だろうか、それとも悪くは見えないだろうか
だが、対立という視点で見れば
自分と自分以外との対立はこの上ない
と感じた

本題とは関係ないが
頭で考えるというのは、気が上がった状態だ
考え事が多くなると息が浅く早くなる

わたしが、息苦しいと感じたのはその為だろう
息は
自らの
心と書く

自分の事だけ考えていたわたしは

自分の心が苦しかったのだ
それは、体と密接にリンクする

逆に何も考えない、リラックスした状態というのは
考えるではなく、感じる事が出来る
これは、気が下がって落ち着いているので
息が深くゆっくりと出来ているからだ

気が通うというのは、自然と繋がり合うという事
だと思う
何が繋がるのだろうか

上に述べたように
自分が自然と、息によって深く繋がるのだ
自然と1つになるから安心(心が安らぐ)する
(繫がりが無ければ孤独となり不安になる)

なので繋がると、自分以外の事がよく見える
ようになる


わたしとわたし以外を別(対立)に見ていた時
繫がりは浅かったと感じた
食べ物も空気もわたしに入って来てはくれないのだ

いや、わたしが拒んでいた
という事だ

では最後に
わたしにとっての悪い事は
対立する事、という事になる
だろうか

たしかにそうだ
逆に見れば対立する事は悪い事
という事になる

しかし、分ける事が対立なのだ
全てに対しての尊重ということは
対立という言葉も
尊重するという事になるだろう

対立があるから尊重がある

存在してくれてありがとう

いよいよ頭がおかしく見えるかもしれない
ゼハハハハハ
これでは黒ヒゲではないか

ただ、わたしの中ではおかしくないのだ

良い事は良い事を
善い事は善い事を
尊重は尊重を引き寄せる

ご存知かもしれないが、引き寄せの法則だ

考え(思考)ではない
自分の状態が、それらを引き寄せる

わたしは善い事を引き寄せたい
自分の状態が善い事が、心を外に向ける事
繋がるからだ

なので、自分の状態が善い事が
とても大事なのだと感じる


そして、分ける事そのものが
対立を生む、と言った

わたしは自分がどうしたいのか
という問いに

尊重していきたいという想いを持った

それがわたしにとっての善い事だからだ

わたしにとって悪い事は無い

悪い事が無い
事がわたしにとって善い事だからだ


最後まで読んで頂きありがとうございます


表現上、文中に断定していたり主観が強いところもありますが
読み物として楽しんで頂けると嬉しいです

また、あくまでわたしにとってであり
人の生き方やあり方また考え方に正誤を
つけるものではありません
ただ、わたしが読みたいから
過去のわたしが読んでくれたら
そんな想いで書きました



自分にやってくる出来事に対して
物事には良いも悪いもない
物事がただあるだけ

良い事と悪い事はその物事を受け取る人が
自分にとって良いか悪いかを
分けている
という話を聞いた事がある

わたしはその話を聞いてから
自分の中の善悪を見つめなおした

わたしにとって
何が善い事なのか
何が悪い事なのか
(社会的にではなく)

しかし、考えても答えは出ない
ので
心で感じる事にした

わたしが考え事もなく、リラックスして、楽しく
過ごせるのはどんな時だろう
息を深く吸い込み、自然と繫がり合っているのは
どんな時だろう

冷たい風を防いでくれる壁に
重い自分を支えてくれる地面に
今日もわたしを生かしてくれる空気に
意識を向け、感謝している状態の時だ

何か良い事をしているわけではない
けれども、それは
わたしにとっては善い事なのだ

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