時代違いの相談室 其ノ九「祖父は、届かない手紙を今も書き続けています」他四通
皆様、御機嫌如何です。
「時代違いの相談室」では、
少し昔の相談員に、
今の悩みを読んでもらっています。
時代が違えば、
言葉の重さも、
不安の置き方も、
少し変わるようです。
本日は、
「祖父は、届かない手紙を今も書き続けています」
他四通にお答へ致します。
それでは、開室いたします。
一通目
「やりたいことが見つからず、周りの人だけが輝いて見えます」
(ペンネーム)まだ途中の駅 23歳 女性
販売職
相談
やりたいことが見つかりません。
友人は転職や資格の勉強を始め、みんな自分の道を進んでいるように見えます。
私は何も決まらないままで焦ります。
回答
あなたは道を探してゐるのではなく、他人の道を眺め過ぎてゐます。
人の暮らしは、己の足元を見失ってゐる時ほど、よく光って見える。
「やりたいことがない」と申して立ち止まりながら、人の成功だけを数へる。
それでは心が痩せるのも当然です。
大きな志など、初めから持たぬ者の方が多い。
今日の務めを済ませ、気になることを一つ試しなさい。
他人を羨む暇を、自分の一日に返すことです。
焦りを抱いて座ってゐるだけなら、それは悩みではなく執着であります
(僧侶・宗教家)
やわらか返信室より
人の近況を聞いた帰りだけ、自分の生活が止まって見えることがあります。
翌朝には、また昨日の続きが始まります。
二通目
「いつも自分の鼻のてっぺんが視界に入ってきて気になります」
(ペンネーム)窓ぎわの鉛筆 16歳 男性
高校生
相談
最近、自分の鼻のてっぺんが視界に入っていることに気づきました。
授業中でも電車でも気になります。
この先ずっと気になるのでしょうか。
回答
昨日まで無かった鼻が、今朝突然生えた訳ではありますまい。
鼻は以前からそこにあり、君の目も以前から見てゐた。
変はったのは、鼻ではなく君の意識です。
人は一つを「気になる」と決めると、律儀にそればかり見つけます。
時計の音も同じことです。
されば、鼻を消す方法など考へぬが宜しい。
そのうち別のことに気を取られます。
人は自分の鼻さへ忘れて暮らせるから、どうにか世間を歩いてゆけるのであります。
(作家・文士)
やわらか返信室より
時計の音のように、一度気づくと急に大きくなるものがあります。
三通目
「友人関係が狭く、一人になると孤独に耐えられません」
(ペンネーム)水曜日のベンチ 45歳 女性 自営業
相談
昔から友人が多くありません。
気軽に連絡できる二、三人が忙しくなると、急に一人になったように感じます。
回答
友人の人数を増やせば孤独が消える、とは限りません。
御相談では、交友の狭さより、一人になった時に暮らしまで閉じてしまふことの方が気になります。
人と話すことは大切です。
然し、それだけを心の支えにすると、相手が忙しいだけで自分の一日まで空になる。
先づ、食事と睡眠を崩さず、外へ出る用事を持つことです。
親友を十人作る必要はありません。
心は、交友の数だけでなく生活のリズムにも支へられてゐます。
(医師)
やわらか返信室より
誰にも予定を聞かれない休日は、朝が少し長く感じます。
それでも、外へ出た午後が悪くない日もあります。
四通目
「一年間だけ自由に使えるなら、と考えてしまいます」
(ペンネーム)余白の予定表 30歳 男性
会社員
相談
一年間だけ仕事も学校も休んで自由に使えるなら、何をするだろうとよく考えます。
旅行も勉強もしたいし、何もしないで暮らしたい気もします。
回答
一年の自由を論ずる前に、昨日の一時間を何に使ったか申し上げてみなさい。
自由が無いのではありません。
立派な形で与へられなければ使へないと思ってゐるのでせう。
然し「一年休めたなら」と棚へ上げておく限り、何一つ始まりません。
一年とは、今日の三十分、明日の一時間を積み上げたものです。
今の生活を変へる覚悟もなく、架空の休日だけを眺めるのは、責任を負はず別の人生を夢見てゐるだけです。
読みたいなら今夜読み、旅をしたいなら次の休日を決めなさい。
一年を欲しがる前に、一日を扱へる人になりなさい。
それが出来ぬ者には、自由が増えても何も増えません。
(教授・教育者)
やわらか返信室より
長い休みを想像しているのに、
本当に欲しいのは、目覚ましをかけなくていい朝だったりします。
五通目
「祖父は、届かない手紙を今も書き続けています」
(ペンネーム)引き出しの切手 26歳 女性 図書館職員
相談
九十を越えた祖父は、年に何度か決まった頃になると、古い便箋に手紙を書きます。
封筒には入れますが、切手は貼らず、机の引き出しにしまいます。
誰宛てなのか、私は知りません。
一度だけ「届かないところだから」と言いました。
昔のことを尋ねても、祖父はあまり話したがりません。
なぜ今も書くのでしょうか。
そのことを聞いてもよいのでしょうか。
回答
御祖父様が誰へ書いてゐるのか。
こちらで決めることは出来ませんし、決めるべきでもありますまい。
手紙は相手へ届けるものです。
然し長く暮らしておりますと、届けるためだけには書けぬ手紙もあるのでせう。
言へなかったこと、忘れぬため、今日まで生きたことを書く人もあるかもしれません。
それが御祖父様の理由だと申すのではありません。
ただ、届かぬから無意味とは限りません。
人には、家族にも説明せず守って来た時間があります。
近しい者だからこそ、戸を開けずに待つことも必要です。
聞くなら「誰に書いているの」と答えを求めず、
「また書いていたね」とだけ申してみては如何でせう。
話したければ話されます。
話さぬなら、その沈黙をそのまま置いておく。
家族とは、すべてを知ることばかりではないのであります。
(婦人記者)
やわらか返信室より
家族だからといって、昔のことを全部知っているわけではありません。
何度も見かけているのに、誰宛てなのか聞かないままの手紙もある。
机の引き出しにしまわれた封筒を見て、
「今年も書いたんだな」と思うだけの日もあります。
聞けば答えてくれるのかもしれない。
でも、聞かないまま隣にいることもできる。
長く一緒に暮らしていても、その人にしか分からない時間は、少し残っているのだと思います。
個人的に思うこと
人は、今ここにないものの方を、よく見てしまう日があります。
まだ見つからない道も、誰かの時間も、答えの出ないことも。
それでも毎日は、こちらの考えがまとまるのを待たずに続いていきます。
別の相談も届いております。
📖人付き合いの中で、少し気になった言葉の話
📰やわらか返信室が見つけた、小さな人間観察の記録
🌙暮らしの途中で、ふと立ち止まった日の話
📮昔の相談員が、現代の悩みに答える話
・筆者紹介
宜しければ、そちらもお読みください。
思い当たることが、一つくらいあるやもしれません。
閉室前にひとこと
昔と今では、
言葉の形も、
人との距離も、
随分変わったようです。
それでも、
人が何かに語りかけながら暮らしていることだけは、
昔も今も、
あまり変わっていないのかもしれません。
それでは、本日はこの辺で。
また次回、開室いたします。
皆様、御機嫌よう。
では失禮致します。
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