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其ノ二 「返したい気持ちはあるのに、言葉だけがまとまりません」他四通

皆様、御機嫌如何です。

「時代違いの相談室」では、
少し昔の相談員に、今の悩みを読んでもらっています。

時代が違えば、言葉の重さも、
不安の置き方も、少し変わるようです。

本日は、「返したい気持ちはあるのに、言葉だけがまとまりません」他四通にお答へ致します。

それでは、開室いたします。


一通目
「相談されると、つい正解を言いたくなります」

(ペンネーム)月見坂一郎 50代 男性 
会社員

相談

職場や友人から悩みを聞くと、つい「こうした方がいい」と言ってしまいます。

自分では親身になっているつもりなのですが、あとから考えると、相手はただ話を聞いてほしかっただけかもしれません。

黙って聞く方がいいのでしょうか。

回答

人の相談を聞いて、直ちに答を出さうとなさる。

少々、先生になるのが早過ぎるのであります。

相談する者が、いつも解決を求めてゐるとは限りません。

自分の考へを口にして、初めて自分で分かることもある。

そこで先回りして答を置けば、相手は考へる機会まで失ひます。

助言を求められたなら、あなたの考へを申せばよい。

求められてゐないなら、先づ最後まで聞くことです。

人を助けるとは、自分が正しい答を持ってゐると示すことではありません。

時には、口を挟まぬことにも修養が要るのであります。
(教授・教育者)

やわらか返信室より

誰かの話を聞いていると、途中で「それならこうすれば」が浮かぶことがあります。

言いたいことを一度飲み込んで、相手が続きを話すのを待つ。

聞く側にも、少し待つ時間が必要なのかもしれません。

二通目
「返したい気持ちはあるのに、言葉だけがまとまりません」

(ペンネーム)うまいもん横丁 30代 男性 自営業

相談

返したい気持ちはあるのですが、LINEを開くと何を書けばいいのか分からなくなる時があります。

短すぎると冷たく見えそうで、長すぎても変な気がします。

考えているうちに時間だけ過ぎて、そのまま返せなくなることがあります。

回答

返事一つに、随分立派な文章を書かうとなさるのですな。

短ければ冷たい、長ければ重い。

そこまで両側を気にしてゐれば、言葉も身動きが取れなくなりませう。

人の心は、文章の長さだけで量れるものではありません。

少々不格好でも、「返さう」と思った時の言葉には、その時の温度があります。

七分ほど整ったなら、残り三分は相手との付き合ひに預けてしまふことです。

何でもきれいに言ひ切らうとすると、却って人間の言葉から遠ざかることがある。

手紙も会話も、少しくらゐ余白がある方が、人らしいものです。
(作家・文士)

やわらか返信室より

文章を打って、消して、また少し変える。

そうしているうちに、最初に書いた一文がいちばん普通だった気がしてくることがあります。

返事が難しくなったというより、自分で難しくしている夜もありそうです。

三通目
「久しぶりの友人に会うと、昔の自分に戻ってしまいます」

(ペンネーム)改札前の十年 42歳 女性 
会社員

相談

学生時代の友人と久しぶりに会うと、なぜか昔の自分に戻ります。

普段なら言わないような冗談を言ったり、昔と同じ役回りになったりします。

楽しいのですが、帰宅すると少し不思議な気持ちになります。

今の自分と昔の自分は、どちらが本当なのでしょうか。

回答

どちらも、あなたなのでせう。

人は一枚の着物だけを、生涯着て暮らすものではありません。

家にゐる時、仕事をする時、古い友と会ふ時。

相手によって少しずつ違ふ顔を持つのは、不自然なことではないのです。

昔の友人と会へば、その頃の言葉や笑ひ方まで戻ってくる。

それは、今のあなたが偽物だからではありません。

長く付き合った人の前には、昔の自分もまだ席を残してゐるのでせう。

帰り道で少し妙な気持ちがするなら、それもまた、年月を重ねた証拠です。

昔の自分を追ひ出さず、時々会わせてやれば宜しい。
(婦人記者)

やわらか返信室より

何年ぶりでも、会って十分ほどで昔の呼び方に戻る友人がいます。

駅で別れて一人になると、さっきまで使っていた言葉が急に古く感じられる。

人には、相手と一緒に保存されている自分もいるのかもしれません。

四通目
「会話が終わりそうになると、少し焦ります」

(ペンネーム)神戸のマイケル 30代 男性 営業職

相談

LINEの会話が終わりそうになると、なぜか少し焦ります。

もう話すことはないのに、別の話題を足したり、意味のないスタンプを送ったりします。

会話が終わるだけなのに、相手との関係まで少し遠くなるような気がします。

回答

会話が終はることと、縁が終はることを、少々近く考へ過ぎてゐるのでせう。

昔の便りなら、一通出した後は何日も何もない。

それでも、縁のある者とはまた便りを交はしました。

今は言葉が続けられるだけに、止まることの方が不自然に見えるのかもしれません。

然し、間のない付き合ひは息が詰まります。

話すことが尽きたなら、そこで終へればよいのです。

また話したくなれば、その時に始めればよい。

縁まで確かめようとして言葉を足し続ければ、会話そのものが重くなります。

人付き合ひにも、黙ってゐる時間を置く場所が要るものです。
(僧侶・宗教家)

やわらか返信室より

話題はもう終わっているのに、最後のスタンプだけが二つ、三つと続くことがあります。

どちらが先に画面を閉じても、たぶん何も起こりません。

それでも最後にもう一つ置きたくなるのが、人付き合いの少しおかしなところです。

五通目
「頼まれていないのに手伝って、感謝されないと少し腹が立ちます」

(ペンネーム)元気不足評論家 30代 女性 パート勤務

相談

職場で忙しそうな人を見ると、頼まれていなくても手伝うことがあります。

その時は自分からやっているのですが、相手から何も言われないと「ありがとうくらい言ってくれても」と思ってしまいます。

勝手に手伝ったのは自分なのに、腹を立てるのはおかしいでしょうか。

回答

少々厳しく申します。

頼まれてゐない仕事を自分で引き受け、その礼まで相手に求めるのは、勘定の付け方が違ひます。

あなたが手伝ったことと、相手が感謝を示すことは、別の事実です。

礼を言はれれば嬉しい。

それは当然でせう。

然し、「親切にしたのだから、感謝されるべきだ」となれば、親切の中へ知らぬ間に請求書を入れることになります。

手伝ふなら、自分が必要だと思ったから手伝ふ。

礼が必要なら、最初から相手の求めを確かめる。

この二つを混ぜてはいけません。

善意で始めたことほど、後から勝手に義務へ変へぬことです。
(法律家)

やわらか返信室より

「別にお礼がほしいわけじゃない」と言いながら、何も言われないと少しだけ引っかかる。

そんな時があります。

人の親切には、ときどき本人にも見えていなかった小さな期待が、一緒についてくるようです。

個人的に思うこと


人と付き合っていると、自分でも知らなかった気持ちが後から出てくることがあります。

聞いているだけのつもりが、答えたくなったり。

手伝っただけのつもりが、少し感謝を待っていたり。

会話をしていただけなのに、終わるのが寂しくなったり。

最初から全部分かっていれば楽ですが、人はたぶん、誰かと関わってから自分の中にあったものを知ることの方が多いのでしょう。


別の相談も届いております。


📮人付き合いの中で、少し気になった言葉の話


📰やわらか返信室が見つけた、小さな人間観察の記録


🌙暮らしの途中で、ふと立ち止まった日の話


📮昔の相談員が、現代の悩みに答える話


筆者紹介

宜しければ、そちらもお読みください。

思い当たることが、一つくらいあるやもしれません。

閉室前にひとこと


昔と今では、言葉の届く速さも、
返事を待つ空気も、随分変わったようです。

それでも、「ちゃんと返したい」と思い過ぎて疲れる気持ちは、
案外昔から変わっていないのかもしれません。

それでは、本日はこの辺で。

また次回、開室いたします。

皆様、御機嫌よう。

では失禮致します。


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