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そこにある環境に応じた暮らしを研究する

「日本のあちこちで仕事してきたけれど、やっぱり最後は地元がいい。だってここの水が一番美味いから」
 小樽でタクシー乗ると、運転手さんがしみじみと地元愛について語ってくださった。子供の頃から馴染んだ水って、きっと細胞レベルで自身に馴染むのだろう。

 それは分かる気がする。

 ヨーロッパでは就職や結婚を機に国境線を越えて地元を離れることが多く、「故郷と今の暮らし、どちらが良いか」というアンケートを取ったところ、「故郷を越える場所なんて無い」という回答が多かったらしい。

 それには全くの同感である。


気候風土に合わせた暮らし

 日本人は世界的にも多様な環境を有する国で、生物多様性の面でもホットスポットだと評価されている。そしてこの国に暮らす人々は、その土地土地の気候風土に合わせて、理に適った暮らしをしてきた。

 けれども利便性や経済効果の名の下に開発が進み、画一的に変化した環境で生きることを強いられてもきた。そのことで生身の人間が受けるインパクトについては、もう多くの人が身をもって知っているはずだ。

 私としては変わってゆく故郷の街の姿、消えてゆく生き物たち、そういったことに焦燥感を覚えたし、無闇に奪わないでほしいと叫びたかった。けれども「環境問題」と名のつくそれらは、実際に社会の構造的な環境によって雁字搦めで、糸口をつかめても解くことは難しい。

 だからこそ自分が暮らす町特有の財産(歴史・文化・自然)に注目し、その土地にだからこそ得られる暮らしの価値に興味を持つ人が増やす。

 そうすれば、自分の町での暮らしをより快適にするには何に注目し何を守ってゆけば良いか考え、そして行動する原動力とムーブメントが生まれる。

 それこそが「ほんまもんの民主主義では?」なんて思い至ったってわけ。

「地域」に注目する理由

 だから地誌と民俗を辿る在野研究を始めた。正確には自分がやろうとしていることを無理矢理にでも言語化すると、そういうことだと思う。

 無秩序に開発され変容する故郷ついて考える中で、他の地域に視野が広がったのは、ある種の自然な流れだったのかもしれない。内側と外側の両方から故郷を眺めてみる。他地域と比較する。それを研究手法として地誌(地域地理)に注目し、個人で自由に研究しようと心に決めた。

地誌学(地域地理学, regional geography)
特定地域(国、地方、都市など)に注目し、自然環境(地理、地形、地質、水文、植生、気候など)と人文的要素(文化、歴史、経済、暮らしなど)の相互関係から地域全体を考察し、その地域の独自性を見出す地理学の一分野

 本来、人の暮らしは「都市生活」とパッケージされたものを受け取るものではなく、その土地特有の自然環境(地形、気候など)に応じて人文的要素(文化、歴史、経済など)が形成される。

 ならば元々は日本の各地に、そこにある環境に応じた暮らしがあったはず。つまるところ、そこに暮らす人が主体となって作り上げてきたもの地域性と呼ぶのだろうと。

 昨今、各地で移住者を呼び込んだり、まちづくりや地域振興といったキーワードで盛り上がっている様子。それらは一体何を目指しているのだろうという興味もあるけれど、私が「地域」に注目するのは、その土地に観光客を誘致したり移住を推進したりする訳ではない。

 せめて私の文章を読んでくれた方くらいには、読んでくれた方ご自身が暮らす町に各々目を向けるきっかけになれば。

 繋がりすぎた時代よりこの先、日本だけでなく世界中で自分の故郷や暮らしの場に眼を向ける風潮が高まってゆく、ある意味で回帰するような現象が広がってゆくのではないか。

 そんな未来予想図を想像しながら書いている。

人間は土から離れては生きられない

 自分の故郷の町が開発の波に飲み込まれてゆく。

 その加速度的な変化について、なす術もなく指を咥えていることは到底できず、「儲からない」が定説の環境工学の道を選んだことは、決して間違いではなかったと思う。
 少なくとも自分の心に対して誠実な選択だったのだから。

 あえて故郷を離れることを選び、大学では自然界の水や炭素の循環、人間社会における物質の製造・開発から廃棄後の処理プロセスなどを中心に学んだ。その合間に、他学科の都市計画や国際協力の授業にも潜り込んだ。
 景観ランドスケープデザインや生態学にも興味があって、専門書が何気なくゴロゴロとある大学図書館はパラダイスだった。もっと時間が欲しかった。

 そんな大学時代を通して、注目すべきはやはり自然環境と人間社会の相互作用、そして|境界《バウンダリー》の理解そう悟った。

 そして何より「環境(問題)」とビジネスは並列には結びつかない、と。

経済的に豊かであれるのは、豊かな自然資源があるからこそ。
自然環境は投資の対象でありこそすれ、ビジネスの材料ではない。

 未利用資源(あるいは廃棄物)から何かを作って採算が取れるか。
 それは自身の研究テーマでもあったけれど、結局、可能か不可能かの先で「儲からない、採算が取れない」の議論になるのはツマラナイ。
 儲かるか否かで環境問題に取り組む価値の有無を議論するのは、愚かで浅はかでナンセンスなことだ。

 だから結局のところ研究機関でも企業でもなく、巡り巡って個人という立場で書くしかないという結論に至った。

 それで如何にして生きて行くか。
 それが問題である。

在野研究の研究費を確保するために

 「研究」は元々は資産を持つ貴族や王宮を中心に行われていたもの。画家などと同じくパトロンでもいない限り、一般人は研究どころか生活自体が破綻する。
 けれど今後クラウドファンディング型研究はそう珍しいものではなくなるはずだ。

 淡々と吸い上げられる税金が公的資金(科学研究費)として振り分けられるものの、自分の納税がどのような研究に繋がっているかを実感している方はどれほど居るだろう。
 もちろん、その構造だからこそ可能となる研究もあり、それは日本の研究環境の強みであることは事実。だが、興味のある研究を直接支援できれば、学問や研究を誰にでも身近なものにする足がかりになる。

日々の生活に溶け込む応援のカタチ

 とはいえ現実的にはクラウドファンディングで応援したくとも、まとまった額を出しづらい。私はそんな経験が何度もあった。自分の生活でさえ苦しいのに、
 だからもっと小さく、日々の生活に溶け込む応援の形を模索した。

 それで思い至ったのがAmazonアソシエイト・プログラムだ。

 例えば日用品などを普段からAmazonで購入されている方であれば、このアカウント内のAmazonリンクを入口にAmazonショップへ入ってご自分の買い物をしていただければ、私に紹介料が配布される。
 そういう仕組みで、間接的にではあるものの、支援のための金銭的負担なくご支援いただくことができる。

(例えばこんなリンク。以下は私が愛用している測量野帳)

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ある里のFIELD NOTE

 何よりnoteという場では、メンバーシップこそがクラウドファンディングに相当するだろうか。

 まだ記事が少ないものの、徐々に限定記事を増やしてゆく。 

 以下の記事に概要を記したので、ぜひご覧になってほしい。
 願わくば、充分と言うに及ばずとも、「読みたい」「支援したい」そんな気持ちを持ってくれる人がいるだけで糧になる。

綺世界探訪のメンバーシップ『ある里のFIELD NOTE』は

・観光やビジネスではなく、自分が暮らす土地とその環境に目を向けること
自分の暮らしを足元から見直すこと
それが精神的にも経済的にもバランスが取れること
巡り巡って環境にまつわる諸問題解消のムーブメントにしていくこと

そんな風に実践的に考えたい人のための場です。
どうぞご贔屓に。

それではよろしくお願いします。

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