雨、世界遺産づくしの奈良の週末
『飛鳥・藤原の宮都』の世界遺産一覧リストへの「記載」勧告から一夜明けた日曜日、奈良へ行ってきました。奈良県民ですが。
おそらくこれは「『奈良』以外の奈良」に暮らす者にとって当たり前の物言いだ。「元々、奈良におるやん!」と家族や友人から突っ込まれたことは無い
お目当ては『吉野・大峯』展。奈良国立博物館へ向かいます。
ご当地焼印あんぱん
毎度、会期が始まったらソッコー行こうと思うのに、何かと予定が詰まって結局、最終日。雨と混雑。
そんな時には生駒駅名物の「生駒あんぱん」が欠かせません。

以前、チラリとこの記事にも登場した、ご当地焼印あんぱんです。
今回、「生駒クリームあんぱん」なるものを見つけて早速。

古都奈良の地下ダンジョン
この日の奈良の地下ダンジョンも、観光客や修学旅行生で賑わっておりました。いつもの風景です。
最近、駅近くの道路(車道や大きな交差点)まで鹿が来てしまうのは、駅から東大寺方面へと延びる登大路の途中で鹿せんべいをあげちゃうから、というのも一つの要因なのかなと思ったり。
鹿との共生空間は奈良の町じゃなく、奈良公園だと思うのだけど、昨今は認識が曖昧になりつつあるのかも知れません。
鹿せんべいは公園であげてくださいね。
登大路のシダ
そして登大路に生える樹木はシダとも共生しています。樹木がそう望んでいるかは知らないけれど。
このシダの群生はなかなか素敵なので、時折見上げてみてください。

奈良の鹿は風景の一部にして、立体感のある動く障害物。これを華麗に躱わせてこその奈良県民でございます。

そういえば、鹿に追いかけられる人、ちょっかいかけられる人って、たいてい特徴ある挙動をとるのだけど、まあその話はまた今度。
吉野・大峯展
さて、目指すは奈良国立博物館の東西新館です。
(金峯山寺の仁王像は仏像館の方に展示されています)
2F展示室での撮影は禁止。
ここでの展示は大体いつもそう。けれど、それで良いと思う。
今時は生成AIで写真を遊んじゃう人もウジャウジャ居るわけだし。常設展示ならまだしも、企画展や特別展では混雑の原因にもなるから、写真を手元に残したければ公式の図録を買えばいい。
生成AIの台頭により、あらためて紙に残すことの価値が見直されるんじゃないかなあ。
役行者と前鬼・後鬼
この時代の仏像たちは愛嬌のある表情のものが多く、親近感が湧きます。
とりわけ仏像愛好家というわけでもない私でも、これは面白いな、と見入ってしまうくらい。
修験道の開祖・役行者(実在したとされる人)と前鬼・後鬼の像も、今回初めて初めてお目にかかった方も少なくないのかも知れません。
吉野の地では、道端で役行者さんが見守ってくれていますから、お見かけしたら道中安全祈願をします。

大峯山(山上ヶ岳)側の集落、天川村の洞川地区は、修験者たちの宿場町としての歴史と文化を紡いできたまち。
もちろん、こちらにも役小角さんの像があります。

村内にある龍泉寺には、仁王ではなく役行者に付き従った夫婦の鬼、前鬼・後鬼の像が安置されています。

(鉄の斧、または鉄の宝剣を持つ赤鬼)

(霊水が入った水瓶を持つ青鬼)
今回、『吉野・大峯』展で展示されていた像に比べ、大きく󠄀、イカつい!
吉野山、天川村へお越しの際は、ぜひご覧になってください。
この特別展を機に、吉野山の桜は何も観光客の目を楽しませることがそもそもの目的ではなく、実は信仰の表れであることがより知られると良いなと思います。
初公開、初下山した秘仏
特別展『吉野・大峯』の目玉は修験道のご本尊、大峰山寺の蔵王権現立像。天川村の大峰山寺から今回の展示のために運び出され、寺外で初公開されました。
「絶対秘仏」と称されるのは、大峰山寺が厳しい修行の場、山上ヶ岳(大峰山)の山頂付近にあること、そして霊山として女人禁制が守られていることも相まって、例えお金を積んだとしても通常は直接拝観できないから。
こちらを鑑賞するだけでなく、手を合わせて拝んでいる方が数人居られ、数珠を持参されている方もいて感心しました。
あまり見ることのない光景な気がします。
その多くが女性だったのは、やはり普段は女人禁制の領域に安置される仏像だからでしょうか。
今の時代、女人禁制という在り方を問う論調もあるようですが、その背景にある謂れや歴史、伝統あってのことなのだし、修験道だけでなく地誌や民俗に紐づくものでもあるのだから、地域の歴史や文化を守るためには尊重することだろう、と個人的には思っています。
そもそも山上ヶ岳に登ってみたい、修験道の場を見てみたいというだけの興味本位の姿勢なら失礼極まりないですしね。
青黒色の日本最大秘仏
第一展示室の最後では、吉野の金峯山寺のご本尊、『金剛蔵王大権現』がVR映像と共に解説されました。
こちらは日本最大の秘仏。ただし、金峯山寺の特別開帳の機会に拝観することができます。
あまりに巨大で、鬼気迫るような忿怒の形相の迫力。仏の慈悲と寛容さを表した青黒色の肌。他所の仏像拝観ではおそらく体験できない感覚です。
截金《きりかね》の装飾も美しいけれど、こちらの色鮮やかに彩色された衣装も目に楽しい。けれど蔵王権現像の最大の特徴は、何といってもあのポーズです。
「かっこいいポーズ」代表の波止場の係船柱に足をかけるポーズ?
(危ないので、波止場の係船柱に足をかけることは禁止されています)
それにはちゃんと「地の魔を鎮める剣を持つ手」「国土の災害を鎮める左足」「人々に起こる障害を取り除く右足」といった意味があって、この右足こそが困難を退け道を切り開くために持ち上げた足なのです。
日本で初めての経塚
展示点数がかなり多く、時間がおしているのが分かっていても、とても目を惹かれて、じっくり眺めてしまったもの。
それは藤原道長が経筒に納めた『紺紙金字法華経』です。
藍で深く染めた非常に美しい紺色の紙に、すり潰した金箔(金泥)で法華経を写経した装飾的な経。紺紙と金字のコントラストが高貴な雰囲気を醸し出していました。
それを納めたこれまた豪奢な金銅経筒にも願いが刻まれ、これを山上ヶ岳の山頂に納めたものが日本で初めての経塚だそうです。
当時の吉野から山上ヶ岳への道のりは、修験道の開祖・役行者が開いたとされる神聖な霊場であり、命懸けの険しいものでした。
それでも道長さんがこの過酷な御嶽詣(吉野の山を登拝すること)に挑んだのは、自身の健康長寿と長女の懐妊祈願のため。危険を顧みずに挑戦して成功し、尚且つ長女・藤原彰子が翌年にのちの後朱雀天皇を懐妊したという叙事詩のような物語は、その後の道長さんの栄華を決定づけたと言えるのでしょう。
蔵王権現(ざおうごんげん)に捧げた祈りと美
吉野の金峯山(現在の山上ヶ岳のこと)は古くから金を埋蔵すると信じられ、これを人間が望んだ時に、仏に「これは弥勒の世に表れる金だから今の世ではやれない」と断られたという逸話があるそうです。
そんならその世に生まれ変わりたいものだ。
岩から湧き出すように顕現した蔵王権現のように。
そんな風に道長さんも願ったのでしょうか。
でもその「金」とはお宝ザックザクの財宝のことではなく、「平和で健康に暮らせる世」を意味するのだろうな、と察するところです。その祈りを託すにも、やはり金峯山にふさわしいものをと選んだのが、紺紙金字法華経と金銅経筒だったのでしょう。
釈迦の教えを、遠い未来の世に現れる弥勒さんに伝えるために書き残そうと、道長さんが必死に認めた直筆の写経。
それはもう見事なものでした。
金銅経筒に刻まれた祈りや道長さんの御嶽詣の記録、そして仏教的な世界観や当時の時代背景など、こちらの記事で物凄く詳しく解説されています。
とても参考になりますし、読み物としても面白かった。
この特別展の正式なタイトルは『神仏の山 吉野・大峯 蔵王権現に捧げた祈りと美』。他にも祈りと美を感じるものは数あれど、『紺紙金字法華経』の展示が今回のタイトル回収の逸品かなと感じました。
道長さんの成功体験が噂になり、平安貴族たちもこぞって吉野へ詣るというブームも巻き起こり、次々に経塚に収められた経筒も見事なものでした。
けれど、その心は道長さんと同等、あるいはそれ以上のものだったのでしょうか。
噂の耳障りの良い部分、見た目の煌びやかさばかりに注目が集まる一方で本質的な部分は……と想像すると、それは今の時代の人の世で起こることとあまり変わらなかったのかもしれないな、なんて思いを馳せました。
紡ぐプロジェクト
こうした古い時代の遺物は何でも当たり前に残っているわけではありません。その素材の特性、保存状態によって、それなりの速度で経年劣化します。
科学技術の粋を結集して解析して当時の姿を推測し、それらを復元する文化財の修復技術に私が魅せられたのは20代の頃でした。といっても、その作業に自身が参加するわけではなく、単に物質の分析技術や素材特性など、科学的な視点で語られるものは馴染みのある話だったので興味が湧きました。
このようなところで使われる知識と技術なのか、と感心したのです。
歴史も文化も伝統も、人が残そうと働きかけ続けなければ残らず絶えてしまうもの。
今回展示された『紺紙金字法華経』も発見された当時は劣化が激しく、文化財を修復し、日本の美を守り伝えていこうとする取り組み『紡ぐプロジェクト』によって修復され甦ったたものです。
そのための出資を行なった企業なども併せて紹介されていました。
資金を集め、叡智と技術を結集して未来へ残す。
そうしたい人情は解ります。
でも何だか不思議だなとふと立ち止まってしまうのは私だけでしょうか。
なぜ人間は衣食住に変えられるわけでもない、ただ美しいもの、伝統あるものを、そこまで大事にできるのでしょうね。
やっぱり、消費されるものは有限で、人の心を捉えるものは無限性を帯びているからでしょうか。
小さな蔵王権現
この特別展で唯一写真撮影&インターネット掲載OKだった小さな蔵王権現像を撮影してみました。このポーズが蔵王権現の特徴です。

閉店間際のミュージアムショップで一目散に図録の元へ駆けつけた後、少しだけ陳列された商品を眺めてみたところ、鹿角カチューシャならぬ、権現さまの立て髪カチューシャが目に留まりました。
そういえば、奈良国立博物館へ至る道中、見たことないカチューシャをつけている修学旅行生が居て、「あれは何だろな」と一瞬思ったのです。
最近の奈良では、鹿角カチューシャを着用したファニーな観光客(結構ガタイの良い外国人男性だったりする)をよく見かけます。流行ってるの?
これが奈良の日常。
仏像館の前の池ではカルガモの親子がお食事中。

そして鹿は鹿でした。
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