“休みたい”だけで、決めない練習をしている
ファミレスで泣いた夜から、
息子は、 時々、 ぽつぽつ言うようになった。
「学校行きたくない」
「大人になりたくない」
「赤ちゃんのままがよかった」
そんな言葉が、 少しずつ増えていった。
ゴールデンウィークが明けてからは、
頭痛も出始めた。
熱も、 少し出た。
だから最初は、 休ませた。
身体もしんどそうだったし、
無理して行けばいい、 とは思っていなかった。
でも。
熱が下がってからも、 「頭が痛い」 は続いていた。
ただ、 見ていると、 動けないほどには見えない。
ゲームをしている時もある。
普通に話している時もある。
だから私は、 たぶんこれは、 身体だけじゃなく、 不安も混ざっているんだろうな、 と思っていた。
委員会もしんどそうだった。
少しずつ、 “責任” みたいなものも増えてきた。
大人になることへの不安も、
出てきている感じがした。
そんな流れの中での、
「休みたい」
だった。
私は、 学校を休むこと自体を、
悪いとは思っていない。
休んだ方がいい日もある。
無理をしない方がいい時もある。
でも。
一つの選択には、 その後の流れがある、
とも思っている。
だから、 息子に話した。
例えば、 ガリガリ君を一個買ったとする。
それだけ見たら、 ただ、 七十円のアイスを買った、 だけかもしれない。
でも。
そのあと、 急にファミレスへ行くことになって。
「パフェ食べたい!」
となった時。
さっき甘いもの食べたから、 今日はやめとこうか、 になることもある。
すると、 “ガリガリ君を買った” の意味が、
少し変わる。
一つの行動って、 その瞬間だけじゃなくて。
そのあと、 何が続いていくかで、
意味が変わることがある。
人生も、 少し似ている気がしている。
「今イヤだから休む」
だけで決めると、 あとで見えなくなるものもある。
もちろん。
本当に休んだ方がいい日もある。
でも今は、
不安が大きくなっている時期だからこそ。
「休む」
が、 この先どんな流れに繋がっていくかも、
一緒に見ていきたいと思っている。
だから私は、 「休むか、行くか」 を、
感情だけで決めようとはしていない。
いい悪い、 でもなく。
「このあと、 どんな流れになりそうか」
を、 一緒に整理しようとしている。
息子は、 静かに聞いていた。
そして、 今日は、 とりあえず学校へ行った。
行けて良かった、 と言いたいわけじゃない。
ただ。
自分の選択を、 少し引いて見てみる。
そんな練習を、 今、
一緒にしているのかもしれない。
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冒頭のファミレスで泣いたお話はコチラです
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次の話はコチラ
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