"学校行きたくない"の後ろで、母親が回しているもの
朝、息子が言った。
「学校、行きたくない」
その言葉を聞いた瞬間、
私の中で何かが、静かに動き始める。
休むな、とは思っていない。
本当に、そう思っていない。
行けないなら、行かなくていい。
それは心から、そう思っている。
でも——その言葉のあとに続く全部が、
気づけば私のほうへ流れ込んでくる。
まず、話を聞く。
何があったのか。怖いのか。しんどいのか。
ゆっくり聞く。うなずく。
その間、頭の別の場所で、
今日の仕事の予定を組み直している。
学校への連絡文を打つ。
どう書けば、ちゃんと伝わるか。角が立たないか。息子の気持ちが、正確に届くか。
数分かけて、送信する。
昼ご飯のことを考える。
家にいるなら、給食はない。
昨日の残りもので、何か作れるか。
出勤までに、逆算して、全部、間に合うか。
朝のルーティンはただでさえ、ギリギリだ。
それがある日突然、
これだけの判断と対応が積み重なる。
時間的にも、頭の中も、静かに削られていく。
職場についたら、
先生から着信があったことに気づいた。
折り返して、状況を説明する。
また同じことを、言葉にして並べる。
面談の時間を取ってもらえることになったので、
仕事が終わったあと、先生と話してきた。
帰宅すると、長時間を一人で過ごした息子が
玄関まで駆け寄ってきた。
「ゲームしよう」と誘われて、
2人で同じ画面で真剣勝負をした。
そうかと思えば、
5分で「ご飯何?お腹すいた」と言われる。
職場から直行で面談に行き、帰ってきて、
今やっと座ったばかりなのに。
本当はジムに行きたかった。
気分を、少し外に出したかった。
張り詰めていた神経を、少しずつほぐす時間。
それが、ワンオペで仕事を回しながら
子どものケアが増えた日には、
どこにも存在しない。
緊張をゆっくり抜いていく場所が、
今日も許されなかった。
夜になって、息子はまた言った。
「行きたくない」と。
私はホワイトボードを出した。
今朝からのことを、順番に書いた。
連絡文。
折り返しの電話。
状況説明。
面談。
昼ご飯。
帰宅後の対応。
かかった時間も、全部書いた。
トータル、一時間半。
正直、私は腹が立っていた。
これだけ動いて、これだけ神経を使って。
先生とも話して。
行き方まで一緒に整理して。
それでもまた、「行きたくない」へ戻ってくる。
そのことに、身体が反応していた。
でも、書き出しているうちに、
少しずつ分かってきた。
私は今、ただ息子に怒っているだけじゃない。
また、"全部を回す側"へ固定されることに、
神経が反応しているんだ、と。
翌朝、息子はまた「頭が痛い」と言った。
そして、また、「行きたくない」と言った。
その瞬間、 身体の奥で、 別の古い感覚が動いた。
息子に対してではない、
もっと古い場所から来る反応だと、
うっすら分かっていた。
過去に、もっと重いものを
受け取り続けた時間があった。
夜中に突然、身体に衝撃があって目が覚める。
怖い、怖い、と耳元で繰り返される。
それが毎晩続いた。
産後の授乳と並行して、何ヶ月も。
おっぱいの出が悪かった。
こめかみに、言葉がズシンと響く。
首の後ろから、この感覚を早く追い出したかった。
「自分が悪いんだね」「死ぬしかない」
そういう言葉が、夜の暗い中で飛んでくる。
受け流せばいい、と思っていた。
でも、受け流すというのは、
どこかに流すということだ。
私の中を通っていった。
気づいたときには、私が壊れていた。
息子がかけてくる負荷は、
あの頃とは比べものにならない。
それは、分かっている。
でも神経は、過去の重さごと反応してしまう。
「また始まった」ではなく、
「また、あのときのように固定される」
という感覚が、身体の奥から来る。
息子は、悪くない。
そして、私が弱いわけでも、ない。
ただ、長い間、"支える側"を続けてきた神経が、
今も残っている。
それだけのことだと、今は少しだけ、思えている。
息子は、あの夜の暗闇とは違う。
私は、それを分かっている。
でも、神経は時々、
過去の苦しさごと反応してしまう。
今の私は、そのことを、
少しずつ整理し始めているのかもしれない。
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