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【小説・ヴィーナス症候群】(378)ショートショート界の大御所作家の弁明会見

第1章 庄戸の記者会見

雄弁社のホールは異様な熱気に包まれていた。
平日の昼間にもかかわらず、新聞・テレビ・ネットメディアの記者が大挙して詰めかけている。正面の壇上に立つのは、国民的SF作家として半世紀にわたり文壇を支えてきた庄戸正人。その顔は紅潮し、眼光は鋭い。

「私は差別を目的に書いたのではありません」
声はよく通る。だが言葉の端々に、苛立ちがにじんでいた。
「“パート・アンドロイド”とは、人類の未来を象徴するメタファーとして用いたのです。人間と機械が共生する時代を想像したにすぎない。そこに悪意はありません」(365

一瞬、会場にざわめきが広がった。
すぐさま記者の声が飛ぶ。
「しかし実際に泣き出した生徒がいる」(367
「当事者団体が抗議声明を出している。どう受け止めるのか」(370
突きつけられる質問に、庄戸は唇を固く結んだ。

「……それは誤解だ」
短く答えるが、納得させるには至らない。記者の追及は止まらない。
「誤解というには影響が大きすぎるのでは」「そもそも“人間扱いされない”という当事者の声にどう答える?」

庄戸は椅子に手を置き、立ち上がりかけてから座り直した。
「表現の自由とは聖域です。作家が委縮してはならない。私は断じて謝罪しません」

会場の空気は凍りついた。
雄弁社の広報が慌ててマイクを奪い、「本日の質疑はここまで」と打ち切る。
記者たちは不満げにペンを走らせ、スマホのカメラが一斉に点滅した。

ニュース速報には「逆ギレ会見」「老大家の居直り」の見出しが並んだ。
かつて尊敬を集めた作家の姿は、今や時代に取り残された頑固者のように映っていた。

第2章 Riaアトリエでの取材

同じ日の午後、原宿の〈Ria〉アトリエ。
白壁の空間に作業台とトルソーが並び、スタッフが春物ワンピースのチェックに余念がない。
家久綾音は花柄のドレスを着せられたまま、隣にいるアシスタントデザイナーの瀬堀イザベラと雑談していた。

「ニュース、見た? 庄戸正人の」
アシスタントデザイナーの瀬堀イザベラが眉をひそめる。

綾音は少し考えてから肩をすくめた。
「……どっちでもいいよ。作家だって、いちいち規制されてたら何も書けなくなるでしょ」

そのとき、庶務課の女性がドアから顔を出した。
「綾音ちゃんに電話だって」
「え、誰だろう?」

受話器を渡され、綾音が名乗る。
「……はい、家久です」

「全国テレビ、ZTVの南條と申します。いつだったかのデパート取材の時はありがとう。もう一度、取材をお願いしたいのですが――」

綾音はふっと目を細めた。
「ああ……子供の頃、慶早戦で記事を書いてた人ですよね」(200
「覚えていてくれたんだ」
「ええ、父と一緒にいたときの。……別に構いませんけど」

――夕方、直営ショップの売場にテレビクルーが入った。
照明が並び、カメラが据えられる。マイクには「ZTV」のロゴ。
一日の仕事が終わり、義手を付けて帰る準備をしていた綾音は正面を見据え、シリアスな声で語った。

「私も義手を使っていますけど、“ロボット”とか“アンドロイド”って呼ばれるのは、ツンボとかメクラとかチンバって呼ばれるのと同じです。表現の自由だなんて言われても、それはどうなの?としか思えません」

撮影スタッフは静かにうなずき、収録は終わった。

クルーが去ると、イザベラが苦笑した。
「……あれ? さっきと違わなかった?」
綾音は小さく首を振った。
「小学校から私立で“恵まれてる”って言われ続けてきたから、本音の“どっちでもいい”はテレビじゃ言えないよ。トルコミだと野蛮な公立の学校の世界とかよく聞くからね。
私の発言が“ヴィーナス児はこう思ってます”って全国に流れるんだし……他の子に恨まれたくないの」

彼女の声には、慎重さと葛藤が滲んでいた。

第3章 ネット論議の炎上

その夜、SNSとネット論壇は嵐のようだった。

「言葉狩りだ!」「またフェミが大騒ぎしてる」
「泣いた子どもがいるのに擁護するのか」「人間扱いされない表現を正当化するな」

意見は真っ二つに割れ、激しい言葉が飛び交った。
特に目立ったのは“表自界隈”だった。

〈庄戸先生こそ表現の自由の守護者〉
〈言葉を縛る全体主義に屈するな〉
〈日本の文芸界最後の砦〉

過剰な持ち上げと神格化。まとめブログや動画サイトが繰り返し拡散し、ハッシュタグがトレンドを独占する。

だが文壇は沈黙した。多くの作家は巻き込まれるのを恐れ、口を閉ざした。ごく一部の老大家が擁護に回ったが、その言葉は世論から浮いていた。

結果として、庄戸正人は「表自勢力に担がれた作家」という色を濃くしていった。
かつて未来を描いた文芸の旗手は、今やネット論壇の偶像へと押し込められつつあった。

本人にとって、それがもっとも望まない立場であることは、まだ誰にも知られていなかった。

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