【小説・ヴィーナス症候群】(9)展示会の日
ステージに立った瞬間、ライトが柔らかく降りてきた。
6人のモデルが横一列に並ぶ。私たちは全員、白いウェディングドレスをまとって、静かに立っていた。
誰も何も言わない。ただ、音楽が流れ、空気が少しだけ緊張している。
私たちは、「トルソーさん」としてそこにいた。
一時期は「第2のサリドマイド禍」として社会問題にまでなった、生まれつき両腕のない「ヴィーナス児」であることは、あえて語られることも、特別に紹介されることもない。
ただ、それが私たちの身体で、それがこのドレスのラインを完成させている。それだけだった。
チュールの重なり、ビスチェの刺繍、腰元のサテンのハリ。
いずれのドレスも、私たちの肩から落ちるようにデザインされていて、動かなくても、光の角度によって細かく表情を変えていた。
客席にはバイヤーや編集者たち。
誰もがメモを取り、静かにカメラを構えていた。
その視線の熱量は、“見られる”というより、“見定められている”ような感覚だった。
それも、いつものことだ。展示会の仕事に入ってから、私はこの数分間の張りつめた視線にすっかり慣れている。

左に奈緒、右にはユミ。
それぞれのトルソーさんが、それぞれのドレスにしっかりと収まっていて、誰かが突出するでも、控えすぎるでもなく、全体がひとつの画になっていた。
展示が終わると、静かに舞台袖に引っ込む。
スタッフがトレーンを持ち上げてくれ、私は静かに一礼する。控室に戻るまで、言葉は交わさない。
控室では、義手をつけ直していた。
白いウェディングドレスを脱ぎ、リラックスした私服に着替える。奈緒が小さく息をつきながら言った。
「今日のカメラ、ずいぶん引き気味だったね」
「全体見せたかったんじゃない?トレーン長いから」
「たしかに」
いつもの、他愛のない会話。
仕事終わりに交わすやりとりに、“私たちが特別だ”という空気は一切ない。
「お疲れさま」
「お疲れ。午後、撮影入ってる?」
「うん。サンプルドレス3着」
そんなふうに、次の現場の話をしながら、私たちは普通に、「トルソーさん」の仕事をしている。
鏡の中の自分は、さっきまで“花嫁”だった。
いまは義手をつけた、素の私に戻っている。
けれど、どちらも“私”だという実感は、ちゃんとある。
それが、たぶん、この仕事を続けていける理由だと思う。
