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今日は夫の【もう一度、ここに連れてきてくれたこと】に恋をした。― 去年、私だけがひとりだった別荘で。― |2026.07.10

はじめに

このエッセイは、

国際結婚と、海外生活と、マルチリンガル育児の中で、

私が日々つまずきながら、

「わたしらしく生きる」ための実験の記録です。

「毎日、夫に恋する生活を。」

2026年の元旦に、そう決めて、

「今日の夫の好きなところ」を、

一つだけ、言葉にしています。

それだけで、同じ一日が、

少し違って見えることがあります。

完璧な妻でも、理想的な母でもありません。

それでも、結婚と子育てを通して、

女性として、妻として、母として、人として、

成長していきたいなと。

今日もこの記録が、

誰かの生活の中の、

小さな呼吸になりますように。


今朝も、走りに出ていった

7月10日。

別荘での朝、

お義父さんはまた走りに出ていきました。

80歳が近いのに、

フルマラソンを、私の倍近いスピードで走る人です。

去年、

がんで余命数ヶ月と言われた人が、

今年はまた走っている。

その背中の話は、

別の記事に書いたので、

ここでは繰り返しません。

▼ その義父の話は、こちらに。

余命数ヶ月から1年。義父は今朝も走りに出かけた。

今日書きたいのは、

その背中を見ながら思い出していた、

去年の私のことです。

去年、私はここでひとりだった

正直に書きます。

去年、この別荘で過ごした時間は、

私にとって、

いい思い出ではありませんでした。

むしろ、苦い記憶として残っています。

去年は、

フランス行きの日程を決めた直後に、

お義父さんのがんの知らせが来ました。

そのすぐあとに、

私の実家がある大阪への帰省。

夫と、私の家族の、

初めての顔合わせでした。

そして、そのままフランスへ。

全部が、ひと続きでした。

大阪では、

お義父さんがどうなるか

本当にわからない時期で、

夫の心は、当然そこにありました。

一方の私は、

産後はじめての実家への帰省で、

家族との調整、

息子の世話、

慣れない実家での家事。

その合間に夫を観光へ連れて行って、

親族との顔合わせをして、

行政の手続きもして。

夫は日本語ができない。

私の家族は英語ができない。

だからそのあいだ、ずっと、

私が通訳者でした。

母は、

頼めばなんでもやってくれる人ですが、

頼まなければ、自分から手は出さない人です。

嫁いで別の家に入った私への、

彼女なりの敬意なんだと思います。

でもそのときの私には、

その敬意を受け止める余力が

残っていませんでした。

たぶん、

私と夫が初めて大きな喧嘩をしたのも、

この大阪帰省中でした。

タスクの列に、義父のがんも並んでいた

いちばん書きたくないことも、

書いておきます。

あのころ、

夫が持ち出す人生のイベント——

誕生日会、お別れ会、レース、

転職、引っ越し、友人の訪問——

昔は素直に喜べたことで、

自分も望んでいたものもあったのに、

全部、

「うまく回すためのタスク」として

私の後ろに積み上がっていきました。

そしてその列の中に、

お義父さんのがんのことまで、

同じように並べてしまった瞬間がありました。

夫にとっては、

信じられなかったと思います。

自分の父親が、

命の期限を告げられたばかりなのに。

でも私は、

その大きさを大きさのまま受け取れないくらい、

すり減っていました。

去年、お義父さんは、

化学療法で衰えきった体で、

わざわざこの別荘まで、

私たちと過ごすために来てくれたんです。

余命の話が出た父親が、

無理をして孫に会いに来てくれている。

それがどれだけのことか、

頭ではわかっていました。

でも、去年の私は、

自分だけがぽつんと

別の空間にいるようでした。

みんなが家族として集まる輪の中で、

私だけが緊張していて、

私だけが疲れていた。

すごいことをしてもらっているのに、

ちゃんと振る舞うことに精一杯で、

目の前にある幸せに、

真っ直ぐ感謝できませんでした。

今年、時間が巻き戻っていた

そして今年。

お義父さんは、

私が以前知っていた姿に戻っていました。

その姿を目の前にして、

去年ちゃんと寄り添えなかったことを、

心から後悔しました。

でも同時に、

もうひとつのことに気づきました。

夫は、

去年の私を責めなかった。

夫のいちばん大変な時期に、

私がどれだけ支えきれなかったか。

それを蒸し返すことも、

「今年はちゃんとしてね」と

釘を刺すこともなく、

ただ、

もう一度この別荘に、

私と息子を連れてきてくれました。

今年は、ゆっくり楽しんでね・・・という言葉を添えて。

まるで、

去年のあの日から

もう一度やり直させてくれるみたいに。

去年は外からきた人間でしか

いられなかったこの家に、

今年は、

家族の一人として座っている。

同じ別荘で、

同じ人たちと、

まったく違う時間が流れていました。


夕方、ペタンクをやった

その日の夕方、

家から歩いて5分にある森の中の公園で、

みんなでペタンクをやりました。

鉄の球を投げて、

小さな的の球にどれだけ近づけるかを競う、

フランスの、夏の恒例の遊びです。

日が長いので、

夜の9時を過ぎても、

まだ空は明るい。

お義父さんが、

真剣な顔で球の距離を測っている。

夫がそのよこで、

どっちが近いかで本気で言い合っている。

さっきまで走っていた人たちが、

今度は数センチの差で

大の大人が揉めている。

息子は息子で、

自分の小さな手に

重い鉄の球を握りしめて、

明後日の方向に転がしては、

みんなに拍手されて得意げにしている。

森の木の匂いと、

まだ温い夕方の潮風と、

隣を散歩する誰かの笑い声。

冷えた白ワインのグラスに、

水滴がついている。

これが、フランスの夏だなと思いました。

去年、私が入れなかった輪の中に、

今年はちゃんと自分もいる。

球の距離で揉めている夫を見ながら、

ああ、この人、

さっきまで父親の話をしていたのに、

もう子どもみたいな顔してるな、

と思って、

ひとりで笑ってしまいました。

今日の夫の好きなところ

【もう一度、ここに連れてきてくれたこと】

去年、この別荘で、

私は家族の輪に入れませんでした。

お義父さんのがん、産後の疲れ、

初めての家族としての緊張。

全部が重なって、

自分だけが別の空間にいるようだった。

夫のいちばん大変な時期に、

私はちゃんと寄り添えなかった。

それは今も、

苦い記憶として残っています。

でも夫は、

それを一度も責めませんでした。

蒸し返すことも、

釘を刺すこともなく、

ただ、

もう一度この家に、

私と息子を連れてきてくれた。

去年やり直せなかったことを、

やり直させてくれるみたいに。

同じ別荘で、

今年は家族の一人として座っています。

今日の夫の好きなところは、

【もう一度、ここに連れてきてくれたこと】


▼ 「彼のルーツ」昨日の話はこちらに。

今日は夫の【彼のルーツ】に恋をした。

▼ お義父さんが、どんな人かはこちらに。

余命数ヶ月から1年。義父は今朝も走りに出かけた。

▼ このシリーズを最初から読む。

毎日、夫に恋する生活を。|Day 1〜

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