余命数ヶ月から1年。義父は今朝も走りに出かけた。 | 家族の部屋
フランスの朝は、静かだった
今年も、義父の夏の別荘に来ています。
今朝、義父が着ていたのはサハラ砂漠マラソン横断レースのシャツでした。
夫に「これ、どういうこと?」と聞くと、「ああ、盲目の人のトレーナーとして、付き添い伴走のボランティアをやってるんだよ」と当たり前のように言いました。
70代後半の義父が、今もそういう人だということ。
そして去年、癌で余命数ヶ月と言われた人だということ。
その二つの事実が頭の中で重なった時、私はしばらく言葉が出なかった。
アマチュアで、世界チャンピオンになった人
義父は若い頃、パリのアマチュアマラソン代表選手として世界中のレースを走り続けてきた人です。
アジアで開催された100km以上のレースで世界チャンピオンになったこともある。数年前はサハラ砂漠横断のレースに二度出場しています。しかも、ボランティアとして盲目の人の伴走者として。
もうすぐ80歳ちかい今も、フルマラソンを私の2倍近いスピードで走ります。
ランナーとして、そして会社員としてのキャリアを引退した後、義父はボランティアを始めました。走りたいけど自分では実現できない人に、走る喜びを届けたくて、盲目の人たちのマラソン伴走を始めたそうです。走るだけじゃなくて、そういう団体の理事もいくつか務めている。
普段、電話をすると「今ボランティアの盲目の人との練習中だ」「レースに出ているところだ」という声が聞こえてくることがよくあります。
好きなことの延長線上に、誰かのための時間がある。それがこの人の生き方です。
余命数ヶ月と言われた人が、今は孫に料理を作っている
去年、義父は癌だと診断されました。
絶対に治らない。余命数ヶ月。
その知らせを聞いた時、私たちは遠くベトナムにいました。
私自身は産後の時期と重なっていて、自分のことで精一杯だった。義父のことを心配しながらも、どうすることもできなかった。
でも彼はマラソンのように戦い続けました。
そして1年後の今年、彼の夏の別荘で、またこうして一緒に過ごしています。
朝からアクアジム。夕方はランニング。その間に読書して、孫と遊んで、今回の滞在では食事を全部作ってくれている。
私の体重が産後鬱で激減したことを知っていたから、毎食、栄養を考えた料理をたくさん出してくれます。
すっかり元気になっただけじゃない。
この人は、誰かの役に立っていないと気が済まない人なんだと思います。体が回復したら、また誰かの隣に戻っていく。それが当たり前になっている。
そして今、来年のパリマラソンの準備を始めています。闘病生活が始まってから初めて、タイムを意識した自分のためのレースへの復活を目指して、すでにトレーニングを開始したそうです。
その話を聞いた時、人の限界っているのはもっと先にあるんだなって、感銘をうけました。
やると決めたら、とことんやる。それがこの家族のスタンダード
義父のそういう背中を見ていると、夫と重なる部分がたくさん見えてくる。
夫は初めてのトレイルランニングレースで50kmを完走しました。2回目は70km。しかもベスト20入り。夫の兄は今年、トライアスロンを完走しています。兄弟どちらも、大学や大学院をトップ3以内で卒業したり、それぞれがキャリアで目標を達成してきた。
これは偶然じゃないと思っています。
義父が厳しい教育方針を持ちながら、自分自身が最前線で挑戦し続ける背中を見せ続けた結果、家族全体のスタンダードが自然と高くなっている。「やると決めたらとことんやる」という姿勢が、この家族の中に流れている。
それを知った時、夫がなぜあんなふうに生きているのか、ようやくわかった気がしました。
やると決めたことは必ず最後までやり抜く。そこに言い訳や妥協は存在しない。それが彼の家族のベース。
この家族全員が、社会と繋がって生きている
義父だけじゃありません。
義母は繊細で人前に出るのが苦手な人です。それでも週に2回、難民の人たちに食事を配るボランティアに参加して、月に数回は経済的に文化的な活動へのアクセスが困難な移民家庭の子供の課外活動に付き添いガイドとして参加している。
夫の兄は自分のビジネスを持ちながら、週に1回は市のためにほぼ無償で働く日を何年も続けています。飛行機を使わない主義を40年間貫いていて、環境への配慮を信念として生活に組み込んでいる。
夫の叔父は、ビザなしでフランスに逃げてきた難民が社会に馴染めるよう支援するアソシエーションを自分で立ち上げて、その理事をしています。
義父の家にいても、義母の家にいても、毎日どこかから電話がかかってくる。
来月大学受験があるのにビザの取り直し方がわからないという移民家族。週末の遠足の参加方法がわからないという問い合わせ。困っていることがあるけど、誰に聞けないばいいのかわからない。
まるで、家族全員が駆け込み寺みたいで。
そのたびにこの家族は、自分たちのできる範囲で全力で手を差し伸べます。自分で解決できないものは、仲間探しを手伝う。
社会に優しさを全力で提供し続けているから、その周りにも優しさが集まってくる。
毎日いろんな人から近況報告の連絡があるのはもちろん、会ったこともがないのに、普段ベトナムに住んでいる私たちのことまで気にかけてくれる人たちがいる。
そういう循環がここにはあります。
この家族と時間を過ごして、夫のことがわかった
義父の背中を見るたびに、夫への理解と愛が深まる気がします。
教育に対する真剣さ。人に対する真面目さ。社会に対する責任感の持ち方。できない理由を探すより、どうやったらできるかを一緒に考えようとするスタンス。
その一つ一つが、この家族から受け継いでいるもの。
付き合い始めて間もない頃、夫が突然こう言いました。
「今日の午後、ホームレスの人にご飯を配りに行かない?」
突然の申し入れに少し驚いたけれど、一緒に行きました。バイクに二人乗りで、袋に詰めた食べ物と飲み物を持って。毎日はできないけれど、余裕がある時は時々やっているそうでした。
その時から、夫の価値観・行動力に感銘を受けたのを思い出します。なぜこの人に恋をしたのか。
ダナンに引っ越してから、周りに家族も友達もいない環境で、夫とのぶつかり合いが続いた時期がありました。鬱にもなって、体調も崩して、一時期は離婚した方が彼のためになるんじゃないかというところまでいった。
でも今こうして、彼の家族と一緒に時間を過ごして。
出会った瞬間に、この家族と家族になりたいと確信を持った、あの感覚と同じものが戻ってきました。
みんながそうやって意思を持って生きている家族だからこそ、考えもそれぞれ違う。だからぶつかり合う時もある。でも根本は、お互いや周囲を思い合っての優しさから来ているものなんだと、少し距離を置いて見つめることができました。
もし私たちに何かあっても、この人たちなら
今回の滞在で、もう一つ気づいたことがあります。
もし私と夫に何かあったとしても、子供のことも、お金のことも、教育のことも、この人たちなら100%信頼して任せられると思った。息子のことを、愛をもって接してくれる確信がある。
この家族の付き合い方を間近で見ていると、夫の両親への接し方、尊敬の眼差し、そして適切な距離の置き方から学ぶことがとても多い。
実は結婚して出産してから、私自身も自分の家族との接し方が変わりました。関係もぐっとよくなった。今まで自分にはなかった良きお手本が目の前にあったからだと思っています。
私にはおじいちゃんがいたことがない。父も19歳で亡くしている。男親の背中をあまり見ずに育ってきた。だから兄のことも、夫のことも、理解に苦しむことがあった。
でもこの家族と、そして義父と時間を過ごす中で、少しずつわかってきた気がします。
そして、息子にはフランスの家族と日本の家族の、それぞれの良い部分を吸収してほしい。
そう思えるようになったのは、国際結婚という文化や習慣の違いを前提とした環境の中で、違いを受け入れることが自然になってきたからかもしれない。
結婚は、二人だけでするものじゃない
この滞在で、改めて思ったことがあります。
結婚は、好きという気持ちだけでするものじゃない。
相手の家族が育てた価値観ごと受け入れて、一緒に新しい家族を作っていくことだと思っています。だからこそ、相手の家族との価値観の一致は、本人同士のマッチと同じくらい大切だと思っています。
どんな価値観を持って生きているか。社会に対してどう向き合っているか。困っている人に対してどう動くか。やると決めた時にどこまでやり続けるか。
義父が今朝も走りに出かけたように。この家族が社会貢献を当たり前のこととして生きているように。
そういう人たちと家族になれたことが、今は誇らしいし、ありがたいと思っています。
息子にも、いつかこの話をしたいと思っています。
おじいちゃんはね、余命数ヶ月と言われても、戦い続ける人。それだけじゃない、闘病中も走り続けたんだよ。しかも誰かのために。おばあちゃんも、叔父さんもみてごらん、と。
そういう大人が身近にいたという記憶が、この子の中に少しでも残っていけばいい。
そして私自身も、この新しい家族に恥じない生き方をしていきたいと思っています。
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