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迷いながら、ここで育てている|4言語で育つ息子に、私たちが教えているのは「言葉」じゃない〜海外・多言語子育ての記録|家族の部屋

息子は、ベトナムで生まれました。

私は日本語で話しかける。夫はフランス語で話しかける。

私と夫の間は英語。そして幼稚園ではベトナム語。

4つの言語が、毎日飛び交う家です。

「すごいですね」とよく言われます。

でも実際に中にいると、すごいというより、

綿密な設計が必要、という感覚に近い。


言語はそれぞれ、まったく違う生き物だ。

4言語を使いながら気づいたことがあります。

言語って、それぞれ全然違う「性格」を持っている。

フランス語は、歴史の重みがそのまま言葉の中に積み重なっている。

書き方と読み方に多くの例外があって、

「なぜそうなるの?」と聞いても「そういうものだから覚えるしかない」という場面が多い。

感性を表現する言葉の幅が広い。

日本語は、一つの文章の中で漢字・ひらがな・カタカナ・ローマ字を使い分ける、

世界でも珍しい言語です。

誰に・どんな距離感で話しているかによって表現そのものが変わる。

言葉の中に人間関係が全部入っている。

英語は、文法がシンプルで実用性は圧倒的。

使う人の人口も多い分、基本的な文法以外は何が正しいかあまり存在しない。

ただその分、日本語やフランス語のような「言葉が持つ文化的な重み」は

少し削ぎ落とされている気がします。

ベトナム語は、声調言語なので同じ音でも声の高低が違うだけで意味が変わる。

私も夫も半年毎日学校に通ったけれど、「これは無理だ」と一度挫折しました。

こんなに長く生活しているのに、今も最低限のことしか話せていません。

また、落ち着いたら再挑戦しようと思っています。

スペイン語は、私と夫の間でときどき使う言語です。

不思議なことに、スペイン語で話すとお互いの性格まで少し変わる気がする。

よりオープンで、フレンドリーで、自然と愉快になり笑顔が増える。

言語が人格に影響するって、本当にあるんだと体で感じています。

夫の一番好きな言語で、自分らしくいられるそうです。

私と夫を最初に繋いでくれた言葉でもあるから、

いつか息子にも習得してほしいなと思っています。

でも今は4言語の教育設計で、親の私たちも精一杯です。


私たちがやっている、言語の設計。

「すごい」で終わらせないために、うちではいくつかのルールを作っています。

1親1言語。

私は常に日本語、夫は常にフランス語で話しかける。

混ぜない。例外を作らない。

それだけで、息子の中に「お母さんの言語」「お父さんの言語」という軸が生まれます。

テレビは意図的に使う。

海外だからといってテレビをNGにするんじゃなくて、

日本語で10分、フランス語で10分と分けて、

NHKみたいな子ども向けプログラムをあえて見せる時間を作っています。

言語だけじゃなくて、日本の同世代と通じるアニメやキャラクターも、

彼のルーツとして持たせてあげたいから。

絵本や教材は帰省のたびに持ち帰る。

海外では手に入りにくい自国の絵本を、

帰省のたびに両国から取り寄せて持ち帰る。

夫婦でそれぞれの言語の読み聞かせの時間を持つようにしています。

私はこどもちゃれんじをメルカリで2年分購入しました。

足りないものは自分で作ったりして。

動物は名前より先に、鳴き声と動きで教える。

動物の名前は言語によって全部違う。

でも鳴き声やその動物特有の動きは、世界共通で通じる。

だからまず「ワンワン」「モーモー」と鳴き声や動きで教えて、

その後で各言語の名前をつなげていくようにしています。

場所と動作で伝える。

例えばミルクが欲しい時、うちではフランス語でLait(レ)と言うんですが、

それだと外では通じない。

だから冷蔵庫やボトルを指さしながら言うように、

「場所」や「何で飲むか」とセットで伝えることを教えています。

家にはひらがな・カタカナのポスターを貼っている。

日本語は覚える文字が多いから、

それぞれの文字の下に絵が入った大きなポスターを壁に貼っています。

夫の日本語習得と息子の日本語習得を、

日々の生活の中で一緒にやっているのが、今の我が家のスタイルです。

反対にフランス語は発音が難しい。

だから週ごとに単語を決めて、何度も同じものを繰り返し使うように意識しているそうです。


言葉より先に、学ぶ意欲を育てる。

とはいえ、どんなに設計しても、

子どもは「勉強」と感じると途端に嫌がる。

だから「一緒に楽しみながら」がすべての前提です。

できたら、とにかく大きな拍手で思い切り喜んであげる。

学んだ言葉をゲームにして、

習得すると一緒に遊べるツールとして使えるようにする。

言葉を学ぶ意欲は、そうやって育っていく気がしています。

言葉の中身だけじゃなくて、

学ぶ環境そのものを設計してあげること。

それは多言語環境に限らず、

1言語で育てる場合でも同じことかもしれません。


「ありがとう」をどう教えるか。

日本語で「ありがとう」を教えるとき、私は自然と頭を下げます。

でも息子が外に出た時、「ありがとう」という言葉だけを教えても、

実際の場面では誰にも伝わらない。

だから「この言葉を、どこで、誰に、どう使うか」まで一緒に設計しないといけない。

日本の親なら社会が自然と教えてくれることを、

海外では親が一つひとつ意識的に組み立てる必要があります。

うちの場合、言語に関係なく使えるように、

ジェスチャーを組み合わせて教えています。

お礼を言う時は、笑顔で、相手を見ながら、少し頭を下げる。

それは日本文化でもあるけれど、

ベトナムでも外国人でも、誠意として伝わる動作だから。


息子が教えてくれたこと。

一生懸命日本語を教えても、外に出ると通じない。

最初は焦りがありました。

言語を教えることの意味って何だろう、と考えることもありました。

でも息子を見ていて、気づいたことがあります。

彼は言葉が足りない分、表情とジェスチャーと笑顔で補完しています。

知らない人にも臆せず近づいていく。

言葉が通じなくても、なんとかしようとする。

それは、4言語環境で育つ中で、彼自身が身につけた力だと思っています。

言語を切り替える力だけじゃなくて、

言葉以外のコミュニケーション力も一緒に育っている。

私たちが息子に教えているのは、日本語でもフランス語でもなくて、

「どんな環境でも人とつながろうとする姿勢」なのかもしれない。

そう思えるようになってから、少し気持ちが楽になりました。


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お読みいただきありがとうございます。

「何者かにならなくていい。全部の自分のままでいい。」

そう信じながら、等身大のまま書いています。

諦める前に、もう一回だけ試してほしい。

そのための実験を、私自身が続けています。

どこかの誰かのエールになれたら、嬉しいです。

スキやコメント、とても励みになります。

フォローして、続きも一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。

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【この記事を書いた人】まなラボ

音楽フェスのステージを降りた瞬間に、フランス人の夫と出会いました。

自転車旅行の途中で家族になって、今はダナンで、3人で暮らしています。

国際結婚も、多文化の子育ても、うまくいく日ばかりじゃない。

産後には、家族がバラバラになりかけた時期もありました。

それでも、ぶつかって、話して、笑って。

何もない日常の中にある、小さな幸せを、ひとつずつ数えながら生きています。

完璧な妻でも、母でもないけれど。

この家族でよかったと、毎日思えるように。

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