6年後に、また考える。私たちがダナンを選んだ理由。| 家族の部屋
息子が小学校に上がる6年後まで、ここにいよう。
そう決めて、ダナンに来ました。
その先のことは、6年後に考えればいい。
ホーチミンで子どもが生まれて、最初にやってきたのは「比較」だった。
息子が生まれてすぐ、周りから情報がどんどん届くようになりました。
学校はどこにするの。習い事は。ナニーさんは。
使っているものブランドは。育児方針はどうするの。
よかれと思って教えてくれる、先輩パパママたちの声。
でも聞けば聞くほど、なんか違う、と思い始めていました。
私たちの状況は、周りとかなり違ったから。
私たちは、どのカテゴリーにも当てはまらなかった。
妊娠したタイミング、私はちょうどセミリタイアしていました。
会社のバックアップもなければ、駐在でベトナムにいるわけでもない。
保険もパスポートもビザも、全部自分たちでなんとかしてきました。
夫はフランス人、私は日本人。
出産もベトナムでしました。
だから日本人同士のカップルとも事情が違うし、
フランス人同士とも違う。
よくある外国人とベトナム人の組み合わせとも違う。
先輩たちがくれる情報は、どれもありがたいんだけど、
私たちの状況に当てはまるものが、なかなかなかった。
だんだんと、周りからの声がノイズに聞こえるようになっていきました。
夫の環境も、簡単には変えられなかった。
夫の方はというと、付き合い始めた頃の友人のほとんどが独身、子なし。
波乱万丈に生きてきた人だから、生活スタイルもかなり自由でした。
子どもができたからといって、環境をいきなり変えるのは
相当強い意志がないと難しい状況でした。
それは責めることじゃなくて、ただそういう環境だった、ということ。
私も夫も、それぞれに、新しいフェーズへの調整が必要でした。
学校問題が、住む場所を決めることに気づいた。
そして、もう一つ大きな問題がありました。
学校のこと。
私たちの息子は、フランス国籍と日本国籍を持つことになります。
ベトナム国籍はありません。
ベトナムの公立学校への入学は、国籍や手続き上の壁があり、
実質的な選択肢にはなりにくい状況です。
そうなると、息子が小学校に上がる頃の選択肢は限られてきます。
インターナショナルスクール、日本人学校、またはフランス人学校。
インターは驚くくらい高額で、
駐在企業の補助がない私たちにとっては、
そのためだけに働き方を大きく変える覚悟が必要になります。
日本人学校とフランス人学校は、ベトナムにはハノイとホーチミンにしかない。
つまり、息子が6歳になる頃には、
学校の選択が住む場所を縛ることになる。
それに気づいた時、今のうちに、「自分たちらしい生活ができる場所に住もう」と思いました。
ホーチミンが、子育ての場所として合わなかった。
ホーチミンは大好きな街です。
10年近く住んで、ここで仕事をして、会社を作って、売りました。
エキサイティングで、国際的で、刺激に満ちた場所。
でも、子育ての場所として考えた時、正直合わないなと感じていました。
バイクの量、排気ガス、歩けない歩道、ゴミらだけの公園。
山や海へのアクセスは、ホーチミンからだと3〜4時間かかる。
この10年で感じる物価の上昇と、人口密度から来るプレッシャー。
外を歩くことすら、子どもと一緒だと想像しにくかった。
それに、出産前から感じていた周りからの比較プレッシャーは、
人口の多いホーチミンでは、より強く感じていました。
だから、ダナンにした。
夫の仕事も、当時場所に縛られない状況でした。
だったら、住んでみたかったダナンに行こう。
海と山と川と、きれいな空気。
歩ける歩道と、広い公園。
地方都市だけど観光地だから、外国人としても無理なく暮らせる。
物価はホーチミンより格段に安くて、同じ予算でずっと広い家に住める。
四季もあって、住みやすい気候。
何より、住み慣れたベトナム。
まだここを離れたいと思えるほど、ベトナムへの愛着がなくなっていない。
嫌だったらまた引っ越せばいいし、
台風の時期が心配と言われたけれど、
日本育ちの私からすると大したことなかった。
3ヶ月だけ別の場所に移ればいいか、くらいの気持ちで。
住み慣れたホーチミン。そして10年かけてできた交友関係から離れるのには、相当勇気がいったけれど。
それ以上に、この町では子育てする自信もないし、
幸せに生活できる気もしなくて。
そうして、思い切って引っ越しを決めました。
6年後に、また考える。
息子が小学校に上がるまでの6年間は、幸せだと感じる土地で生活しよう。
その頃には、学校の選択肢も状況も、また変わっているかもしれない。
日本に戻るかもしれないし、フランスに行くかもしれないし、
ダナンにいるままかもしれない。
それは、その時に考えればいい。
今は、この場所で、この家族の時間を積み重ねていく。
川と山と海に囲まれた一軒家のテラスで、
朝のコーヒーを3人で飲みながら、そう思っています。
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お読みいただきありがとうございます。
「何者かにならなくていい。全部の自分のままでいい。」
そう信じながら、等身大のまま書いています。
諦める前に、もう一回だけ試してほしい。
そのための実験を、私自身が続けています。
どこかの誰かのエールになれたら、嬉しいです。
スキやコメント、とても励みになります。
フォローして、続きも一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
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【この記事を書いた人】まなラボ
音楽フェスのステージを降りた瞬間に、フランス人の夫と出会いました。
自転車旅行の途中で家族になって、今はダナンで、3人で暮らしています。
国際結婚も、多文化の子育ても、うまくいく日ばかりじゃない。
産後には、家族がバラバラになりかけた時期もありました。
それでも、ぶつかって、話して、笑って。
何もない日常の中にある、小さな幸せを、ひとつずつ数えながら生きています。
完璧な妻でも、母でもないけれど。
この家族でよかったと、毎日思えるように。
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