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フランスの食卓は、2時間かかる。 | 家族の部屋

初めてフランスに来た時の衝撃

20代の時、初めてフランスの家族の食事に加わった時、正直面食らいました。

お昼ごはんが始まったのが12時すぎ。終わったのが3時前。

2〜3時間、全員でテーブルを囲み続けました。

しかも途中で「もう終わり?」という雰囲気は一切ない。

全員がテーブルにちゃんと座って、テレビも何もない。サラダとアペタイザーが出て、メインが出て、パンとチーズが出て、デザートが出て、その間にワインやスパークリングウォーターやコーヒーが出る。それぞれの間に誰かが話を始めて、みんなが意見を述べていき、自然とディベートへと発展していく。

まだ私が20代の頃。昼食の間中ずっとジャムの話を3時間されたことがあります。

その年に手作りされたジャムについて、製法、素材、歴史、哲学、違いまで。フランス語でたっぷり3時間。

いつまでこのジャムの話を聞かないといけないんだろう……と、自分は食べもしないジャムについて延々と説明され続けて、途中で泣いてしまいました。

当時の私は、言語の壁だけじゃなく、自分がよく知らないトピックについて途中から会話に入って意見するというスタイルにまだ慣れていなかった。だからずっとポライトに頷き続けるしかなかった。

でも今は、この時間が好きです。


子供も、ナイフとフォークの位置を知っている

フランスの食事にはルールがあります。

テーブルには毎回、空のお皿とフォークとナイフと小さいスプーンとお手拭きが並べられる。その日の食事の内容に応じてグラスやナイフの形がかわる。

子供の頃から「お皿を並べてきて」と言われる中で、ナイフはどこ、スプーンはどこというのが自然と身につく。

サラダが出るなら、気がついた人がオリーブオイルとマスタードとハチミツとバルサミコ酢を手に取り、横でドレッシングを作る。

料理するのはお父さんだったり、お母さんだったり、私たちだったり。

男女平等・共働きが当たり前の国だからこそ、家事は誰がすべきというのが固定で決まりがない家庭も多い。

今日の夜ごはんは私が日本式のカレーを作ると言えば、翌日は夫がモロッコ式のクスクスを作ってくれて、その次の日は夫の父がご当地料理を披露してくれる。

食べ方も日本とは全然違います。

日本やアジアのように、テーブルにたくさんの料理が並んで好きなものを好きなペースで箸で分け合うスタイルとは違う。料理はその日作ってくれた人が出してくる。

それが順番にテーブルでまわってきて、自分の食べる分だけお皿に取り分けて食べる。量が相対的に少なければ、最後の人まで回るように計算して取らないといけない。そして全員がサラダとアペタイザーを終えないと、メインは出てこない。

何より自分だけさくっと食べ終えたくても、食べ始めてから最後のデザートに辿り着くまで、全員がテーブルに座り続ける。

朝食だけはそのルールがゆるい。バカンス中は家族みんなで一緒に食べようとするけれど、テーブルには牛乳・コーヒー・オレンジジュース、パンにジャム派の人、バター派の人、私と夫はしょっぱいものが好きだからチーズとハム。お母さんが一人で準備するんじゃなく、起きてきた人がそれぞれ取りたいものをテーブルに並べて、最後の人が片付ける。そういう自然な役割分担がある。


1日が、食事で設計されている

フランスの夏の朝は遅い。

ベトナムでは5時・6時に起きる私たちも、こちらでは7時・8時になる。それでも「早起きだね」と言われることがある。バカンスということもあるけれど、日の出が遅い分、体のリズムも後ろにずれる。

8時・9時に朝食を食べて話していると、10時頃にはもうお昼ごはんの話になる。1時頃にバーベキューを始めると、食べ終わるのが3〜4時。そこからコーヒーまで飲んで、少しお昼寝や運動をして、夕方6時・7時になるとアペロが始まる。

アペロというのは、夕食前の1時間のこと。甘いワインや、ピーナッツ、おつまみを食べながら話す時間です。今年の夏はペタンクという鉄のボールを投げて遊ぶゲームをしながら、家族でわいわいやっていました。

アペロが終わると、また2時間の夕食が始まる。

夏は日の入りが夜9時・10時なので、夕食が始まるのは早くても7時・8時。まだ昼間のような明るさの中で、夜の食事が始まります。ベトナムから来た私たちにとっては、空腹を感じる間もなく次の食事がやってくる感覚。

産後鬱から回復中にこちらに来た時は、最初の2日間は食事の量とペースについていくのが正直しんどかった。でも今回は、そのおかげで激減した体重と体力が一気に戻りつつあります。


5歳も80歳も、同じテーブルで意見を言う

フランスの食卓で一番驚いたのは、子供も含めて全員が「話す人」「聞く人」「意見する人」だということです。

姪っ子や甥っ子は学校でやっているプロジェクト・去年のバカンス・習い事の進捗・今年の夏休みの研究対象を話す。私たちの世代は子供のこと・仕事・趣味・日常での学びを共有する。すでにリタイア済みの親世代は最近読んだ本・見た映画・旅行先で学んだこと・ジェネレーションギャップで感じた最近のことを持ってくる。

誰かが話し始めると、みんなちゃんと聞く。笑い話で終わらせるんじゃなくて、相手の話を受けて自分の時代はどうだったか、どの地域ではどうかという話につながっていく。

子供たちが寝ると、今度はワインを片手に選挙のこと・政府の予算・移民・教育の話になる。

いろんな世代がいろんな経験と考えでディベートに参加するから、今まで自分では考えていなかったことや知らなかったことに毎日触れる機会がある。

大阪の下町で育った私の家には、こういう時間がなかった。年齢も職業も違う家族が、毎日それぞれのことを共有し合って、お互いの取り組みに関心を持ち合う場所としての食卓。それが当たり前にある環境が、フランスにはあります。

フランス語を習得したいなら、学校に行くより、家族との食事の回数を増やした方がいろんなことが学べると個人的には思っています。

私自身、20代の頃に3時間にわたってジャムについて説明してくれた親戚のおばさんのおかげで、そこらへんにいるフランス人よりジャムの名前や種類、季節、地域に詳しくなりました。あの辛い3時間も、今となっては宝物だと思っています。

そういう昔の小さな経験と知識が、今こうして国際結婚を助けてくれているのは間違いない。ベトナムに住んでいる日本人がフランスの風習や言語、文化を知っているということが、相手の家族にも大変感謝してもらえている感じがあります。


前回の話を、次の食事に持ってくる

もう一つ気づいたことがあります。

フランスの家族は、前回話したことを次に持ってくる。

例えば私が産後にMBAを取ったという話をすると、ただ「大変だったね」で終わらない。今月学んだこと・参考にした本・気づいたこと・そのカリキュラムの特徴まで深く質問してくる。そして次に会った時、家族が自分でも調べてきた情報を持ってきてくれる。

息子の幼稚園のプログラムや言語の発達状態についても同じです。前回話したことを入り口に、家族も情報収集してくる。関心が広がっていく。

誰かが関心を持ち続けてくれているって、何事も本気で取り組むモチベーションになるんだと実感します。


「日本のことを教えて」と言われて、黙った

ただ、日本人として慣れないこともあります。

フランスの家族はみんな日本に強い関心を持っています。だから「日本ってどうなの?」という話が、テレビで見るレベルじゃない。

「日本の憲法や天皇に対する考え方」「文部科学省の今の課題」「日本の大学進学率」「なぜ日本は出生率が低下していて、どんな対策が打たれているのか」「日本の宗教の発展」「醤油の歴史」。

まるで日本の代表選手みたいに聞かれる。

でも日本でただ普通に生きていると、「日本のことを知ってやるぞ」という気持ちで日々を過ごすことはない。恥ずかしいことに、外国人の方が私より日本のことを知っていることだってある。

夫は海外に住んでいても選挙は大使館で参加する。夫の父は80歳近くで、盲目の人たちのマラソンをボランティアでサポートしている。お母さんも難民や移民の生活支援のボランティアをしている。お兄さんは週に1回、市のためにほとんど無償で働く日を設ける生活を何年も続けている。

そういう家族と一緒に時間を過ごしていると、日本人として考えるべきことなのに、意識すらしたことがない社会的なトピックがたくさんあることに気づかされる。海外に出て初めて、それが恥ずかしかった。

20代の半ば、フランスに初めて住んでから日本に帰った時、それじゃあいけないと思いました。自分の国のことをちゃんと話せない自分が、悔しくて恥ずかしかった。

そこで考えた苦肉の策が、添乗員の資格を取って週末に国内ツアーを添乗すること。お金をもらいながら、限られた時間で日本を学ぶ方法。あの経験がなかったら、今の私は日本についてもっと語れなかったと思っています。

そして今になって思うのは、大人になってから慶應やアメリカのMBAを取得できたのも、「学ぶということに関心を持ってくれる家族」が大阪以外の場所にいたからかもしれない、ということです。

フランスに来るたびに、自分をアップデートしたくなる。


食卓が、家族の関係を作っている

日本でも、家族で食卓を囲む大切さはよく言われます。

でもフランスの食卓は、単に「一緒に食べる」だけじゃない。

話す場所として設計されている。誰かの専門知識を聞く場所として。自分の考えを試す場所として。世代を超えてつながる場所として。

お昼に2時間、夜に2時間。1日4時間を家族の会話に使う。それが積み重なって、家族の関係性が作られていくのかもしれない。

今回の渡航では、夏の自分の読書としてカミュの「異邦人」を持参しました。お義父さんとお義母さんへのプレゼントはMin Jin Leeの「Pachinko」。アルジェリアとフランスの関係に加えて、日本と韓国の比較も絡めたディスカッションをしました。

こういう、今まで知らなかったことを調べたり読んだりするようになったのは、20代の時にフランスの風習と触れるようになってからだと思っています。

フランスに来るたびに、帰り道で本を1冊読みたくなります。もっといろんなことを知りたい、話したい、考えたいという気持ちになる。

それがフランスの食卓が、私に与えてくれるものかもしれません。

今回の滞在では、フランスの家族に思いっきり甘やかしてもらいながら、フランス式を色々吸収したいと思っています。


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