感情でぶつかっても、何も変わらなかった。だから仕組みを作り始めた。|家族の部屋
産後うつの底にいた頃、気づいたことがありました。
感情でぶつかり続けても、何も変わらない。
むしろ、傷が深くなっていくだけだ、と。
コンサルタントが、家の中では全然できていなかった。
仕事では、問題が起きたらまず分解します。
何が起きているのか。原因は何か。どう設計すれば解決するか。
感情を乗せずに、構造を見る。
それをコンサルタントとして企業相手に毎日やっていた私が、
一番長くいる場所では、全然できていなかった。
夫は今起きていることを話してくる。
でも私は、目の前の出来事を起点に、
過去に積み重なったストレスや不満を全部ぶつけていた。
感情が乗った状態で話すから噛み合わない。
噛み合わないからまたぶつかる。
その繰り返しでした。
だったら仕事と同じようにやってみようと思いました。
ただし、コーポレートっぽくなりすぎず、
夫がプロ意識を感じすぎないように。
まず、ルールを決めた。
最初に決めたのは、2つのルールでした。
一つ目。子どもがいる前では、絶対に喧嘩をしない。
子どもって、思っている以上に繊細で、
いろんなことを感じています。
これは夫婦で意見が一致していました。
二つ目。感情が爆発しそうになったら、物理的な距離を置く。
そのまま言い合いを続けるんじゃなくて、
一度離れる。
片方が止まれないなら、もう片方が離れる。
ぶつからないためにどうするか、を先に決めておく。
その上で、毎日の実務やそれぞれが抱えている負担・ストレスを、
仕組みで整えていこう。
家庭内でも根性論をやめようという対話を、
ようやく始めました。
週1回の定例会を入れた。
次に導入したのが「週1回の定例会」でした。
アジェンダを作って、議事録を残す。
お互いの状態のシェアと目線合わせをする場所。
責めるんじゃなくて、聞く。
感情を乗せない。
今どういう状態なのかを、ただシェアする。
それまでは日常の中で、タスクの話も感情の話も全部混ざってぶつかっていた。
それを週1回という「場所」に分けることで、
日常の中で急に爆発する場面が少しずつ減っていきました。
頭の中に溜め込まないために、ホワイトボードを置いた。
もう一つ変えたのが、ホワイトボードの導入です。
大きなホワイトボードを2枚、家に置きました。
やるべきこと、スケジュール、気になっていること。
頭の中に溜め込まずに、全部そこに書き出す。
気づいた方ができる方がこなしてOK、というルールにしました。
「なんでやってくれないの」というすれ違いが、
見えることで自然と減っていく。
急ぎのこと以外はホワイトボードに書いて、週1の定例会で話す。
頭の中の容量が、少し空いた気がしました。
自分の予定を、先に入れることにした。
もう一つ変えたことがあります。
自分がまず何かを予定に入れる。
ジムでも、まなラボを書く時間でも、友人との時間でも。
自分の予定が入ったら、夫にもその分の時間を作れるように伝える。
今まで逆だった。
自分を後回しにして、家族のために全部使って、
それでも足りないと感じていた。
うつの底にいた時に気づいたことの一つが、
「自分がちゃんとできているから、相手をサポートできる」という順番でした。
頭ではわかっていたけれど、
仕組みとして作ることで、やっと実感できるようになりました。
うまくいかない日の方が、多かった。
正直に言うと、決めたルールがちゃんと機能した日より、
うまくいかない日の方がずっと多かった。
感情でぶつかり合う日も続いた。
子どもの前で言い合いになってしまった日も、あった。
一度離れようと決めていたのに、止まれなかった夜も、あった。
そういう日々のことは、毎日書き続けている夫への日記に綴っています。
きれいに解決した話じゃなくて、
その日その日のリアルが、そこにあります。
一気に解決したんじゃない。同じ方向を向き始めた、という感じ。
この頃に変わったのは、解決したことじゃなくて、
向いている方向でした。
ぶつかり続けることをやめて、
一緒に仕組みを作っていこうという方向を、
二人でようやく向き始めた。
問題があるんじゃない。仕組みがなかっただけ。
仕組みを作れば、人は動ける。
コンサルタントとして企業に対してやってきたことと、
本質的には同じでした。
フランスから帰ってきてから、もっと本格的な仕組み化が始まります。
家族のスケジュール管理、役割分担の可視化、
家事リストの整備、家族会議のアジェンダ。
でもその土台になったのは、この頃に
「感情だけではなく、仕組みで動かせる」と気づいたことでした。
夫が、横にいてくれたから。
仕組みを作り始められたのは、
夫が諦めずにいてくれたからだと思っています。
一番つらくて、一番ダウンして、
何もできなくなった時期がありました。
機能していない私の横で、夫はただそこにいてくれた。
その安心感が、仕組みを作る土台になっていると思っています。
まだ途中です。全部が解決したわけじゃない。
でも、崩れながらも同じ方向を向いている。
それだけで、十分だと思っています。
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「何者かにならなくていい。全部の自分のままでいい。」
そう信じながら、等身大のまま書いています。
諦める前に、もう一回だけ試してほしい。
そのための実験を、私自身が続けています。
どこかの誰かのエールになれたら、嬉しいです。
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【この記事を書いた人】まなラボ
音楽フェスのステージを降りた瞬間に、フランス人の夫と出会いました。
自転車旅行の途中で家族になって、今はダナンで、3人で暮らしています。
国際結婚も、多文化の子育ても、うまくいく日ばかりじゃない。
産後には、家族がバラバラになりかけた時期もありました。
それでも、ぶつかって、話して、笑って。
何もない日常の中にある、小さな幸せを、ひとつずつ数えながら生きています。
完璧な妻でも、母でもないけれど。
この家族でよかったと、毎日思えるように。
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