お母さんになって、人の見え方が変わった。|私自身の部屋
子どもが生まれる前の私は、とにかく人を追い詰めていました。
しかも正論で。
正論っていうのは、言っていることは正しいんだけど、
相手の状況や気持ちを無視してしまうことが多くて。
結果、大切な人をたくさん傷つけてきました。
昔の私は、人を追い詰めていた。
高校生の時、吹奏楽部の部長をやっていました。
入部当時100人以上いた部員が、最終的に40人を切りました。
年上の部長をコーナーに追いやって、下剋上することになった。
結果はその年、初めてのコンクールの快挙にたどり着きました。
でもその過程で、失った人たちも、傷つけて去っていった人たちも、
たくさんいました。
社会人になってからも変わらなかった。
オフィスで上司が泣くまで詰めたこともあります。
後輩が熱があると言えば、栄養注射すればいい。
そういう感じでした。
やる気と根性でどうにかなると、本気で思っていた。
なぜそうだったのか、今ならわかる。
19歳でパスポート一枚だけ持って海外に飛び出して、
お金もコネも学歴も何もないところからいろんなことを乗り越えてきた。
その経験が、変な自己肯定感とプライドになっていた部分があったと思います。
大学も出させてもらって、親も健全で、
就職できるくらいのラッキーさがあるのに、
まだできるかできないかの話をしているのか。
時間がないのは作らないからだろう。作る気がないだけだ。
底辺から少しずつ這い上がってきた分、
ちょっとしたことで言い訳してできない理由ばかりを並べる人が、
正直嫌いだった。
今思えば、それが頑固さを作っていたのかもしれない。
子どもが生まれて、お母さんが一人の女性に見えた。
子どもが生まれてから、一番最初に変わったのはお母さんとの関係でした。
専業主婦だった母とは、育った環境も価値観も全然違う。
男性任せの人生とか、年齢を言い訳にして学ぶことをやめるとか、
自分の価値観を思いっきり母にぶつけてきた。
母も母で昭和の女性観を私に押しつけてくる。
お互い一生理解できないままなのかな、と思っていた。
でも子どもが生まれてから、初めて見えたものがあります。
お母さんにも、夫婦喧嘩があった。
友達関係の悩みがあった。
自分のやりたいことを諦めた瞬間があった。
「お母さん」という存在だと思っていた人が、
実は自分と同じ一人の女性だったんだと気づいた時、
今まで積み重なっていた何かが、すっと溶けていった気がしました。
子どもを育てるために、どれだけ苦労して、犠牲にして、
家族にコミットしてくれていたのか。
それが、本当にリアルに見えるようになりました。
以前は実家に帰るのが面倒だと思っていた。
でも今は、あと何年一緒に過ごせるのかもわからないし、
40歳まで諦めずに育ててくれたお母さんに、
ちゃんと感謝しながら生きていきたいと思うようになりました。
そしてもう一つ。
父が亡くなってから、自慢の娘にならなきゃと思ってきました。
大学を出て、MBAを取って。
でも親にそれを報告しても、あまり喜ばれなかった。
でも親になってわかりました。
親が子どもに願うことはただ一つ、幸せになってほしい、ということ。
優秀にならなきゃというプレッシャーをかけていたのは、
実は自分自身でした。
あ、そんなに肩を張って頑張り続けなくてもいいんだ。
その気づきが、ずっと抱えていた何かを外してくれた気がしています。
みんな、誰かの子なんだと思えるようになった。
街で見かける人たちの見え方も、変わりました。
道でめちゃくちゃな運転をしている人を見ると、
以前なら怒りが先に来ていた。
でも今は、無事に帰れますように、という気持ちが来ます。
きっとこの人にも、帰りを待っているお父さんやお母さんがいるんだろうな、と。
会社で失敗している人、悩んでいる人、イライラしている人を見ると、
この人も家に帰ると子育てや家族のバランスの中で、
日中こうして働いているのかもしれないと思えるようになりました。
みんな誰かの子で、誰かの大切な存在で、
それぞれの必死を抱えて生きている。
そう思えると、不思議と人に対して怒りが湧きにくくなりました。
人への期待値が下がって、楽になった。
これが、今まで私を一番苦しめてきたことだったと思っています。
子どもを持って、やる気の前に事情というものがそれぞれあると、
初めて腑に落ちた。
親の介護、夫婦のこと、自分自身の体調。
シングルの人はシングルの人で、出世や自分探しやパートナー探しがある。
外側からは絶対に見えない事情が、誰にでもある。
それがわかってから、苦手な人、嫌だなと感じる人が、
ほとんどいなくなりました。
反対に周りにそういう人を見ると、声をかけたくなるようになりました。
できないなら一緒に考えよう。やりたいなら手伝うよ。
そう思えるようになったことで、
今まで自分を縛ってきた思い込みや頑固さから、
少しずつ解放されてきた気がしています。
周りから「穏やかになった」と言われるようになりました。
自分でも、そうだなと思います。
息子が生活する社会を、少しでもよくしたい。
この変化の先に、もう一つ思っていることがあります。
息子が将来生活する社会が、そうであってほしい。
人に迷惑をかけることや失敗することを心配しながら
生活しないといけない社会になってほしくない。
大きなことは変えられないけど、
自分の周りとの接し方は変えられる。
どんな社会であってほしいかを、
身近なところから行動にしていくことができる。
守るものができて初めて、全体を無理なく受け入れられるようになった。
自分だけが豊かになるより、
周りも含めて幸せになる方が意味があると感じられるようになった。
子どもが、私をここへ連れてきてくれました。
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お読みいただきありがとうございます。
「何者かにならなくていい。全部の自分のままでいい。」
そう信じながら、等身大のまま書いています。
諦める前に、もう一回だけ試してほしい。
そのための実験を、私自身が続けています。
どこかの誰かのエールになれたら、嬉しいです。
スキやコメント、とても励みになります。
フォローして、続きも一緒に見届けてもらえたら嬉しいです。
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【この記事を書いた人】まなラボ
音大中退、貯金ゼロ、高卒からスタートして、
気づいたら4言語・5カ国居住・約40カ国を旅していました。
ベトナムで会社を立ち上げて売って、産後うつになって、消えそうになって。
それでも今、ダナンで息子とフランス人の夫と、
日々の身の回りの幸せを大切にしながら、笑って生きています。
「こんな道もあるんだ」と思ってもらえたら十分です。
挑戦する前から、諦めないでほしい。
失敗を、恐れないでほしい。
諦めるまでは、失敗じゃないから。
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