義母と私。|パート3:繊細な人が、見知らぬ人に注意できる理由。|家族の部屋
公園で、義母が前に出た
義母は、人前に出るのが苦手な人です。
大人数が集まる場所では少し引いてしまう。自分から前に出るより、誰かの隣でそっと寄り添うタイプ。
でもある日、公園を歩いていた時のことです。
リードをつけなければいけないエリアで、犬を放し飼いにしているオーナーがいた。義母はすっと私と息子の前に出て、その人に静かに声をかけました。
私は少し驚きました。
あんなに繊細で普段シャイな人が、なぜ見知らぬ人に注意できるのか。
後で聞いた義母の言葉が、ずっと頭に残っています。
「社会は与えられるものじゃなくて、自分たちで作るもの。みんなで決めたルールを守っていない人がいれば、警察や管理人じゃなくても、社会の一員である自分が声をかけるべき。誰かがやるだろう、じゃなくて、自分がやる。」
繊細だから、できないんじゃない。社会への責任感が、一歩を踏み出させている。
難民を支えたいわけじゃない。社会の一員として動いているだけ
義母は週に2回、難民の人たちに食事を配るボランティアを続けています。移民家庭の子供の課外活動に、付き添いガイドとして参加することも月に数回ある。
でも義母は「困っている人を助けたい」という感情だけでやっているわけじゃないと思っています。
フランスは難民・移民を受け入れる方針を取っている国です。でも財政的な問題から、すべてをカバーできているわけじゃない。
それが社会問題になっている。
義母の考え方はこうです。
「国(=国民)が受け入れると決めたなら、その人たちに文句を言うのは筋が違う。彼らがフランス社会にインテグレートできるために、国や社会がカバーできていない部分を、個人がどうやってできる範囲で補填できるか。それを考えてやっているだけ。」
そこには個人も、企業も、政府も関係ない。
公園での犬の話も、難民へのボランティアも、根っこは同じです。
社会の主体は自分たちだという意識と責任。
自由・平等・友愛というフランスのモットーを、自分なりに消化して、日常の行動に落とし込んでいる。
それが義母でした。
義父とは、全然違う
前の記事で義父のことを書きました。
膵臓癌から奇跡的な回復して、今朝も誰かの隣を走りに出かけた人。サハラ砂漠250kmを走った人。来年のパリマラソンに復活しようとトレーニングを始めた人。
義父は「前に出て、引っ張る」タイプです。
義母は「そっと隣に寄り添う」タイプです。
二人は離婚していて、もう一緒には住んでいない。性格も、アプローチも、全然違う。
でも二人に共通するものが、確かにある。
「社会は自分たちで作るもの。だから自分にできることをやる。」
その思想が、この家族全体に流れているんだと、今回の滞在で改めて感じました。
やり方は違っても、向いている方向は同じ。そういう二人に育てられた夫が、あの価値観を持っているのは、当然のことだと思います。
何をするにも、まず私に確認する
子育てについては、義母は何をするにもまず私に確認してくれます。
「これを食べさせていいか」「この時間に寝かせていいか」「ここに連れて行っていいか」。
経験豊富な義母がなぜそんなに確認するのか、最初は不思議でした。孫の面倒を見慣れているはずなのに、どうして毎回聞くんだろうと。
でもある時、気づきました。
これは確認じゃなくて、尊重だったんだと。
私の子育て方針を信頼して、その範囲の中でベストを尽くそうとしてくれている。正しいと思うことを押しつけるんじゃなくて、相手のやり方を受け入れる。
公園でのルール違反には迷わず声をかける義母が、子育てでは私の方針を全面的に尊重してくれる。その両方が、同じ思想から来ているんだと気づいた時、義母という人がより深く見えた気がしました。
息子のフランス語が、帰省のたびに伸びる理由
息子はまだ言葉をたくさん話せる年齢ではありません。でも帰省のたびに、フランス語の単語力が急に伸びます。
去年の帰省では「ブラボー」「ビズ(キス)」、両手を上に上げると義母が仕込んだジェスチャーで「グラン・グラン・グラン(高い高い)」をするようになった。
今年は、靴、こんにちは、さようなら、おかし、パン、鶏肉、お風呂といった単語から、動物の名前を言うと声のモノマネをするようになりました。
実は、全部、義母のおかげです。
何度も何度も同じ歌を歌って、息子が何か言えるたびに声を上げて大喜びする。その忍耐強さと純粋な喜びが、1歳ちょっとの息子のフランス語を身につけるモチベーションになっている。
もちろん、夫の普段の努力の賜物でもあるけれど、急成長を目の当たりにすると、やっぱりあの無条件の大喜びは、義母にしかできないものだと思っています。
甥っ子が、野の花を持ってきた日
滞在中、甥っ子と姪っ子と一緒に公園に遊びに行った時のことです。
甥っ子がお花を集めてきて、花束にしたものを、義母にそっとプレゼントしました。
夫が「なんでマミーにだけ?」とそっと聞くと、甥っ子はこう言いました。
「だっていつもみんなのことを心配して、みんなのお世話をしてくれるのはマミーだから。もっと大きなお花をみんなから毎日もらってもおかしくないでしょ?」
正直、そこらへんに生えている雑草も混じっていて、みんながイメージするような花束じゃない。
義母はその花束を嬉しそうに受け取って、家に帰るとすぐに花瓶に飾っていました。
10歳前後の男の子にも伝わるくらい、義母の愛は一時帰国の息子や嫁に特別向けられたものじゃなくて、いつも、家族全員に向いている。
母という存在を、少し距離を置いて見られた
義母と時間を積み重ねていく中で、気づいたことがあります。
嫁であり新米ママである自分の立場から、「母」という存在を、近いところにいながら少し距離を置いて観察できた。
自分の実母とは、近すぎて見えないものがある。だからどうしてもぶつかる。
でも義母との関係は、愛情はありながら、少し引いた目線で見ることができる。
その距離感が、私に見えていなかったものを見せてくれました。
母親というのは、こういう存在なんだ、という輪郭が、義母を通してくっきりしてきた。
それが、実家の母との関係にも、じわじわと影響していきました。
繊細じゃなくて、芯が強い人だった
こうして一緒に時間を過ごすたびに、義母への印象が変わっていきました。
最初は「繊細で心配性な人」という先入観がありました。
でも今は、そう思っていません。
繊細なのは確かです。でもそれ以上に、芯を持った強い女性だと思っています。
自分を押しつけない強さ。社会に向き合い続ける強さ。誰かの隣に、静かにいられる強さ。
前に出て引っ張る強さだけが、強さじゃない。
義母を見ていると、そう思います。
まなラボを続けている理由と、重なる
義母の話を書きながら、まなラボを始めた理由と重なる部分があると気づきました。
誰かに押しつけるんじゃなくて、自分の経験を差し出す。それを必要とする人が、必要な時に使ってくれればいい。
社会の主体は自分だという意識を、私なりの形で持ち続けたい。
義母が今日も誰かの隣でそっと寄り添っているように、私もそういう人でありたいと思っています。
📚 合わせておすすめしたい記事
▼ 【家族の部屋】義母と私。|パート1:ベトナムで出会った日のこと。 読む
▼ 【家族の部屋】義母と私。|パート2:子供ができたことを、最初に電話した人。 読む
▼ 【家族の部屋】余命数ヶ月から1年。義父は今朝も走りに出かけた。 読む
▼ 【まなラボとは】産後鬱で離婚寸前だった私が、ダナンの朝に決めたこと。 読む
いいなと思ったら応援しよう!
もし気が向いたら、チップでそっと応援してもらえたらうれしいです。
いただいたチップは、書く時間と心の余白に使わせていただきます。
