『軽い扉、重い扉ー中之島、ミナミより』
4月の春の陽気に負けて、美術館へ赴いた。
私はいつも事前調査なしに向かうタイプだ。そのため、休館日もよくある。
単にものぐさというのもあるが、主観がブレるからだ。
ふらりと中之島美術館へ向かった。
近代的な建築物で入り口に困惑しつつ、美術が始まっていた。
入館すると、高島野十郎の展示がやっていた。
こういう偶然性は嫌いではない。
彼の作品は実写性に重きを置いたものが並んでいた。
光と闇を油絵に落とし込む、無謀ともいえる挑戦に感化された。
蠟燭の明かり、月や太陽の描写に、技巧と調和を肌で感じた。

余韻を抱えたまま、美術館の疲れを抜くため肥後橋付近のサテンに向かった。
当初のサテンはシャッターで閉ざされていた。
まぁいいかと再びぶらついていると、別のサテンの扉が開いていた。
そのまま吸い込まれるように入店し、
コーヒーとコーヒーゼリーでカフェインを重ね、一息つく。
窓際で人通りを眺めながら、余韻に浸っていた。
まだ斜陽だった。時間にも余裕はあった。
そのまま四つ橋線でなんば駅まで向かう。
目的もなく繁華街に出ると、気が散るようだ。
大したオタクでもないのに、日本橋に流れ着いた。
通り筋には若い女性が道行く人に声を掛けている。
コンカフェ、ガールズバー、リフレとノイズが重なっている。
私には軽そうで、どこか重い扉たちを横目に、腹ごしらえをした。
煮干しラーメンで栄養補給をして、日本橋を離れた。
東心斎橋に向かうも、碁盤の目の路地と人混みで、
いつものバーが分かりにくくなった。
ようやく辿り着いた店の、重厚そうな木製の扉は、
予想に反して軽かった。
ひとまず、ジョニ黒とジン・リッキーで整える。
疲れからか、用を足そうとして、
トイレの蓋を閉じたまま腰を下ろしてしまった。
我ながらみっともないと思いつつ、いつもより早めに切り上げた。
家の最寄り駅への帰宅途中、友人に電話をかけてみた。
他愛ない話をして、それで終わった。
軽い扉はいくつもあった。
重い扉も、確かにあった。
開けることはできたし、開けなかっただけだ。
重い扉は、無理に開けないのが大人だと思う。

終
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