見出し画像

【小説】noise-ノイズ 第11話|創作大賞2026

第1話はこちら

前回(第10話)はこちら

 大晦日の夜。リビングのテレビは紅白歌合戦が始まっている。S.O.Sが出ることは家族にも知れ渡っており、時間が近づくと義妹が「もうすぐですよ」などと言う。

 億劫だった。あと10分もすれば、元木とSouの姿がお茶の間に流れる。それについて義妹が無邪気に「かっこいい」と声を上げる様子とか、母が「すごい化粧ねえ」と言ったりとか、弟が「でも最近、テレビ出過ぎ」と評論家ぶったりとか、家族間で交わされる会話を想像すると、ミキはその場に居たくなかった。

「ちょっと、体調が悪いかも」
 ミキはそう言って、二階の自室にこもった。

 ミキにとって特別な存在を、家族に何気なく消費されたくない。
 布団を深くかぶり、一階の雑音が耳に届かないようにする。途中で母が部屋をのぞいたが、眠ったふりをした。明日にでも、急な仕事が入ったことにして自分のマンションへ帰ろう。

 元日の朝、弟夫婦が「初詣に行ってきます」と出かけていったのを見計らい、ミキは一階へ降りてコップに水を注いだ。

 体調が悪いのは嘘だったはずなのに、どうやら本当に具合が悪くなってきたらしい。食卓に並べられたままの豪華なおせち料理も、まったく食べる気がしなかった。

 市販の風邪薬を飲み、再び自室の布団に潜り込む。ぼんやりとスマホの動画を眺めながら、義妹の言葉がぐるぐると頭の中を巡っていた。

 ――親がいない、って。
 離婚だろうか。それとも女手一つで育てられたということだろうか。

 元木は正月はどこで過ごしているのだろう。親がいないということは、帰る実家などなく、一人で――あるいはSouや音楽仲間たちと、年越ししているのだろうか。

 胸の奥が苦しくなった。ミキには当たり前のように親がいて、帰る場所がある。それだけでどれほど恵まれているか。ピンクのラインが入った学習机も、母の好みで押し付けられた服も、豪華なおせちも——文句を言いながらも、ミキには帰る家がある。それがどれほど恵まれていることか、深く考えたこともなかった。

 でも、と布団の中でミキは思う。
 ミキだって、帰る実家なんてないと感じていた。家はある、けれど、ここにミキの居場所はないのだ。社会人になってからなんとなく実家に帰ることを避けていたけれど、久しぶりに帰ってみて、はっきりと理由がわかった。

 この家にはミキが選んだものが一つもない。机も、服も、カーテンの色も。進路も、好みも、ぜんぶぜんぶ、母親が「ミキらしい」といって選んだものだ。ほんとうのミキの好きなものは、母にとって「反抗期」と映っていた。

 元木は、自分と同じような境遇の人にだけ届けばいいと、「noise」を作曲したという。なんでミキのように恵まれた人が自分の歌を聴き、ライブにくるのかわからなかったと。

 ――そうか。私も、欠乏していたんだ。

 居場所があるようで、本当の自分が存在を許されていない。ミキには帰る場所があって、でもそこに自分がいない。恵まれていて、贅沢な悩みなのかもしれないけれど、だけど、母の理想とする娘像と、ミキは一致していない。

 だから思春期のミキの心に、「noise」は深く深く届いたのだ。

 あの頃の彼らをもっと知りたい。ミキは無性に、手元に残っているインディーズ時代のMDの曲を聴きたくなった。

 MDはマンションのチェストに保管してある。でも、MDプレイヤーはとっくに壊れて捨ててしまっている。スマホで検索してみると、Amazonで5万円近くで売られていた。

 さすがに手が出ず、メルカリを開く。1万円ほどで出品されているものを見つけたが、「動作未確認」というジャンク品かもしれない代物だった。
 それでも、ミキは縋るような思いで、購入ボタンを押していた。



第12話へ続く


いいなと思ったら応援しよう!

菅野稀 | KANNO Mare いただいたチップは本の購入に使わせていただきます📗