【小説】noise-ノイズ 第10話|創作大賞2026
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元木とSouは、中学時代に共通の知人を通して出会った――と、雑誌のインタビューでは、彼らは常にそう答えている。
元木が独学でギターを覚えたのに対し、Souは幼少期にピアノを習っていたらしい。バンド編成を考えたとき、一緒にできる仲間を探したが、結局は二人でやることに落ち着いたのだという。サポートメンバーは何人か変わっている。
それ以上の情報をミキは知らない。ファンに公開されているのと同じレベルでしか、彼らのことを知らない。二人とも学歴や出身地などのプライベートなプロフィールは一切公表していなかった。
Souはどうして、元木と音楽をやることにしたのだろう。
実家のクローゼットの奥に眠っている昔の音楽雑誌なら、インディーズ時代の彼らのことがもう少し詳しく書かれているかもしれない。年末年始に実家へ帰って、雑誌を読んでみたい。結局あれから、元木とは連絡がついていないし、たまには実家に帰るのもいいかもしれない。
実家に帰るのは久しぶりだった。いつもは友人と海外旅行をしたり、交際中の彼氏がいるときは初日の出を見に行ったりしていた。なんの予定もなく実家で年を越すのは本当に久しぶりだった。
仕事納めのあと、一日だけは自宅の片付けなどをして過ごし、大晦日に実家へ帰った。電車で一時間ほど揺られて実家に帰ると、母は喜んでくれた。
「これ、おみやげ」
途中の駅で買った洋菓子を母に渡す。
「あら、いいのに。お客さんの家じゃあるまいし」
リビングの扉を開けると、こたつにはすでに弟夫婦がくつろいでいた。
「お久しぶりです」
義妹がぺこりと頭を下げる。以前会ったのはいつだったろう。ロングヘアをばっさりとショートにして、メガネをかけている。ずいぶんとふっくらしたと思ったら、いま二人目がお腹にいるのだという。
二歳になったばかりの甥っ子が、うろうろと家中を歩き回っている。目が離せないらしく、父も母もずっと孫の動きを目で追っていた。
「あんたも座ったら」
と、母がこたつに入るように勧めるが、ミキはすぐに二階へと向かった。
部屋はミキが家を出た当時のままにしてくれている。小学生のときに買ってもらった学習机に、妙な懐かしさを覚えた。天板のふちにピンク色のラインが入った、いかにも「女の子向け」のデザインだ。買ってもらう前、ミキは黒色のシンプルな机がいいと言ったのだが、母に「女の子なんだからこっちのほうが可愛いでしょ」と一蹴されたのだった。
結局、卒業するまでそのピンクの机に向かい続けた。机だけでなく、服も同じだった。本当はデニムにパーカー、スニーカーといった格好が好きだったのに、母はフリルのついたブラウスや花柄のスカートを買ってきた。
少女誌にかっこいい女の子のモデルが載っていて、ミキもそんな服がいいと言ってみたが、「あんたには似合わない」「ませていて変」などと、受け入れられなかった。
進路だってそうだ。志望校も、就職先も、母の意見がいつのまにか「ミキにとっての最適解」になっていた。母は、ミキのためにいろいろと考えていてくれているわけだから、不満を言うのは親不孝のような気がした。
今日着てきた服も、ミキはクローゼットの前で少し迷ってから、落ち着いた色のニットを選んだ。好きだから選んだのではない。年齢相応に見えるから選んだのだ。さすがにフリルもピンクも卒業したけれど、思い返してみれば、自分の好みでものを選んだことなど、ほとんどないかもしれない。
S.O.Sを好きになったこと以外には。
そういえば、S.O.Sにハマったとき、葉月だけでなく母にも「意外」と言われた。でも今こうして、ピンクのかわいい机を眺めながら思う。意外でもなんでもなかったのだ。ミキは子供の頃からずっと、かっこいいものが好きだった。それなのに、いつのまにか自分の好みを口に出さなくなって、忘れていただけで。
クローゼットの奥から、ガムテープで封をされた段ボール箱を引っ張り出す。そこに昔の雑誌や本を収納していたはずだ。ビリビリ、とガムテープを破ると、中からは懐かしい雑誌の表紙が出てきた。
雑誌をめくると、切り抜かれたページがたくさんある。そうだ、S.O.Sについて書かれたページは切り抜いてファイルにしまっていたのだった。
カラーボックスのファイル束をひっくり返していると、階段を上がってくる足音がした。
「なにしてるの。せっかくみんな集まってるのに、あんただけ二階にこもってたら感じ悪いでしょ」
母が部屋の入り口から顔を覗かせ、苦言を呈してくる。
「うん、ちょっと探し物」
言い返しながら手を動かしていると、母はミキが床に広げた音楽雑誌に目を落とした。
「懐かしいわねえ。あんた、昔これにハマってたんでしょ。あの、なんだっけ?」
「S.O.Sね」
「そうそう。あんたがいきなりロックなんてものに夢中になるから、驚いたわよ。勉強もしないでグレちゃったらどうしようって」
「ちゃんと勉強したじゃん」
「いーえ、その雑誌、成績が下がるからって、お母さんが取り上げた覚えがあるもの。すごい反抗期だったわよね」
反抗期。母にはそう見えていたのか。でも、反抗なんかじゃなかった。S.O.Sを好きであることだけが、ミキにとっての本物だったのだ。
「もういいって、そういう話は」
ミキがうんざりしてファイルを閉じかけたときだった。
「なになに、なんの話ですか?」
声がして、義妹が二階に上がってきた。
「ちょっと、気をつけてよ。うちの階段、急だから」
母が慌てて声をかける。
「なんだか楽しそうな会話が聞こえてきたんで」
義妹は悪びれず笑い、「あ、お姉さん、ロック好きなんですか?」と、床に散らばった雑誌を見下ろしてはしゃいだ。ゆっくり記事を読み返したかったのだが、どうやら難しそうだ。
「この子は昔、S.O.Sとかいうバンドのファンでねえ」
母が余計なことを言う。やめてよ、とミキが心の中で舌打ちした直後だった。
「あっ、私も好きです! 実は、同じ中学だった子がキーボードやってるんですよ」
ミキは耳を疑った。思わず顔を上げる。
「え、ちょっと待って。……Souと、同じ中学なの?」
「学年は違いますけどね。でも、地元じゃけっこう有名ですよ」
「……どんな人だったの?」
ミキが身を乗り出すと、義妹は少し声をひそめた。
「けっこうお金持ちの家の子だったんですけどね。お父さんの教育が厳しすぎたんですかねえ。耐えきれなくてグレて、家出したって話です。あんまり詳しくは知らないんですけどね」
「そうなんだ……」
ミキの脳裏に、青く染めたSouの頭髪が浮かぶ。
「じゃあ、どこで元木くん……いや、S.O.Sを結成することになったんだろうね」
「ああ、あのボーカルの人ですよね。あの人も、たしか親がいないんですよね? なんか路上ライブで知り合ったって、これも人伝てに聞いた噂レベルの話ですけど」
家出。親が、いない。路上ライブ。
初めて聞く彼らの過去に、ミキは動揺した。
古参の、しかも恋人であるはずの自分は何も知らなくて、義妹のほうが彼らの核心に近い噂を知っている。
黙り込んでいると、母が思い出したように無邪気な口を挟んだ。
「ミキは、ボーカルの子と同じ学校だったのよねえ」
えーーっ、と義妹が目を丸くして大声を上げた。
「そっちのほうがびっくりですよー! えっ、じゃあお姉さん、元木くんのこと知ってるんですか? どんな人だったんですか!?」
義妹の無邪気な質問が、部屋に響く。
どんな人だったか。
ミキは喉の奥に渇きを感じた。
――知らない。なにも。私は知らない。
第11話へ続く
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