【小説】noise-ノイズ 第12話|創作大賞2026
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1月3日。ミキは葉月と宮原に誘われて、都内のレストランに出向いた。
「元木くんも誘ったら?」と葉月には言われたが、相変わらず連絡はついていない。元旦にミキが送った「あけましておめでとう」のスタンプに対し、夜中になって似たようなあけおめスタンプが一つだけ返ってきたきりだ。
席に着き、乾杯のグラスを合わせた直後だった。
「実はさ、私たち結婚することになったんだよね」
葉月と宮原から、思いがけない報告を受けた。
「えっ、本当に!? おめでとう、よかったね!」
ミキは驚きとともに、心から二人を祝福した。
この二人は言葉のテンポが合っているというか、端から見ていても本当にお似合いだと思っていた。葉月もミキと同じ39歳。40歳の大台に乗る前に、地に足のついた「幸せ」を手に入れたのだ。
「で、ミキのほうは最近はどうなの」
前菜のテリーヌにナイフを入れながら、葉月が探るように聞いてきた。
「結局、年末年始は会えなかったよ。やっぱり忙しかったみたい」
「まあそうだよね、紅白も出てたし。あと例のCM! 見たよ」
葉月の言う「CM」とは、宝石ブランドの新CMのことだ。主題歌にはS.O.Sが書き下ろした新曲が使われている。いつものロックサウンドより控えめでしっとりした曲調が話題を呼んでいる。
しかし、曲以上に世間の注目を集めているのは、元木自身の出演だった。
うつくしくメイクした元木の顔がアップで映し出されて、その首元には輝くチェーンネックレス。指にも大きな指輪をして、革のジャケットから胸元を大きくはだけさせていた。
その無防備な胸元に女の手が伸びる。いま大注目の女優だ。彼女もまた、同じブランドのアクセサリーを身につけ、元木の背後から腕をからませる。元木に口づけしようと近づくところで宝石ブランドのロゴが出て、CMが終わる。
「めちゃくちゃセクシーだよね。婚約指輪、あのブランドにしようかなあ」
葉月がうっとりして言うと、横で宮原がぎょっとした。
「おま……あれ、いくらするか知ってんの?」
「何よ、一生に一度の指輪なんだからケチケチしないでよ。お金のこと言うなんてほんと興醒め!」
二人の微笑ましい痴話喧嘩を聞きながら、ミキは運ばれてきたメインの牛肉のポワレを口に運んだ。
「でもさ」と、葉月が少し声を潜めてミキを見る。「正月はどこも混み合ってるし、まとまった休みがとれたら、温泉旅行にでも誘ってみれば? 少しはゆっくり話せるんじゃない?」
気を遣ってくれているのは痛いほどわかった。
「うーん、そうだね。でも連絡取れてないし、忙しいのわかってるから。それに……うち、義妹が二人目妊娠しててさ。久しぶりに帰った実家がバタバタで、私、紅白すら見忘れちゃったんだよね」
「ええー、そうなの?」
葉月は心底意外そうに目を丸くした。
「それよりも、このお肉すごく美味しいね」
ミキはあえて明るい声を出して、強引に話題を変えた。結婚の決め手はなんだったのか、いつ入籍するつもりなのか。こちらから矢継ぎ早に質問を投げかける。
葉月にさえ、ミキの中にくすぶっている感情に触れてほしくない。
レストランを出て日常に戻ると、街のどこを歩いても、宝石ブランドとのタイアップ曲が耳に入ってくる。元木と女優を並べた巨大な広告パネルが視界に飛び込んでくる。
知らなかった。タイアップも。有名女優との共演も。
女性向けファッション誌でも元木の特集が組まれていた。いつもなら迷わず雑誌を買い、気に入ったページは切り抜いて保存するのだが、そんな気になれない。
どうしたら、あんな色気のある表情で、カメラの前で笑えるのだろう。
ビジュアル面だけでなく、いつものS.O.Sとは異質の洗練されたサウンドも注目を集め、海外アーティストからの評価も高まっているらしい。S.O.Sの音楽は、ミキの知らないところでどんどん研ぎ澄まされていく。
ファンクラブのサイトも最近はチェックしていなかった。自分はファンクラブよりもいち早く情報をつかめる特別な位置にいるはずなのに、何も知らない。今のミキは、ファンよりも遠い位置にいる。
あのときと同じだ。高校卒業後、初めてライブハウスで歌う元木を見たときも、ミキは、ファンの子たちの外側にいた。
どうして自分はいつもこうなのか。特別な位置に行けたのではなかったのか。ファンの子たちが望んでも望んでも、得られない夜をミキは何度も過ごしてきたはずなのに。
お正月休みが明けた頃、メルカリで購入したMDプレイヤーが自宅に届いた。
「動作未確認」のジャンク品だったが、充電ケーブルを繋いで恐る恐る再生ボタンを押す。イヤホンの奥でカチリと音が鳴り、懐かしいノイズとともにギターの音が流れ出した。
ちゃんと再生できた。
途端に、あの頃のどうしようもない焦燥感と懐かしさがあふれ出す。
洗練された今の曲とは違う、まだ少年らしさの残った歌声。この不器用な声に心奪われて、ミキは元木に強く惹かれたのだ。
たとえこれが拒絶の歌であったとしても、なんでもいいじゃないか。好きなんだから。たまらなく好きなのだ。この渇望に、悲鳴に、元木の魂からの叫びに触れたかった。
けれど、近づこうとすればするほど、どうしようもない距離に絶望してしまう。
ミキが惹かれていたのは、勝手に思い描いていた「幻想」にすぎなかったのだろうか。
自分にはないものを持っていて、心の痛みをまっすぐに叫ぶことのできる彼に、ただ強く憧れていただけなのかもしれない。
生身の「元木」という人間がどういうものなのか、本当のところ、ミキは何もわかっていなかったのだ。
たとえ、元木がこの先、たくさんのLINEメッセージをくれたとしても。
たまの休日に出かけたり、二人で過ごす時間をたくさん作ってくれたとしても。
ミキは元木に近づけるのだろうか?
彼が抱える孤独の底に、ミキは触れられるのだろうか?
元木とSouが、互いの孤独を埋めるように作ってきた世界に、ミキは踏み込めるのだろうか……?
元木の部屋で、彼らが身を削って生み出す世界から見て、ミキはどうあがいてもノイズでしかない。
「……やっぱり、だめなのかな」
惹かれれば惹かれるほど、こんなにもつらい。
特別な位置になんて、行かなくてよかったのだ。
いっそ「ただのファン」に戻った方がいい。遠くから彼の音楽を聴いているだけの関係に戻れば、この苦しさからは解放されるはずだ。
MDの再生が終わり、訪れた無音の中。
テーブルに置いていたスマホが震え、画面が明るく光った。
着信が一件。
画面に表示された名前に、ミキはどきりとした。
元木からだった。
第13話へ続く
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