【小説】noise-ノイズ 第7話|創作大賞2026
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何度かメッセージを送ってみたものの、既読はつかない日が続いた。
S.O.Sは火曜の夜は生放送の歌番組に出演していた。水曜には深夜ラジオにも。夏には大規模な野外フェスも予定しているし、ミキは業界のことはよく知らないが、元木は相当忙しいのだと予想はつく。
連絡する時間帯はいつがいいのだろう。美容院でカラーの施術を受けながら、ミキはぼんやりと考える。朝は眠っているかもしれない。昼間は、夜は? いつメッセージを送っても、元木のLINEに既読はつかなかった。
やはりあの夜は、同窓会という非日常が見せた幻に過ぎなかったのだ。カレンダーが六月に変わる頃、ミキはそう自分に言い聞かせ、諦める準備を始めていた。
木曜の夜。残業を終えて帰宅し、シャワーを浴びて髪を乾かしていたとき、スマホが鳴った。LINEの色。元木のアイコンだ。
ミキは慌ててドライヤーの電源を切り、濡れた手でスマホを掴んだ。
「もしもし」
上ずりそうになる声を抑え、平静を装う。
ピピ、と何かの電子音がした。車のロックを解除する音だ。仕事帰りだろうか。
「……いま、大丈夫?」
一ヶ月ぶりに聞く元木の低い声。
「うん」
「じゃあ、そっち行っていい?」
全身からあふれでてくる感情を抑えて、ミキは「いいよ」とさりげなく言った。「道、わかる?」
「一回行ったらわかるよ。じゃ、あとで」
通話の切れる音。ミキはあわてて、メイクを落としたばかりの顔に乳液を塗った。いや、ルンバを動かすのが先だ。服も、なにを着よう? 部屋にいるのだ、あまりによそ行きではおかしい。最近買ったばかりのニットワンピースにレギンスを重ねて履いた。
電話はどこからかけてきたのだろう。到着まで、あと何分? もう一度LINEをみた。いつのまにか、ミキが送り続けていたメッセージに既読がついていた。
連絡がとれずに蓄積していた心のモヤは一瞬にして吹き飛んでいた。元木はたぶん、本当に忙しくて、LINEなんか見ていなかったのだ。ミキのメッセージに気がついて、すぐに電話をくれたのだ。
マンションの部屋から出て、待っていようか。オートロックの部屋番号までは伝えていない。だけど、元木と部屋に入るところをだれかに見られたらいけない。
部屋番号をLINEで送っておく。メイクをしなおしている間に既読が付き、「着いたよ」とメッセージがきた。
ピンポン、とインターホンが鳴る。モニター越しの元木は、黒いパーカーにマスクをしていた。事前に知らされていなければ不審者の様相だ。「開けるね」と返答し、解錠ボタンを押す。
フロアに出て、エレベーターが上がってくるのを待つ。現れた元木は、ミキの顔をみて、ポケットに突っ込んだ片手を上げた。
その表情をみたときに、ミキはやっぱり、元木が好きだとの思いを噛み締めた。
仕事帰りの彼が、部屋を訪ねてくる。そんな、ごくふつうの恋人同士のシチュエーション。そうやって、素直にこの幸せを受け取ってもいいはずだ。MDの一件も、ライブで逃げ出したことも、二十年の空白も、すべてはもう過去のことなのだから。
部屋に一歩入った元木は、物珍しそうにぐるりと室内を見渡した。
「汚くてごめんね」
「どこが?」
ぜんぜん綺麗、と元木はつぶやく。
初めて恋人を招いたときのような会話をして、ミキは「適当に座って」と元木をリビングのソファへ促した。少ない給料だが、ソファだけは奮発して買ったお気に入りだ。そのソファに、元木がすっぽりとおさまっている光景が、なんだかとても不思議だった。
「LINEもらってたのに、ごめん」
ミキはティファールをセットしながら、ううん、と首を振った。紅茶にするか、ハーブティにするか。ティーパックを入れた容器の前で指を迷わせる。
「忙しかったよね?」
「そういうわけじゃないけど」元木はソファの上にあった、犬のぬいぐるみを触っている。
そういうわけじゃない――なら、何なのだろう。
ハーブティに決めて湯をカップにそそぎ、元木の前に置く。「ありがとう」と元木は小さく言った。
「あのさ」
少しの沈黙のあと、元木がぽつりと口を開いた。
元木の一単語、一単語がなんだか重い。LINEの返事をしなかったのは、忙しいせいじゃない。その後に続く、何かを話したい「あのさ」の続きは、決して明るい話題ではない気がして、ミキはソファの前のラグに座った。
「こないだのことを、ちゃんと話しておかないとな、と思って」
一ヶ月も連絡をスルーされていたのだ。あの夜は間違いだった、これからもファンとして応援してほしい……そんなところだろうか。勘違いするなよ、と突き放されるのかもしれない。ミキは膝の上でぎゅっと両手を握りしめ、最悪の言葉を覚悟した。
「海堂さんって、俺のなんなの?」
「……えっ?」
予想もしていなかった角度からの質問に、ミキの口から間の抜けた声が漏れる。
「ごめん、変な聞き方した」
元木はハーブティのカップを見つめた。
「いままで、女性ともそれなりにつきあってきたけど、なんていうか、海堂さんには、なんかどう接していったらいいかわからなくて」
ぽつりぽつりと絞り出される言葉に、ミキは耳を傾ける。
「昔からそう。俺にとって海堂さんは、正直よくわからない存在で……だから、ずっと気になってる。でも、どう接するのが正解なのかわからなくて、ずっと戸惑ってた。どうしたらいいかわからなくて、気づいたら一ヶ月経ってたんだ」
「私もだよ。私だって、元木くんの気持ちが全然わからなくて。これからどう接していいかわからなくて、誘ってみても返信ないし、やっぱりあの日限りなのかなって思ってた」
ミキは立ち上がり、元木の隣へ座った。
「やっぱり芸能人だから、住む世界が違うのかなって思ったり」
「そんなことはないよ。……それは、いまは売れてきたからそう思われるかもしれないけど、売れてない時期の俺だって、きみは知ってるじゃないか」
言って、元木は「あ、そうか」と自分の言葉になにかひらめいたようだった。
「そっか……だからだ。海堂さんは昔の冴えない俺を知ってる。だから、めちゃくちゃ変な感じがするんだ……」
一ヶ月の音信不通のあいだ、元木は元木なりにミキのことを考え、悩んでくれていたのだ。
好きだとか、つきあおうとか、手慣れた言葉でこの関係を始められなかった。彼がそれだけ自分との関係を特別に、慎重に扱おうとしてくれたことが、ミキはたまらなく嬉しい。
「もっと、元木くんのことを知りたい。冴えない部分でも、もっと」
元木の目元がふっと柔らかくなった。
その手が自然に伸びて、ミキの腰あたりに触れた。
第8話へ続く
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