【小説】noise-ノイズ 第4話|創作大賞2026
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高校三年のときにはじめて元木と同じクラスになった。元木はいつも一人で過ごしていた。いじめられているというのとは違って、元木がなんとなく周囲を拒否していた。
すらりと身長は高く顔立ちも良い元木と、なんとか話をしようと勇気を出して声をかける女子もいた。でも、会話は続かなかった。会話どころか、相槌すらも返ってこない。いつもイヤフォンをして、MDプレイヤーの曲を聞いている。勇気を出して話しかけた女子は傷ついただろう。
皆が進路に悩む頃、元木は何に悩んでいたのだろう。校庭の裏にあるベンチでぼんやりと座っている元木の姿を何度か見た。話しかけてみたかったが、共通の話題がない。無用な会話を元木は望んでいないと思った。ならば、どんな言葉なら、元木の世界に入れるのだろう。
進路相談のための三者懇談の日、ミキは成績の悪さを母親に叱責されながら教室を出た。そこで、一人きりで順番待ちをしている元木と目が合った。元木の手には一枚の紙が握りしめられている。元木の親は、仕事で来られなかったのだろうか。担任との二者懇談、元木は何を話すのだろうか……。
次の日は雨だった。放課後、元木は傘も差さずに帰ろうとしていた。ミキは勇気を出して、声をかけた。
「折り畳み傘あるから、使う?」
元木は無言だった。その手に無理やり傘を持たせる。元木の目がまたたいた。風に揺れる葉みたいに。
「ありがとう」
厚意を受け取ってもらえた。これはすごいことだ、とミキの胸は高鳴る。
ミキは喜びを気取られぬように、元木の前を歩いた。元木は黙ってミキの後ろをついてきている。ここからバスに乗って、駅までの帰り道は同じだったはず。
バス停には屋根がない。ぽつぽつと雨粒が傘に当たる。元木はイヤフォンをしていない。いつもなら、周囲の音を遮断するようにイヤフォンをしていたはず――今日は、していない。
「いつも、何の曲を聞いているの」
「……いろいろ」
「いろいろじゃあわかんないよ」ミキは笑った。「ミスチルとか?」
なんとなく元木はポップ・ロックを聴いているのではとミキは予想していた。勝手なイメージだが、ミスチルとかブルーハーツとか好きそう、と思ったのだ。
元木がふっと微笑んだように見えた。傘の影でよく見えなかった。だんだんとバス停に生徒が集まり始め、元木はミキから一歩離れた。バスが来る。雨の日はバス利用客が多く、すでに混雑している。元木とミキは混んだバス内で離れてしまった。元木はイヤフォンをして奥のほうに座った。
駅に到着し、元木が降りてくるのを待った。最後のほうで降りた元木は、すでにミキの貸した折り畳み傘をきれいに畳んでいる。
「ありがとう」
「まだいいよ、家まで使っても」
今度は、元木が無理やり傘を握らせてくる。それから一枚のMDを押し付けてきた。
「これは?」
「いろいろ」
元木は改札へと歩いていってしまった。
MDにはミキの知らないアーティストの名と曲名が書かれていた。ミキは自宅に帰るなり、MDプレイヤーを机の引き出しから引っ張り出し、再生してみる。海外のロックバンドの曲が流れた。一つのアーティストではなく、さまざまなバンドの曲を集めて入れたものだった。だから、いろいろ、と言ったのだ。
こんなかっこいい音楽がこの世にあっただなんて。ミスチルもB’zもウルフルズもいいけれど、元木セレクトの楽曲に比べるとなんだか幼稚なような気がしてしまった。流行の音楽ではなく、本当に好きなサウンドだけを集めたMD。この曲のどういった部分が好きなのだろう、このアーティストはどんな人? いろいろ聞きたいことが山のようにあふれてきた。元木ともっと話をしたかった。
しかし、次の日から元木は学校に来なくなった。あとからわかったことだが――あの三者懇談の日、元木は退学の話をしていたのだ。その話がまとまり、学校に来なくなった。あの雨の日が元木の最後の登校日だったのだ……。
ミキはMDを何度も聞いた。一日に何度も。元木の好きなロックを聴いていると、彼と対話できる気がした。だんだんと、曲名とアーティスト名がわかるようになった。The Rolling StonesやNirvanaの初期の曲に混ざって、少し雑音のある、日本語の曲もいくつか入っている。アーティスト名は「S.O.S」と書かれていて、歌はカバー曲のようだ。
ミキはしばらくして、はっとした。
(この声は、元木くん……)
どうしてすぐに気がつかなかったのだろう。「S.O.S」とは、元木のバンド名だったのだ。三曲のうち二曲はThe Rolling Stonesのカバーだが、もう一曲、「noise」と書かれた曲は、オリジナル曲なのでは……。
ミキは思い切って担任に訊ねた。元木はどうして退学したのか、どこかへ就職するのか。担任は、あまり踏み込んだことは教えてくれなかったが、「音楽活動に専念したいらしい、夢を見るのもいいけれど、将来の進路も真剣に考えるようにと言ったんだがね」といった。
やっぱり――元木はバンドをやっていたのだ。
クラスメイトの誰も、元木がバンド活動をしていたなんて知らない。退学後の行方も知らない。自分の進路でそれどころではない。ミキも、志望校の合格判定がCだったこともあり、焦っていた。元木のことは気になるが、差し迫った進路に思考は押し潰される。
あっというまに季節は巡り、第二志望の私立大に合格し、ミキは卒業の日を迎えた。ふらりと立ち寄った駅裏の商店街で、金髪の青年がビラ配りをしている。
ライブの案内だった。受け取ったものの、読まずに捨てそうになったが、出演者の文字に目が止まった。S.O.Sの名前。ミキは先ほどの金髪頭に話しかける。
「すみません、S.O.Sって出るんですか」
「お、あいつらのファン? 出るよ。チケットも買うならあるけど」
金髪頭がにやっと笑う。ミキは迷わずチケットを買った。
初めてのライブ。ミキは一人、夜のライブハウスに侵入した。参加したというより、侵入という言葉が正しかった。それくらい、コソコソとライブ会場の隅っこに立っていた。
周囲はカップル、男性同士、女性同士など、さまざまだ。一人で来ている人もいた。想像よりもずっと入場しやすい雰囲気で、唇の周りにたくさんのピアスをした女がドリンクをすすめてきた。ドリンクを断り、ミキはステージより後ろのほうに下がる。あまり嗅いだことのない香料とか体臭とかのにおいに酔いそうだ。
知らないバンドの演奏が続く。ファンとの距離が近いなと感じた。好きなサウンドなら、大音量で聞けて、交流もできて、とても楽しいだろう。
元木がステージで歌う姿が想像できない。教室では周囲を拒絶していた元木が、まさか金髪にピアスをした格好で、ファンの前でにこやかに振る舞うのだろうか? まさか。
少しずつ客が増えてくる。ライブが終わりに近づくほど人気のあるバンドのようだ。S.O.Sは最後から三番目。女の子たちがミキを押し除けてステージに近づく。二人の青年が出てくると、声援を飛ばした。
元木は、ギターを抱えて出てきた。少し伸びた髪は黒髪のままだ。ダメージジーンズ以外は、いたって普通の高校生に見えた。横には、元木とよく似た背格好の細身の青年がいる。元木は青年に耳打ちした。青年が少し驚いたような顔をして、キーボードの演奏を始める。聴いたことのあるイントロ。MDに入っていた「noise」だ。
エッジの効いた声。語りかけるように歌う静かなパート。会場が、しん、と静まり返った。サビに向かって変調していくメロディ。元木の声は無限に音を奏でる。MDの声よりも、ミキの心に、刺さった。
一瞬だけ、元木と目が合った気がした。客席の照明はほとんど落ちていて、ステージからはミキの姿ははっきり見えないだろう。でも、元木はミキの姿を探すように、何度か視線をこちらへ向けた。
自分でもよくわからない感情に襲われた。わからない、ここにいたくない、でももっと聴いていたい、どんな顔でここにいたらいい?
最前列で手を振る女の子たちのように、並んで演奏が終わるのを待つ?
わからない。ミキはもう、同級生の顔なんかできない。クラスメイトとして声をかけるには、元木は遠い、と思った。
ミキは逃げるようにしてライブハウスを後にした。駅まで走った。改札を抜けて、電車に飛び乗り、車内で立っている間も、自宅に帰っても、まだ元木の声が耳元に残っていた。
第5話へ続く
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