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幸運な病のレシピ 2022年3月21日〜31日

Antipasto「タンパク質」の異常の病理学

アミロイドーシスと言う「難病」がある。身体の組織のいたる所に「おかしなタンパク質」が付着するのである。解説を読むととても面白い。
ありとあらゆる「疾病」にその「おかしなタンパク質」が結び付けられるのである。身体のいろいろな所に「おかしなタンパク質」が見つかるから、それがアンタの病気の原因だという。面倒な言葉が使われているが、よく読んで見れば、その「おかしなタンパク質」が原因であることの証明(作用機序は明確ではないという)はなされていない。

認知症を発症させる「アミロイドβ」も関係する可能性があるそうだ(笑)。いやはや、研究者というのは、謎を見つけることで給料が決まる。解決はしないほうが儲かるのだ。

ほんの数年前には「最終糖化物質(終末糖化物質と最近呼び名が変わった)」が認知症の原因だと言われたものである。いつの間にか、タンパク質こそが原因だという。
その前は、脂質が蛇蝎のように嫌われていた。コルステロール=悪玉と言われていたものである(僕もこの世代から勉強を始めた)。

この人たちには反省というものがない(笑)。実際に自分が苦しんで見れば良いのだ。こないだまで、あたかも宇宙の真理のように偉そうに言っていたことが「最新の知見では」違っていたのです。と言って平気なのだ。

「病因」のない「現象だけの病」は生活の内に原因がある。基本的には食事が原因である。しかし、残念なことに誰にでも効果のある食事は存在しない。ひとりひとりの代謝系はあまりに違いすぎるのである。
それぞれの生きている環境に応じて「細胞のプロトコル=DNAとそれを取り巻く環境」は異なった姿を見せる。

「還元主義(細かく分析し続けて原因を見つけようとする)」は「現象の記述」の山ができるだけである。問題は、「現象」が「原因か結果か」わからない事だ。
救急車が止まっていると事故が起こるのか、事故が起こると救急車が来るのか区別はつかない。コルステロールの善玉悪玉の区分(LDL-HDL)に関しても、「病人搬送前と後」の救急車と思っている。
問題は救急車が出動しなければならない事故にあるのだ。

「身体というコロニー」はそれぞれの環境に応じて姿を変える。いくら細かく観察しても円周率を計算し続けるようなものである。どこまで計算しても2つとして同じ姿は見えない。

この話の続きです

【2022年3月31日】カレーの日であった。新玉ねぎが美味しいメニューである。鶏肉を炒めて野菜に合わせてジックリ煮るのである。フライパンで炒めて保温鍋を使う。
夜にはパスタも作った。ちと忙しい。DVD借りてしまった。コレまた恐ろしいことである。今日は卵を2つ継ぎ足しおでんに入れた。夜半には後片付けをした。マユのご飯も作った。料理作りも、後片付けも毎日のことである。休むことはない。


【2022年3月30日】ビーフン炒めを作った。ビーフンは旨味を吸って様々に顔を変える。ベトナムのものである。太さがあってなかなか面白い。普段は台湾のものを使っているのであるが先日買ったものである。
久しぶりの鳥レバである。砂肝も買ってあったので炒めにした。野菜は何にしようかと思ったのだが白菜と青菜のクリーム煮を作った。鳥を茹でてアクを抜いて合わせた。牛乳をついでカタクリでトロミを入れるのである。中華のクリーム煮は好きだ。適切な温度で下ごしらえをしておいて最後にあ合わせるというのはいいことである。
朝は「継ぎ足しおでん」を二杯食べた。


【2022年3月29日】イチゴのサンドイッチを朝から食べた。昨日オムライスを食べる夢を見たのでオムライスと鮭のおにぎりを作った。先日お店で買ったオニギリのご飯が多くてびっくりした。鮭の量が少なすぎるのである。ご飯を2合炊いて半分はオニギリにして、残りはケチャップご飯にした。美味しく出来たものである。
手羽先は早めに食べたかったので手羽先大根である。テリ入れてジックリ煮込む。大根も共に煮込むとよろしい。妻がパートなのでトンカツを揚げた。かなりいいお肉があったので嬉しい。油を替えないといけないのであるがもうちっとあとである。珍しく揚げ物はカツのみ。頭痛がする。しばらく酒を飲んでいないためであろうか。


【2022年3月28日】酢豚である。美味いのである。油通しをするのが大事である。朝は粉からトルティヤを作ったが硬すぎた。失敗である。噛み切れんのである。まいったのである。薄く作らねばならないのだ。


【2022年3月27日】朝から「継ぎ足しおでん」を食べた。早めの夕食はマサヤ亭のラーメンであった。餃子を包んで焼いたので少し時間食ったが家族3人で190円3玉の生ラーメンに、自家製チャーシューを乗せた。
インスタントラーメンを食べるなら生ラーメンの方が良い。手間は変わらない。出来るならば豚のバラ肉をチャーシュウにすると良い。米ぬかで1時間下茹の後に2時間醤油とニンニク生姜、ゆで卵も入れて煮ると良い。ホグホグで最高である。
モヤシは水から煮て、ほうれん草は湯に通すだけが良い。餃子は昨日の餡と皮で包んで焼いた。冷凍でもいいが、具から作ったほうが好きだ。



【2022年3月26日】ポテサラは実にインテリジェンスの必要な調理である。ポテトにマヨネーズを混ぜるだけだと思われているが、そう簡単ではない。野菜の美味しさをポテトとマヨネーズでラッピングして一皿にするのである。今日は新玉ねぎのエキスを捨てることなく取り込んだ。みじんに刻み残っていた色付きピーマンとマヨネーズとで合わせておく。ボイルしたジャガイモ、ゆで卵、カボチャ、と最後に合わせるとエキスは吸われ、旨くなる。人参、白いんげん豆は1時間茹でておいた。茹でるタイミングと火口の都合を考えながらすすめるのが宜しい。料理は味を出すものと吸うものを合わせていくのが宜しい。
豚肉のソテーは蒸して最後に味を整えた。ジャガイモを蒸すと良かったが、ポテサラをかぶるので添え物はブロッコリーにした。
豆は半分「継ぎ足しおでん」に入れた。

【2022年3月25日】またホタルイカである(笑)。100円というのは安い上に、「全体食(食物連鎖から様々な代謝系を丸ごと取り込む)」の最たるものである。採集狩猟という最も基本的な調理メソッドの始まりはそうであった。農耕や畜産というパーツが食物連鎖に組み込まれたのはほんのこの間である。それも贅沢品であった。炭水化物が「貧民の食事」となり、奴隷の食べ物としてフードキャピタリストに富を与え始めたのはほんの最近である。おまけに、「病因のない症状だけの病」とタンク一杯作られるよく効く薬はメディカルキャピタリストにもおこぼれをくれる。奴隷は安く満腹が買えるから三方一両得である。管だらけの辛い死ぬまでのベッドの日々も付いてくるが、最高の医療を堪能できる。
僕が小さい頃は近郊の池や小川の魚を採っていた。食べることはあまりなかったが、父の世代はイナゴなども採って食べたという。竹の節を抜いて紙袋につないで採ったイナゴを入れて家に持って帰ったという。
商品化された食事は、
餃子は大好きである。ダボダボ汁につけて御飯の上に乗せてガフガフと食べることの幸せは例えようがない。豚肉だったので豆板醤と甜麺醤を肉に混ぜた。餡が半分残ったので明日揚餃子にしよう。土曜日で妻のパートの日である。キャベツ刻んでいて指切っちまった。傷パワーパッドが役に立つのである。
手羽先は2時間位に混んで最後にニラと合わせた。今ひとつである。なにかいいスープに仕立てる方法があると良いなあ。多分クリーム煮がいいような気がする。もう少し考えて、ほとぼりが冷めた頃やっつけてみようっと。白インゲンもにたので明日ポテサラに入れてやろうかしら。

【2022年3月24日】昨日のカマス、ホタルイカを醤油で煮付けた。焼いたものや煮たものは翌日には生帰るのでテリテリにすることが多い。玄米を炊いておいて継ぎ足しおでんを盛った。ここ1-2週間酒を飲んでいない。随分いい感じである。どうしたのだろうか?
面白いパスタ(アトランテ ルマコーニ)を買ってきたので作ってみた。海老があったので炒めて詰めてグラタンである。結構美味しく出来た。なんとも不思議なものである。鮭はフライパンでソテーである。


【2022年3月23日】カマスとイワシをさばいて半分食べた。残りは明日揚げ物としようと思う。毎日作っていると、だいたい何を作るかは決まって来るのだが、出来不出来はある。食べる口も変わる、体調も旬のものも変わる。食事作りは恐ろしくインテリジェンスの高い仕事なのだ。これを50年のフードキャピタリズムは破壊した。年取ったらコンビニで缶チューハイと100円のオニギリを食べるようになるのだ。身体が壊れないほうがおかしい。
けんちん汁を作った。かぼちゃを入れて味噌と醤油の味付けをしたものである。カボチャが美味しいのである。甘みがなんとも言えない。困ったことにさといものが随分残っている。
鶏肉を味噌で漬け込んで焼いたが旨くなかった。キャベツが微妙に美味しくないのである。世の中は難しい。朝赤飯を炊いた。目出度いことがあったわけでもないのだが。

【2022年3月22日】鶏の味噌付けを焼いた。少し失敗であったが、まあ良いことにしよう。余っったものは継ぎ足しおでんに入れた。まもなく2ヶ月である。味はますます快調だ。決して沸騰させないで毎日2回火を入れる。素晴らしく美味い。比類なき味である(笑)。
何よりも、手羽先が凄い。骨のズイまでスープに溶け込んでいく。身もホグホグである。豆を入れたり、鹿のモモ肉を入れたり凄い多彩な食材で溢れている。食事を素材から作ると余ることも多い。家人の口に合わないこともある。皆この生命の鍋に入っていくのである(笑)。
多分、80歳になってもこのスープは作っていける。きっと、ピンコロの人生の終りを迎えられる。


【2022年3月21日】魚中心の食生活が良いと医者や訳知り顔の栄養士は言うが、その根拠は恐ろしくいい加減だ。魚の油は血液の中で固まらないという。馬鹿じゃなかろうか?このお方々は、点滴でも打つように油を流し込むのであろうか?身体の内に取り込まれる過程で複雑に代謝される。「血液サラサラ・ドロドロ」などと言うが、これは「わかりやすさが嘘と言う服を着て歩いている。
僕は魚は「全体食」が可能だという点が優れていると思う。
しかし、魚を毎日食べるのは難しい。出来合いのものを買ってきて食べるのは簡単だ、鮭弁当も美味いし、「鮭オニギリ」も魚中心に見える(真ん中に入っているしね)。お店で売っている魚は満腹になるには程遠い量である。刺し身が良いと言う方もいるが、あんな生臭いものそんなにたくさん食べれるはずがない(笑)。
何よりも魚焼き器は洗うに大変である。魚中心の食生活が良いなどと言うが、簡単にできないから皆しないのである。食事を素材から作るというのは何よりも決意が必要なのだ。いくら「時短料理」を振り回した所で、後片付けや仕入れは大変である。買ったほうが簡単で楽なのである。しかし、食べるというのは単に満腹をワンコインで買うというわけではない。やがてそれに気がつくのであろうが、そのときはすでに遅いのである。
昼というか朝はラーメンを作った。バラ肉をチャーシュウに仕立ててマサヤ亭のラーメンである。


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幸運な病のレシピ 厨房研究に使います。世界の人々の食事の価値を変えたいのです。