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卒業の日 #17 真昼の卒業

4/2 11:32

松井 太郎は、メーターを戻した。
ドアが閉まる。
さっきの若い女性の背中が、住宅街の角に消えていった。

アクセルをゆっくりと踏む。
春の光が、フロントガラスを優しく弾いている。

松井太郎は、個人タクシーの運転手だ。
今日も、夜通し走った。

夜。
駅前ロータリーに車を出す。
そこから、
駅。
空港。
住宅街。

何度も同じ道を通り、
同じような会話を交わし、
同じように送り出す。

気がつけば、もう昼。
長時間の運転。
人を乗せて、降ろす。

ほとんどの客は、無言だ。
だが、時々会話が生まれることもある。

車を道の傍らに停めた。
運転席から降りる。
ドアを閉める。

大きく伸びをした。
春の空気がゆっくりと肺に入ってきた。
最近は、この時間になると、
肩も腰もガチガチになる。

車に乗り込みながら、

「ふぅ……今日も終わろうか」

独り言のように、つぶやいた。
何年、これを繰り返しているのだろう。

仕事が嫌なわけじゃない。
だが……。

考えようとして、やめた。

信号が青に変わる。
周りを見ながら、車を流れに乗せた。

12時だ。
ラジオのスイッチを入れた。

軽い音楽のあと、声が流れてきた。

「あなたの午後始まりに、流れるようなメロディを。――『昼のせせらぎ』の時間です。こんにちは、河石 ノアです」

「——さて、今日は......」

途切れ途切れに言葉が頭の中に入っていく。

「......こんなことを言っていたんです」

ハンドルを切る。
帰り道の方向だ。

信号で止まる。
前の車のブレーキランプが、赤く光る。

また、言葉が耳に入る。

「......毎日が、小さな卒業......」

昼の街は、少しだけ騒がしい。
その間を、すり抜けるように車を進める。
ラジオの声も、流れていく。

大通りに出た。

左折すれば駅、右折すれば家だ。
いつもなら、
このまま家に戻ってもいい時間だった。

一瞬だけ、速度を緩める。

(よしっ)

そのまま、左にウインカーを出した。

今日は、なぜだかすぐには終わりたくなかった。

駅のタクシー乗り場には、数人が並んでいた。

最後尾に車をつける。

一台、また一台と、
前の車が客を拾っていく。

順番が回ってきた。

ドアを開ける。

若い男が、少し頭を下げて乗り込んできた。
スーツ姿だった。

「……大学まで、お願いします」

「はい」

車を出す。

ラジオは続いていた。


(第17話 了)

📚ZAPPING POINT
車に乗り込んだ若い男の物語→#19 最後の7人


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一条 詩紋 いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 物語があなたの癒しになれば幸いです。 チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。