卒業の日 #17 真昼の卒業
4/2 11:32
松井 太郎は、メーターを戻した。
ドアが閉まる。
さっきの若い女性の背中が、住宅街の角に消えていった。
アクセルをゆっくりと踏む。
春の光が、フロントガラスを優しく弾いている。
*
松井太郎は、個人タクシーの運転手だ。
今日も、夜通し走った。
夜。
駅前ロータリーに車を出す。
そこから、
駅。
空港。
住宅街。
何度も同じ道を通り、
同じような会話を交わし、
同じように送り出す。
気がつけば、もう昼。
長時間の運転。
人を乗せて、降ろす。
ほとんどの客は、無言だ。
だが、時々会話が生まれることもある。
車を道の傍らに停めた。
運転席から降りる。
ドアを閉める。
大きく伸びをした。
春の空気がゆっくりと肺に入ってきた。
最近は、この時間になると、
肩も腰もガチガチになる。
車に乗り込みながら、
「ふぅ……今日も終わろうか」
独り言のように、つぶやいた。
何年、これを繰り返しているのだろう。
仕事が嫌なわけじゃない。
だが……。
考えようとして、やめた。
信号が青に変わる。
周りを見ながら、車を流れに乗せた。
*
12時だ。
ラジオのスイッチを入れた。
軽い音楽のあと、声が流れてきた。
「あなたの午後始まりに、流れるようなメロディを。――『昼のせせらぎ』の時間です。こんにちは、河石 ノアです」
「——さて、今日は......」
途切れ途切れに言葉が頭の中に入っていく。
「......こんなことを言っていたんです」
ハンドルを切る。
帰り道の方向だ。
信号で止まる。
前の車のブレーキランプが、赤く光る。
また、言葉が耳に入る。
「......毎日が、小さな卒業......」
昼の街は、少しだけ騒がしい。
その間を、すり抜けるように車を進める。
ラジオの声も、流れていく。
*
大通りに出た。
左折すれば駅、右折すれば家だ。
いつもなら、
このまま家に戻ってもいい時間だった。
一瞬だけ、速度を緩める。
(よしっ)
そのまま、左にウインカーを出した。
今日は、なぜだかすぐには終わりたくなかった。
駅のタクシー乗り場には、数人が並んでいた。
最後尾に車をつける。
一台、また一台と、
前の車が客を拾っていく。
順番が回ってきた。
ドアを開ける。
若い男が、少し頭を下げて乗り込んできた。
スーツ姿だった。
「……大学まで、お願いします」
「はい」
車を出す。
ラジオは続いていた。
(第17話 了)
📚ZAPPING POINT
車に乗り込んだ若い男の物語→#19 最後の7人
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物語があなたの癒しになれば幸いです。
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