卒業の日 #18 ON AIR
4月2日 正午
「ON AIR」の赤いランプが灯った。
「あなたの午後始まりに、流れるようなメロディを。――『昼のせせらぎ』の時間です。こんにちは、河石ノアです」
軽やかな音楽が流れる。
「さて、4月が始まりました。新しい環境でスタートされた方も多いと思います、ちょっぴりワクワク、ちょっぴり不安なこの時期ですが、『昼のせせらぎ』はいつもと変わらずお送りします。」
原稿をめくる。
「さて、スタートと言えば、この番組もあと半年でスタートしてから10周年。ここまで続けてこられたのは、聴いてくださっている皆さんのおかげです」
一度、言葉を区切る。
「本当に、ありがとうございます」
*
先月3日のことだった。
最初は、些細な痛みだった。
行きつけのクリニックにかかると、
大学病院への紹介状を渡された。
そこで、
「手術をすれば、しばらくは安静が必要です。病気を治すことだけではなく、あなたらしく生活できるためにも必要です」
深刻な顔でも、特別な言い方でもなかった。
だが、生きていくには手術が必要であり、
しばらくは、療養する必要があることは理解できた。
その後、スタジオに戻った。
すぐには、相談できなかった。
声は出る。
日常の仕事はだいたいこなせる。
それで、続けてきた。
*
「それでは、ここでお便りをご紹介します」
一通のメールを読む。
「――エリサリママさんからです」
――いつも放送を楽しみにしています。
今日は、私の娘たちの話です。
長女は、長く続けてきた教員の仕事を結婚で辞めることになりました。
最初は、親として何ができるのかといろいろ案じていたのですが、長女は自分で自分の道を決めていました。
もう、何も口出しすることもなくなったのかと、ホッとするとともに寂しい思いもしました。
ですが、娘が結婚式で我が家のレシピを一つサプライズで出してほしいと言いました。
そこで、結婚式では長女が大好きで昔から作っていた自家製のプリンを出そうと思っています.
次女も、この春、留学から帰ってきて、これから働き始めます。
最初、留学すると言われたときには、「この子が一人でやっていけるのだろうか」と思ってもいたのですが、持ち前の適応力で向こうでもたくさん友だちができたようです。
気がつけば、子どもたちがそれぞれの場所に進んでいました。
子育てには終わりがないと思っていましたが、ふと、終わりが見えたような気がしました。
でも、子育てが終わっても、娘たちは「私の子ども」です。
これから今までとは違った、新しい関わり方になるんでしょうね。
子育ては「卒業」しましたが、自分の新しい生き方が始まるのだと思うとワクワクします。
読み終わると、いつものように曲をかけた。
*
曲が流れる。
いつも通りの進行。
そのなかで、ノアはマイクから少しだけ顔を離した。
手元の原稿に、視線を落とす。
何も書いていない余白が目に入った。
ゆっくりと息を吐き、エンディングの挨拶をする。
*
「それでは、そろそろお別れの時間です」
エンディングの音が、やわらかく重なった。
「今日もお聴きいただき、ありがとうございました」
いつもと同じ言葉。
そのあと、ほんの少しだけ間を置いた。
「わたしも、毎日の『小さな卒業』を、大切に。……新しい出発ができればよいと思います」
赤いランプが消えた。
(第18話 了)
📚ZAPPING POINT
📜お便りを送った母の物語→#4 母のほうじ茶・#5 とっておきのレシピ
📜お便りに出てくる長女の物語→#4 母のほうじ茶
📜お便りに出てくる次女の物語→#16 自分の居場所
📜放送を聴いていたタクシー運転手の物語→#17 真昼の卒業
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いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。
物語があなたの癒しになれば幸いです。
チップはご無用です。一緒にドキドキしてくれた思いを伝えてくだされば・・・。それがうれしいです。