卒業の日 #19 最後の七人
4/2 12:38。
駅から乗ったタクシーが、大学に着いた。
「ありがとうございました」
軽く頭を下げると、車は静かに走り出した。
十三時からの会議には間に合いそうだ。
来田肇(くるた はじめ)。
この大学の就職課に勤める職員だ。
四月は超繁忙期だ。
直前の選考対策や相談。
模擬面接、履歴書・エントリーシートの緊急添削。
企業から届く膨大な求人票の登録と掲示。
やることはいくらでもある。
だが、肇の頭にあるのは仕事ではなかった。
「LAST SAMURAI 2」
世界中で遊ばれているオンラインゲームだ。
肇がこの世界に入って、もう五年近くになる。
三月三日。
そのゲームは、サービスを終えた。
カウントダウンがゼロになり、世界は止まる。
――はずだった。
*
それに気づいたのは、偶然だった。
回線を切らなければ、そのまま中に残れる。
Eric「……まだだれかいるのか?」
翻訳されたチャットが流れる。
Raiden1「いる!」
肇は短く返した。
一人、また一人と名乗りが上がる。
気がつけば、七人。
“Last 7”。
ネット上ではこう呼ばれた。
誰もいない街を、七人で歩いた。
退屈はしなかった。
イベントは起こらないが、
いつものようにチームバトルをすることはできる。
バトルをしながら、どうでもいい話をした。
サービスが始まったときから、遊んでいる猛者ばかり。
「あの、キャンペーンの時にひどい目に遭ったよな」
「一時はやめようかと思った」
「でも、俺たちやめなかったよな」
「こうやって、世界中の人と遊ぶ手ごたえがあったしな」
笑った。
ここはもう、ゲームじゃなかった。
まるで、近くの公園。
世界中につながるのに。
*
三月十日。
一週間が過ぎた。
ネット上では、
この奇妙な「終わり」に
いつ終止符が打たれるのかという噂でもちきりになった。
一人、回線が途切れた。
「……いったな」
誰かが言う。
返事はない。
名前だけがふっと消える。
また一人。
そして、また一人。
誰も引き止めなかった。
分かっていたからだ。
祭りはいつか終わる。
*
三月二十日。
「……おつかれ」
誰かが打つ。
少し遅れて、
「おつ」
と返ってきた。
それで終わりだった。
また一人、いなくなる。
誰も引き止めない。
ここに残る理由も、去る理由も、もう同じだった。
残り、三人。
それでも、途切れはしなかった。
どうでもいい話が、続いていた。
「この街、最初に来たときさ」
「覚えてる」
「迷ったよな」
「迷ったな」
遠く離れているはずなのに、お互いの気持ちがわかるようだった。
そして、また一人、消えた。
*
残り、二人。
肇は返した。
Raiden1「……いる?」
打つ。
しばらくしてから、
Eric「いる」
Raiden1「……僕らだけ」
Eric「だな」
街は静かだった。
誰もいない広場。
それでも、終わらせたくなかった。
*
3/31 19:50
肇は、歩くのをやめて、広場の中央で止まった。
Raiden1「ここで、みんな集まってたよね」
少し遅れて、カーソルが点滅する。
Eric「……ああ」
しばらくの沈黙。
肇は、勢いよく言葉を打ちこんだ。
Raiden1「ここまでだ。後は任せる」
エンターキーを押す指が、少し震えた。
だが、消さない。
Eric「了解」
それで十分だった。
肇はログアウトボタンにカーソルを合わせる。
押せば終わる。
最初から、そういうものだった。
でも、今は違う。
これで、完全に終わる。
自分の意思で。
RAIDEN1。
その名前をもう一度だけ見た。
クリックする。
それで、終わりだった。
ふっと息を吐く。
やがて視線を外し、椅子から立ち上がる。
「コーヒーでも買いに行こうかな」
そういうと、靴をつっかけて、ドアを開けた。
三月終わりの夜の冷たい風が部屋にすっと入り込んできた。
(第19話 了)
📚ZAPPING POINT
コーヒーを買いに行ったコンビニでの物語→#13 誰も知らない卒業
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