【美術展2025#23】ブルックリン博物館所蔵 特別展 古代エジプト@森アーツセンターギャラリー
会期:森アーツセンターギャラリー
2025年1月25日(土)〜4月6日(日)
巡回:静岡県立美術館
2025年4月19日(土)〜6月15日(日)
豊田市博物館
2025年6月28日(土)〜9月7日(日)
その他
ブルックリン博物館が誇る古代エジプトコレクションから、選りすぐりの名品群が東京・六本木に集結。
彫刻、棺、宝飾品、土器、パピルス、そして人間やネコのミイラなど約150点の遺物を通じて、私たちの想像を超える高度な文化を創出した人々の営みをひも解きます。
謎に満ちた三千年をともに旅する案内人は、いま注目を集める気鋭のエジプト考古学者、河江肖剰。
人々はどんな暮らしを営み、何を食べ、何を畏れていたのか。彼らはどんな言語を話し、何を書き残したのか。ピラミッドはなぜ、どのようにして造られたのか。ミイラに託されたメッセージは。そして死後の世界とは。
これまでのエジプト展で見過ごされてきた「知っているようで知らない事実」から最新技術を使ったピラミッドの研究成果まで、映像や音声も交えて紹介します。
三千年の謎を掘り起こし、知への探求心を呼び覚ます空間。六本木に広がる古代エジプトの世界へ、ようこそ。
六本木ヒルズにて展覧会をハシゴ中。
現在、六本木ヒルズ森タワーでは「火の鳥展」と時を同じくして「古代エジプト展」と「マシン・ラブ展」が行われている。
「過去」と「未来」
まさに「火の鳥」的世界観。

しかも「火の鳥」を軸にして「過去」から「未来」へ繋いでいくという会期設定にシビれる。

森タワーそのものを「火の鳥」に見立てた壮大なメッセージとしてしかと受け取った。
3展の会期がちょうど重なるのは1ヶ月間ほどだが、この期間を作り出すための調整はさぞ大変だったことだろう。
一鑑賞者として心を込めて堪能させていただく。
3展全て見ることで新たに見えてくる世界もあるはず。
と言うことで前回の「火の鳥展」に続いて、今回は「古代エジプト編」、もとい「古代エジプト展」。
(「火の鳥」には実際に「エジプト編」があるが、プロトタイプ的な扱いで通常本編にはカウントしない)
頭の中では完全に「火の鳥」が羽ばたいているため、こうなったらいっそのこと「火の鳥」的視点で見ていくことにする。

導入映像。
もうワクワクする。

ピラミッド。
中でもクフ王のピラミッドは芸術表現のひとつの頂点である。
(あくまでワタシ的に)
圧倒的な存在感、ミニマルな造形美、堅牢な構造、壮大なストーリー、重厚なコンテクスト、未だ解けない多くの謎…。
人類史上最も重要な建造物であり、その時代ごとの最高の頭脳と最先端のテクノロジーを集結し続けているのに正確なことはまだ解明しないという比類なきロマンとミステリー。
これほどまでに人類を魅了してきた作品(もう作品と言ってしまう)は他にない。
石を積み重ねただけのただのモニュメントではなく複雑な内部構造を持つのに、外観は至ってシンプルという潔さが、人智を越えたまさに究極のミニマルアート。

カンボジアのアンコールワットやインドのカイラサナータ寺院なども、ピラミッドに匹敵するくらいに心から感動する素晴らしい遺跡だったが、それらの造形美は現代にも通ずる人間的な美的感覚を感じる。
びっしりと彫られた彫刻や全面に施された装飾には人間の痕跡がしっかり残されており、訪れた者に建造の過程や目的、当時の生活の様子などを自ら雄弁に語りかけているようにも思える。
(それらは、だからこそその価値や素晴らしさを高めている。ピラミッドとは時代も文化も全く違うから単純な比較はもちろんできないが)

アンコールワットに昇る朝日


カイラサナータ寺院
アンコールワットもカイラサナータ寺院も、そしてルクソール神殿もアブ・シンベル神殿も、私たちに多くのことを語りかけてくる。
だがピラミッドは語りかけてこない。
ピラミッドはただそこにあり、そして問いを発するだけだ。
「人間はどこから来て、どこへ行くのか」と。
数千年単位でエジプトの大地にそびえ立ちながら人間の営みを見つめ続けてきた。
そしてきっとこれからも。
過去と未来を超越する存在、まさに「火の鳥」。
ちょうど20年前の2005年3月。
私はエジプトにいた。
2004年の正月に北京からスタートして1年2ヶ月に及んだ長旅の最後の国として、私はエジプトを選んだ。
北京からイスタンブールまでのアジア横断を達成した後、シリアに入国してからレバノン、イスラエルを経由しヨルダン南部の港から船に乗って海を渡り、中東を縦断してシナイ半島からエジプトに入国した。
紅海は、紺碧の海と、陸に広がる紅い砂漠のコントラストがとても美しい海だった。

対岸にサウジアラビアを望む

シナイ山の山頂から

エジプト北東部のシナイ半島の海、山、砂漠を存分に満喫した後、夜行バスに乗って首都カイロに向かった。
カイロは近代的な新市街と重厚な歴史が積み重なった旧市街が混沌と混ざり合って活気に満ち溢れた魅力的な街だった。
それまで遺跡の宝庫である中東を巡ってきて遺跡や文化財に少々食傷気味であったが、国立博物館に収められたツタンカーメンのマスクや各種の財宝、ミイラなどは想像以上に素晴らしいものだったし、ピラミッドも巨大で神秘的で途方もなく壮大な遺跡だった。




改めて写真を見てもやはり途方もなく素晴らしい。
これまで数々の世界遺産を見てきたが、私にとってクフ王のピラミッドは今でも不動のナンバー1だ。
いつか再訪したいと思いながらも、あっという間に20年が経ってしまった。
せめて死ぬまでにはもう一度あの場所に行きたい。
話を戻す。
今回の古代エジプト展は世界有数のエジプトコレクションを持つブルックリン博物館の所蔵品で構成される展覧会だ。
詳細な解説などは専門の文献を読んでいただくとして、私からは気になった品について簡単に一言ずつ添えるに留めたい。


この時代になると写実的かつ多様な表現が見られる。
とはいえ今から3000年以上前。
時間軸のスケールが違う。
このような下絵が残る品を見ると、目の前に当時の職人の姿が生き生きと浮かび胸熱。


クフ王かもしれない、というのがたまらん。
しかし4500年以上前にこれほどの写実的な造形美を表せたことに驚愕する。
そしてピラミッドのミニマルな形状とのギャップよ。


本当に生き生きとしている。
こんな顔してる人いるもの。


池袋の古代オリエント美術館にも似たような奉納碑があったが、このくらいの手頃な大きさのやつを家に飾りたい。欲しい。


生きとし生けるものへの畏怖の念。
まさにsense of wonder。




掘って形を出すのに比べて何倍も手間暇がかかる浮彫り。


ゴローズのイーグルを彷彿とさせる。

死後の臓器の入れ物。
こんな造形一つとっても素晴らしい。

この死生観よ。





これくらいの置物欲しいなあ。



そして今展の監修者河江氏のYouTubeチャンネル。
とにかく一つ一つが超貴重な国宝級の品々で、それらが一堂に会し古代エジプトの流れを贅沢に辿る。
古代エジプトと一言でまとめてしまっているが、そこにはピラミッドからクレオパトラまで実に3000年くらいがすっぽりと収まる。
時間軸が壮大すぎて頭がバグる。
だが、そこには確固たる美意識が存在している。
間違いなく人間が生きていたんだと胸が熱くなる。
そこでは人々が生きて、そして死んでいった。
現代の私たちとは価値観も美意識も生き方も死生観も何もかもが違う。
けれども人々が生きて、やがて死ぬことは変わらない。
それは何千年前も、今も。
そしてこれからも。
ピラミッドは数千年単位でエジプトの大地にそびえ立ちながら人間の営みを見つめてきた。
ピラミッドはこれからもただそこにあり、そして我々に問い続ける。
「人間はどこから来て、どこへ行くのか」と。
過去と未来を超越する存在、まさに「火の鳥」(感涙)
次は「過去」から「未来」へ。
「火の鳥」のように一気に時空を飛ぶ。

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